七十一話 イニエスタの決断
サンスルードの若き王、イニエスタは地下へ赴く道中にて考えあぐねていた。
あの恭介、という化け物じみたチカラを持つ少年の言葉の真意について。
さきほどはストレイテナーを助けたい一心で手を貸すと言ったが、早計だったかと少し憂慮していた。
「……だが、俺様ぁニコラスとゴルムアは、どうあっても好きにゃあなれねぇ」
地下への階段をゆっくり進みながら、ひとりごちる。
元来、質実剛健の彼は政治や国絡みの騙し、騙されあいには辟易としていた。しかし国の長としてやはりどうしても国交関係は、長い物に巻かれろということで、これまではミッドグランドやアドガルドともそれなりに上手くやって来た。
「そろそろ潮時か。アドガルドだけじゃなく、ミッドグランドともな……」
だが、それも限界を感じ始めていた。
きっかけはアドガルドの傲慢さにある。
数年に一度行われる四カ国大会議にて、毎年互いの国の情勢などを報告し、資源の輸出入や関税の比率などをそこで取り決めたりするのだが、今年、聖地サンクツアリで行われた大会議の際、ついにアドガルドの絶対王ゴルムアは暗黙のルールを破ったのである。
「まさか、アドガルドからの輸入に関する全ての物品にあんな信じられねぇ暴利の関税をふっかけるなんてな」
これまででも、資源の豊富なアドガルドは何かにつけて上から目線の物言いではあったが、それでもまだ他国との取引に応じる姿勢はあった。
それというのも、アドガルドだけがなんの不自由もなく平和な土地を手に入れたのは他の三カ国の力があるからゆえでもあった。
その昔、ワイトディザスターが現れ始めた頃。
豊富な大地を狙った魔族やアンデッドがアドガルドを標的にし大軍で攻めてきたとき、他の三カ国が持てる最大の勢力で共に戦ってくれたという大きな恩があったからだ。
しかし、今年数年ぶりに行われた四カ国大会議でついにその禁忌を破ったのだ。
当然サンスルード含め、ミッドグランド、ノースフォリアの各王は激しく異論を唱えた。
しかし、それを半ば強引に取り決めてしまったのがアドガルドの王女、ミネルヴァだった。
四カ国大会議では、各国の王と、その後継者たるものも同席するのだが、後継者が普通そのような席で出しゃばるような愚行は犯さない。
だが今年のアドガルドはミネルヴァ王女が主となって、アドガルドの今後の方針を述べていった。
ミネルヴァ王女曰く、アドガルド以外の国はたるんでいるのだそうだ。
国民がたるんでいるから、各国それぞれの問題が解決できないのだとか。
自分の国は、国民も、貴族、王族も切磋琢磨しているがゆえに、アドガルドは他国と取引などせずともやっていけると豪語したのだ。
「……ふざけるんじゃあねぇぜ、アドガルドのクソ魔女め。たるんでるだけで水不足の問題が解決すんのかよッ」
イニエスタ王は地下の冷たい石壁をドンっと叩く。
だがしかし、彼はわかっていた。
ミネルヴァ王女が、他国をないがしろにする本当の理由を。
それは、征服だ。
他の三カ国をアドガルドの支配国とするための布石なのだ。
もし、この異常な関税が続けば遠くない将来、間違いなくアドガルド以外の大国は衰退の一途を辿る。
そうなれば、アドガルドに服従する他ないのだ。
ミネルヴァはそれを目論んでいる。
「……ミッドグランドのニコラス王も、ノースフォリアのクレア女王も本当はわかってるだろうがな」
だが、どの国もそれぞれの問題が軽視できない。
なので、四カ国大会議ののち、アドガルド以外の三カ国は緊急打ち合わせを行ない、そして裏で三国同盟を結び、ついにアドガルドへの戦争を決めたのだ。
しかし、ここで小さな歪みを生み始めたのがミッドグランドであった。
「ニコラスのやつが、アドガルドの奴隷アンデッド売人と繋がってやがったのは誤算だったぜ」
イニエスタ王がアドガルドのダグラス大商会とコネを作ったのち、アドガルドを陥落するための下準備としていた中で、思わぬ情報が入る。
