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七十六話 トロッコは続くよどこまでも

「……でな、俺様がテナーにこう言ったんだわ、お前はもうちっと女らしさも磨けって。だけど、アイツぁ全然聞かねぇでよー。私はみんなの剣だ! 色恋沙汰になどウツツは抜かさない! とか言ってな」


 一定の速度で走り続けるトロッコの中で、イニエスタ王は延々と話し続けていた。


「バカヤロー! 人生一度きり、女も男も色恋沙汰しなくてどうすんだって俺様は怒鳴りあげたわけだよ!」


 道中で食料と水を確保しトロッコの中でそれらを飲み食いしながら恭介らは、向かうレールの最終地点、ガルド山脈付近を目指す。


「そうしたらよー、アイツぁ、私は他人には興味がない! とか抜かしやがってな!」


「……なぁイニエスタ王」


「だから俺様のことはエスって呼べ! 最低でも王は付けんな! この先、身分バレしたら面倒だろうが」


「……わかったよ。じゃあエス、ひとつ聞きたいんだが」


「おう! なんでも聞きやがれ」


「なんでそんなに機嫌が良いんだ?」


「あぁん? 別に機嫌なんかふつーだよ、ふつー!」


 恭介とイニエスタ王こと、エスの二人はトロッコの中でひたすら、くだらない話をしていた。


「それにしても、やっぱりてめぇは化け物じみた強さだな。まさかあのケイブベアーも一撃とはなあ。俺様でも多少は手こずる相手なんだがな」


 道中で遭遇したケイブベアーという大型の魔獣を討伐してくれとイニエスタ王から頼まれた恭介は、その希望通りケイブベアーを撃退した。


 試しにアンデッドの瞳で『生物鑑定』の技法を試みたところ、ケイブベアーの戦闘能力は78程度しかなく当然、恭介の敵ではなかったのだが、さっさと面倒ごとは終わらせようと考え、即死魔法でサクッと片付けた。

 

「まあ即死魔法だし……」


「お前さんから話は聞いちゃいるが、即死魔法はやっぱえげつねぇな。しかもおめーの場合、完全無詠唱だしよ」


「あんなのにいちいち手間取ってる時間も惜しかったしね」


「お前の強さなら当然楽勝だとは思ったがな。それでもやっぱ驚かされるわ。身体能力の高さ、膨大なマナ量、高次元暗黒魔法……どれをとっても世界最強と言っても過言じゃねえ。しかしイマイチわからん。なんでお前はそんなにつえぇんだ?」


「まあ……いろいろ、ね。それより」


「色々ってなんだよ! お前と俺様の仲じゃねーか! 教えてくれたっていいだろ!? お前の強さの秘密。どうしたらそんな強くなれんだ?」


「……僕のことはもういいよ。それにアンタとの仲って言ったってただの道連れ仲間なだけだし」


「ばっか、おめぇと一緒に飯食っただろ? 同じ空間で飯を食ったら、そいつぁもう家族同然よ! つまり恭介、おめぇは俺様の家族だぜ!」


「……めちゃくちゃだな。しかしエス、アンタは本当によく喋るな」


「あぁん? そりゃあ、やることねーんだから喋るだろ。っつーかよぉ、俺様もむっさい男同士だけで喋ってんのは少々飽きたぜ。お前の体内のアンデッド、誰か出してくれよ」


 この男は他者との距離感を一気に詰めてくるタイプなんだな、と恭介は思ったが、敵意はなさそうであり腹黒さは感じられなかったので、なんとなく恭介も彼にはわずかに気を許し始めていた。


「……まぁいいか。ちょうど良い機会だし、みんな紹介してやるよ」


「お!? ジェネちゃん以外にも呼べんのか!」


 このトロッコはそれなりに大きめだ。まだ数人を呼ぶスペースは充分にある。


 恭介は右手を前に出し、ジェネ、マリィ、ロクサンヌ、フレデリカの四人をトロッコの中に呼び出した。


「具現化していただきありがとうございます、恭介さま!」


「「ありがとうございます!」」


 ジェネを筆頭に三人のアンデッドたちもペコリと頭を下げる。 


「ぉお……四人も……やっぱみんな透けてんな……」


 イニエスタがやや圧倒されながら、呟く。


「恭介さまの体内で、さきほどからずっと会話はうかがっておりました。イニエスタは少し喋りすぎです。恭介さまがお困りになっておられるでしょう? あと、恭介さまにはちゃんと『さま』と敬称をつけなさい」


