七話 異世界でも人を殺したら犯罪です
『恭介さま……お返事……してください……ぐす』
この、お化けことジェネラルリッチのジェネは、しばらく答えないでいると、こうやって少しかわいそうになるようなことをやや涙声で言う。
小動物を愛でるのが大好きだった恭介に、これをいつまでも無視するような真似は、とても出来なかった。
「……はぁ。ジェネ……だっけ」
『……はい……!』
相変わらず大人しい声だが、恭介が呼びかけると、とても嬉しそうに返事をした。
「僕はさ、人間なんだ。人の魂は食べられないんだよ」
『いえ……恭介さまが……対象を殺し、私が魂を喰らえば……良いのです……』
「それ、お前が喰いたいだけじゃね!?」
『ち、違います……。私は今……恭介さまと同化している状態に……近い。なので……私が強化されると……恭介さまも身体能力が……向上されます』
「え? マジ? ってことは僕は今、前よりも強くなってるの?」
『はい……私の基礎ステータス……がそのまま……今の恭介さまのステータスに……なっております……。スキルなども……私が会得しているものは……恭介さまも扱えます……』
それは予想外の有益な情報だった。
しかしそれをどうやって確かめるか、恭介にはいまいち判断がつかない。
手のひらをまじまじと見て、拳を握ってみる。
「うーん……特に変化があるようには感じないけど……」
『私の物理攻撃力は……ゼロですから……筋力の類いは……増加されていないかと……』
「なるほど。となると魔力的な方か?」
『そうで……ございますね……。試しに……私の一番得意な魔法を使われてみては……?』
――魔法。
まだこの世界に来て二日目だ。魔法なんて言葉に心躍らされないわけがない。
「おお、そうだな! ちなみになんて魔法だ?」
『詠唱を……私のあと……復唱してください……』
「わかった」
『では。生と死の……輪廻……軸を我とし……あまねく精霊の負の力……ここに蹂躙せんがため……我が願いを……聞き届けたまえ……』
「えっと……生と死の輪廻、軸を我とし、あまねく精霊の負の力ここに蹂躙せんがため、我が願いを聞き届けたまえ」
(……なんか不穏な詠唱だな)
『ウルティメイトデス』
「≪ウルティメイトデス≫」
恭介が詠唱を終えて、魔法名を名乗り上げた瞬間。
大きな黒い霧が自分を軸にして渦を巻きながら、周囲に広がった。
「っうおお!? これはなんだ!? なんかやばくないか!? どういう魔法なんだこれ!?」
『霧を吸った生物を……片っ端から即死させる……広範囲即死魔法……です』
「な、なんだってー!?」
恭介は忘れていた。魔法という単語に舞い上がり、ついつい忘れてしまっていた。このジェネが、ジェネラルリッチという上位アンデッドモンスターだということを。
慌てふためく恭介をよそに、近くを歩いていた亜人族と獣人族の三名が、その黒い霧をわずかに吸い込んだ瞬間、パタ、パタ、パタリ、と静かにその場に倒れ込んだ。
「や、やばいやばい! どうすれば止まんのコレ!? おい、ジェネ!」
『……恭介さまが……またジェネと……呼んでくださった……うふ……ふふ……』
なんなのこのお化け。ヤンデレなの?
などというツッコミを入れたいが、今はそれどころではない。
「いいからコレ、どうやって止めんだよ!!」
『途中で止めると……大変なことに……』
「いいから早く教えろ!!」
『……キャンセルマジック、と……』
「キャンセルマジック!」
その言葉の直後、黒い霧は小さく恭介の中へと収束し、そして消えた。
「……はぁ! はぁ! どどど、どうしよう、見ず知らずの人が三人も倒れてる!」
『ご安心を……その者らは……見事、恭介さまの糧となりました……』
「は? それっておい、まさか……」
『はい……美味しくごちそうさま……でした……てへ』
「なんか可愛らしく言ってんじゃねぇえええ!』
ついにやってしまった。
馬鹿なお化けにそそのかされ、罪のない人を殺し、そして魂まで喰らってしまった。これでは自分は凶悪なモンスターとなんら変わらない。
「なんだ? こっちで変なものが見えたが……む? 人が倒れているぞ!? 誰か! 来てくれー!」
恭介が絶望していると、追い打ちのように騒ぎに気付いてしまった人たちが集まり出してきた。
「や、やばい……」
恭介は何をどうするかなど考える暇もなく、その場から急いで逃げ出そうとした。
「に……逃げないと、って、あ、アレ……なんか目がまわ……」
ドサリ、っと。
突如襲われた目眩と同時に、恭介はその場で意識を失って倒れ込んだのだった。
●○●○●
『魔法を途中で止めると、すっごい疲れちゃうんです』
『おまけに行き場のなくなった魔法の対象が、自分に返ってきます。ウルティメイトデスの効力は反転し、恭介さまの体を蝕んだのです』
『それにしても、やはり恭介さまって凄いです。ウルティメイトデスは、少なくとも数十体の生物を即死させるだけの威力があります。そのほとんどをその体に受けても、即死せずに気を失うだけなんですもんね!』
『やはりワイトディザスターたる器であらせられる、私の主さまです。私は一生、この魂が消滅するまで恭介さまにお仕え致します』