それは、アドガルドのクラグスルア伯爵がミッドグランドと繋がっていることだ。
クラグスルア伯爵といえは、アドガルドでも大きな影響力を持つ貴族だ。
そんな貴族と繋がっているとなると、ミッドグランドもいつ手のひらを返してアドガルド側につくか、わかったものではなかった。
「今回のストレイテナーの件もあるし、やっぱニコラスは信用ならねぇ」
そういうわけで、イニエスタ王はアドガルドを攻める前に、まずはノースフォリアのクレア女王とよく話し合う必要があると考えた。
「……とりあえず、あの魔王のガキとはうまく付き合う方が俺様にとっても、サンスルードにとっても得策だろう」
そう考え、イニエスタ王は恭介を匿うことに決めたのだ。
「……それに」
イニエスタ王には、更に一つ懸念材料があった。
「……ゴルムアのところのレオンハートって化け物を倒せそうなのは、あのガキくれぇなもんだろうしな」
アドガルド王立冒険者ギルドが誇る最強にして、最恐と恐れられている冷血の勇者と呼ばれるレオンハートを倒せる人族が、この世にいないであろうということである。
レオンハートという男は高い身体能力を持ちながら、高位の光魔法やその他多くの技法を扱える。
それ以外の多くは謎に包まれているが、なによりもレオンハートは倒せない、という点が問題であった。
何故倒せないのかはわからない。だが、目撃情報や噂では、どんな大怪我を負わせようとたちまち回復してしまい、絶対に倒せないのだという。
「うちのテナーでも敵わねえらしいからな。そうなると、あの化け物のガキを利用するしかねぇ」
そんな目論見を抱えつつ、イニエスタ王は恭介のもとへと向かっていたのだった。
●○●○●
「……本当に裏切らなかったな」
「ったりめーだ。俺様は冗談は言うが嘘は言わねー」
恭介が匿われている地下部屋で、イニエスタ王と恭介は改めて再会。
とりあえずイニエスタ王が来る前に、具現化していたジェネとマリィは再び恭介の中に戻しておいた。
「てっきりここに閉じ込めて、ニコラス王と二人で僕を陥れるかと思ったよ」
「言っただろ。俺様はテナーをどうやっても取り返してぇんだ。そのためなら、例え魔王であろうと手を組むぜ」
「大丈夫、冗談さ。僕もイニエスタ王、あなたが嘘を言っていないことはわかっている」
「……っへ」
「ニコラス王はすぐに帰ったのか?」
「納得させるために、わざわざ城の壁にでけぇ穴を開けて、そこから飛んで逃げてったって言ったら、あっさりな」
「……そうか。助かる」
「ニコラスが帰ったあと、謁見の間の修理のために民間の業者を呼んである。人がたくさんいるからあまり上には行くなよ。俺様は個人的にお前さんと共闘するが、国単位ではまだ難しいところだからな」
「わかった。ところでストレイテナーの洗脳を解く方法はわかるのか?」
「ああ、簡単さ。ニコラス本人に解かさせるか、ニコラスを倒すかだ」
「なるほど、簡単だ」
「……ま、問題があるとすれば、これをきっかけにサンスルードはミッドグランドとアドガルド、二国と敵対関係になりそうだ、ってことだな」
上部だけとはいえ、ミッドグランドとはまだ同盟関係にある。もしここでアドガルドと手を組まれたら、サンスルードが助かる道はほぼないと言えた。
「イニエスタ王、僕からひとつ聞きたい。あなたはアンデッドについてどう思う?」
「ぁあ? んなもん、好きか嫌いかで言やぁ、嫌いだ。俺様の大事なテナーの両親を殺した種族だからな」
「……そうか。だが僕はさっきも言った通り、知性があって良識を持つアンデッドたちは基本的に救いたい。それに異論はあるか?」
「きっぱりない、とは断言できねぇな。アンデッドは存在自体がこの世のバランスを崩すとも言われてっからな」
「……アンデッドと対話したことは?」
「……ねぇな」
「なら、僕の中にいる一体のアンデッドもここに呼び出す。この会話に混ぜてもいいか?」