 ジェネが少し鋭い目つきでイニエスタを睨んだ。


「あ、そ、そうだな……」


 そう言われ、イニエスタは視線を逸らし、また若干頬を赤らめる。


「恭介さん、やっぱり凄いですよね。さっきの大型魔獣も一撃で倒しちゃいましたし!」


「そうね、本当に恭介さまは凄いわ。あたしとフレデリカも恭介さまの体内にいれば安全だとよくわかったわ」


「そうですね、私も恭介さまの中での生活、すごく楽しいですよ。自由きままにいられますし」


 具現化されたアンデッドの女性陣は、思い思いに口を開く。


「えーっと、ジェネちゃんはさっき話したからわかるけど、他の三名の美人さんの名前を教えてもらっていいか?」


「あ、はい。私はマリィと言います。生前から恭介さんにはお世話になっております」


「あたしはロクサンヌ。ミッドグランドのセントラルホールでオルゴウムに弄ばれてたアンデッドよ」


「私はフレデリカと申します。隣のロクサンヌと同じようにオルゴウムに囚われておりました」


 三人の言葉を聞いて、イニエスタは複雑な表情をした。


「……やっぱマジなんだな。ミッドグランドがアンデッド使って、下衆いことをしてたってぇやつは」


「そうですね。私やロクサンヌはもうかれこれ数年、ニコラス王の指揮のもと、アンデッドを支配していたオルゴウムという者に虐げられておりました」


 フレデリカは少し悲しそうな目をして、そう言った。


「……たくさんの仲間が、みんな人族に弄ばれて、苦しめられて、そして殺されていった。みんな気のいい人たちばっかりだったわ」


 ロクサンヌも同じく、その表情を暗くさせる。


「……私も、もう二度とあんな目にはあいたくないです」


 唇を噛み締めるように、マリィも悔しそうな顔を見せた。


「私はこの手であのオルゴウムなる男を殺したかったくらいです。もっとも嫌悪する人族に、良いように洗脳され、あまつさえあのような辱めに合わされるなんて……」


 ジェネも怒りに震えている。


「申し訳ございません、恭介さま」


 突然ジェネが恭介を見て、深々と頭を下げた。


「え?」


「私の身体も能力も、全ては恭介さまの為だけにあるというのに、あのような下劣な人族に弄ばれて、汚されて……恭介さまに顔向けできません……」


 オルゴウムに弄ばれていたことを思い返してしまったのだろうか、ジェネは涙目でそう謝罪した。

 

「いや、むしろ謝るのは僕の方だよ、ジェネ。僕にもっと力があれば……。いや、違う。力はすでにあったんだ。僕になかったのは覚悟だ」


 ギリっと恭介は奥歯を噛み締める。


「覚悟さえあれば、あの時ジェネを助けられたはずなんだ。ガンドもナージャも! だからジェネが辛い目に合わされたのは僕の責任だ。マリィにしてもそうだ。二人とも、本当にすまなかった」


「そんなことはないです、恭介さま!」


「そうですよ! 恭介さんは謝らないでください! 悪いのはオルゴウムやニコラス王なんですから!」


 ジェネとマリィは涙目で、恭介にすがりつく。


「……二人とももう二度と辛い目に合わせたりなんかしない。ロクサンヌやフレデリカもだ。僕の中に取り込んだお前たち四人は、僕が食ってしまった他の彼女らの分まで必ず守り抜くッ!」