『そ、それに私だって、こう見えても女です……恭介さまの魅力を知れば知るほど……その……やだ、恥ずかしいです。一生仕えるってことは、その、つまり……きゃッ』
『……』
『……』
『……恭介さまぁ……早く、お目覚めになって、私とおしゃべりしてください……』
●○●○●
ゆっくりとまぶたを開くと、知らない天井があった。
妙に気色の悪い夢を見ていた気がするが、夢だ。絶対に夢だ。夢であってくれ。
そんなくだらないことを思いつつ、視線を動かす。
どうやら、柔らかな布団の敷かれたベッドに寝かされているようだ。
「ここ……は……?」
喉がカラカラなせいか、しゃべると喉奥が痛い。
「あ、目を覚ましたか。よく生きてたな」
小さな部屋にある丸テーブルを囲んでいた、三人のうちの一人の男がそう言った。
「ア……レ? もしか、して……クライヴさん……?」
「おう。覚えてやがったか。お前、てっきり死んだと思ったのに、どうやってあの墓地から生きて帰ったんだよ?」
それはむしろ恭介のセリフだったが、ひとまず彼らが生きていてくれたことに安堵した。
「運が良かった……んですかね。あの、ちなみに僕はなんでこんなところで寝てるんですか?」
「俺らがお前を拾ってやったんだよ――」
クライヴらの説明によると、ウルティメイトデスによって気絶した恭介と、他、その効果によって倒れた見知らぬ三名は王国救護班に緊急搬送されるところだったのだが、それをちょうど見つけたクライヴが恭介を引き取った(というより奪い去った)そうだ。
「お前、なんかトラブルに巻き込まれかけてたんだろ。それを救い出してやったんだ。感謝しろよ」
クライヴは適当にそう言ったのだが、実際その通りで、あのまま搬送されて事情聴取をされたら、恭介は殺人犯として捕まっていたかも知れない。
なので、クライヴの言葉をすんなり信用してしまった。
「クライヴさんに、僕はまた助けてもらったんですね。ありがとうございます」
「お、おお。そうだぞ」
妙に言うことを素直に聞いた恭介に違和感を覚えつつも、クライヴはそのまま受け流した。
「お前さ、行くあてなんかないんだろ? なんせ捨てられてたくらいだし」
「そう、ですね……」
「それじゃあ、俺たちのパーティに入れてやるよ。この前も言っただろ? お前の優れた力が必要なんだよ」
確かに自分には今後どうするべきかも、この世界での生き方も全くわからない。
クライヴたちは手練れの冒険者らしいし、ここは素直に言葉に甘えるのもいいかもしれない、と恭介は思った。
「ほ、ほんとに僕なんかでよければ……」
「おう。よろしくな。簡単に仲間を紹介しとくぞ。この女魔法師がミリア。こっちの図体のでかい男が治癒師のガストンだ」
紹介された二人は笑顔で頷く。
「私は会ってるわよね。よろしく恭介」
「私は初めましてですね。よろしく、恭介さん」
とても優しそうな人たちだ、と恭介は安堵した。
「そういえば僕のユニークスキルなんですけど、なんか無敵戦士、というものじゃないっぽいんですが……」
「えっ!? な、なんで!?」
動揺しながらクライヴは答えた。
「僕、あのジェネラルリッチの魔法を受けて普通に死んだんですよ。無敵戦士というスキルみたいなのは発動しなかったみたいなんですが……」
「へ? い、いやいやそんなことはないぞ。だいたいお前、生きてるじゃないかよ」
「あ……」
恭介は、クライヴらに自分の本当のスキルである、獲得経験値アップと、謎のエクストラスキル無限転生について話そうかと悩んだ。
「この世界で蘇生魔法使えるやつなんて、数えるほどしかいないし、何よりこのアドガルドにはいねぇ。一回死んだやつが蘇るわけねーだろ?」
「そ、それは……」
「じゃあ何か? お前はまさかジェネラルリッチに殺されて蘇ったアンデッドだとでも言うのか?」
しかし到底信じてもらえそうにないし、かえって、これはあまり余計なことを言うべきではないかも、と恭介は思った。
「いや……僕の勘違い、ですね。死んでなかったみたいです」
「当たり前だろ、お前何言ってんだ。でも実際考えると、よくお前はジェネラルリッチに殺されなかったな……あの時、確か即死魔法食らってたよな……?」
「あ、えっと、その……」
「でもあの魔法、不完全だったんじゃなーい? 私、知ってるけどさ、確か即死系魔法って、あんなに詠唱短くないよ。コールドデスなんて、詠唱だけでも数分は掛かるものだし」
返答に困った恭介の様子を訝しく見つめるクライヴに口を挟んだのはミリアだった。
『それは……私が詠唱省略できるほどに……即死系魔法に優れているから……です……』
脳内に響くジェネの声を聞いて、あ、やっぱりまだ体の中にいたんだ、と恭介は少しがっかりした。
「そ、そうだよなぁ。普通あんなの食らったら絶対死ぬもんな」
「そうよそうよ。私だって、あれがホントに完全なコールドデスだったら、絶対恭介死んだと思ったし」
クライヴらが勝手に納得してくれたので、そういうことにしておこう、と恭介は黙った。
「んじゃ、そんなわけでよろしくな」
――こうして恭介は、クライヴらのパーティ『エンジェリックレイザー』の一員となったのだった。