「お前がアンデッドを取り込んでるって話は聞いてるが、本当なんだな。まあいきなり俺様をいきなり襲ったりしねぇならいいぜ」
「ああ。出でよ、ジェネ」
恭介の体内にいるアンデッドたちは恭介が見聞きしたものを感じ取れるが、彼女らの声は外には聞こえない。なので他者とコミュニケーショを取るにはこうやって具現化させる必要がある。
恭介は右手を前に出し、ジェネを再び具現化させた。
「……話は伺っておりました。ジェネと申します」
具現化したジェネはぺこり、と簡単に会釈をする。
「ぉ、おお……俺様がイニエスタだ」
「存じております。そう恐れないでくださいイニエスタ。恭介さまが敵意を持っておられませんゆえ、私があなたを襲うことはありません」
「そ、そうか……」
「ですが、我が主はこの世の中で恭介さまただひとり。それゆえ、他者に敬称を付けて呼ぶことは私のプライドが許しません。失礼とは存じ上げますが、そこはご理解を、イニエスタ」
「……だ、大丈夫だ。俺様もそんなことはいちいち気にしねぇからよ……」
ジェネはそう言うと、冷酷な目つきでイニエスタをジッと見据える。
やはり恭介以外の人族には基本、気を許すつもりはないようだ。
「正直驚いたぜ。まさかこんなアンデッドがいるとは……」
恭介は少し笑いながら、
「どんなのを想像していたんだ?」
「いや……もっとおどろおどろしい化け物みたいな感じなのをな……」
「イニエスタ王、あなたはミッドグランドのニコラス王が何をしているのか、本当に知らないようだな」
「あ、ああ。アンデッドを見つけて処分しまくってるってことぐれぇしか知らなかったぜ。何せうちの国とミッドグランドは、間にアドガルドを挟んでいるからな。交易もさほど頻繁じゃないんだ」
「なるほど。良い機会だから教えておくよ。ミッドグランドじゃこういうまともなアンデッドをいたぶって遊んでるショーを生業にしてるのさ。だから僕は許せなかった」
イニエスタ王は少し難しい顔をする。
「……にわかには信じがてぇがな。ニコラスのやつがそんな腐ったことしてるなんてよ」
「信じるも信じないもそれは自由だ。まぁ僕が今更そんな嘘をつく必要性なんかないことぐらい、あなたならわかってるだろうけど」
「まあ、な」
イニエスタ王は恭介とそんな会話をしながら、チラチラと具現化されたジェネを見る。
「……なにか?」
「あ、いや……別に……」
イニエスタ王は目を背けて、言葉を濁した。
「はは、王様でもやはりアンデッドは怖いんだな」
恭介が小馬鹿にしたように言うと、
「ば、ばっか! おめぇ、ちげーよ! 俺様はそんなビビりじゃねぇッ!」
「じゃあなんでそんなおっかなびっくりジェネを見るんだ?」
「そ、そりゃあ、やっぱ、アレだ。半透明なんだなー……って思ってよ」
「……? 当たり前でしょう。私はアンデッドで、マナエネルギーが主成分なのですから」
「そ、そうだよな!」
しかしイニエスタ王はそんなジェネの言葉を、また目を背けながら返事をした。
「……イニエスタ王、なんか顔が赤くないか?」
「……ッ!、 バ、馬鹿ヤロウッ! 何言ってんだ、てめぇ! こ、こ、ここ、この俺様に限って、そんな、そん、そん、あ、あ、あるわけねッだろうが!」
あたふたしながら、イニエスタ王はまたチラリ、とジェネを見る。
「……?」
きょとんとした表情でジェネはイニエスタ王を見つめ返した。
「ちちち、ちげぇ! ちげぇ! そんな馬鹿なことがあってたまるかッ!! 俺様は正常だ俺様は正常だ俺様は俺様は正常だ俺様は正常だ俺様は正常だ俺様は正常だ……」
イニエスタ王は呟き続けながら突然、頭をゴンゴンと床に激しくぶつけ始めた。
「……どうしたんだ、コイツ」
「よくわかりませんが、恭介さまを馬鹿呼ばわりは些か看過できません」
とにもかくにも、イニエスタ王はやや錯乱しながら、恭介と手を組むことを決めたのだった――。