「……ありがとうございます、恭介さま」


 ジェネたちは、恭介の覚悟を感じとり心から安堵する。


「……あー、なんだ。その、俺様からも謝らせてくれ。ジェネちゃんを始め、マリィちゃん、ロクサンヌちゃん、フレデリカちゃん。すまなかった」


 今度はイニエスタが深々と頭を下げる。


「俺様も人族の王をやってる身だが、あんたたちみたいにまともに話ができるアンデッドに会うのは初めてなんだ。それを見て、アンデッド全部が悪だとはとても思えねぇとわかった。だから、他の人族に代わって謝らせてくれ」


 王の謝罪を、四人のアンデッドたちは黙って見つめていた。


「……イニエスタ、どういうつもりですか? あなたは所詮、人族の王でしょう?」


 ジェネは冷たく言い放つ。


「ああ、そうだ。断片的な情報しか知らず、偏った見方でしか物事を判断せずにいた、愚かな王だ。だが、ジェネちゃんやあんたたちのことを恭介から聞いて、教わって、そして知ることができた。あんたたちのようなアンデッドもいるってことをな」


「エス……。本当にあんたの言葉、信用していいんだな?」


 恭介は鋭い視線をイニエスタに向ける。


「どうやれば俺様の言葉を、俺様のことを、信じてもらえるかはわからねぇ。けど、俺様はこの命に賭けても、誓いを違えることはしねぇ!」


 本当は恭介にはわかっていた。イニエスタが嘘などついていないことを。


 何故かはわからないが、今の恭介には人の言葉の虚実がわかるからだ。


「……」


 だが恭介は黙って彼を見据えた。


 ジェネたちも恭介にならうように、イニエスタを見つめる。


「……そして、誓わせてもらおう。あんたらアンデッドが良識ある行動をする限り、俺様も恭介と共にあんたたちを守る盾になる、と」


「いいのか? 人族の、一国の王ともあろう人間が安易にそんなことを宣言しちゃって」


「ああ。俺様は何事もキッチリ誓いを立てた方が己への戒めになるんだ」


「……」


 恭介は再び黙してイニエスタを見据えた。


「……信じちゃくれねぇ、か?」


「……いくつか教えてほしい。エス、あんたはなんでこんなにあっさり僕やジェネたちのことを信用したんだ?」


「……お前は知らねえだろうが、俺様たち王たる者らはな、ただ肩書きだけで『王』って名乗ってるんじゃねぇんだ。それぞれ、王たるスキルを持っている。俺様の『王スキル』のひとつに『信ずる者』ってのがある。簡単に言やぁ他人の性格を見抜く力だ」


「他人の性格を……」


「王スキルについては、俺様たちにも詳しいことはよくわからねぇんだ。ただ、『信ずる者』って名前の王スキルは、相手の目を見て会話をした時、その相手を信用しても良いのかどうなのかをなんとなく判断できるのさ」


「……ふーん」


 その『信ずる者』という王スキルは、自分の『他人の虚実を感じ取れる力』に似ているな、と思った恭介だったが、イニエスタ本人もよく理解していない王スキルのことを、それ以上聞くことはしなかった。


「ま、わかったよ、エス。あんたのことはとりあえず信用してやるよ」


「そ、そうか! じゃあ俺様達は仲間だぜ! ジェネちゃん、よろしくな!」


 恭介がそう認めると、イニエスタはニカっとジェネに笑いかけた。


 それを受けたジェネもニコッと笑って、


「恭介さまがお認めになった方はもちろん、私も認めます」


「ジェ、ジェネちゃん……!」


「あ、でも勘違いしないでくださいね。とりあえず敵ではないので殺す目標にはしないって意味ですから。馴れ馴れしくジェネちゃんとか呼ばないでください。気持ち悪い」


「うぐっ!」


 わかりやすいぐらいイニエスタはがっくりとうな垂れた。


(……悪いヤツじゃなさそうだけど、僕の考えに本当に賛同してくれるかは、疑問だな)


 恭介は内心、イニエスタでも自分の本当の目的にはついてこれないだろうなと思っている。


 もし自分の意にそぐわなければ容赦なく、誰であろうと邪魔者は殺すつもりである自分を、果たしてイニエスタはどこまでついて来れるのだろうか、と。


(例えそれが、エス。あんたの大事な人であっても、だ。その時でも僕のことを仲間だと呼べるのか……?)





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