七十話 嫉妬乙女たちの閑話 〜漢はツラいよ〜
「――ところで恭介さま」
具現化したジェネが笑顔で恭介の顔に近づく。
「ロクサンヌとフレデリカは、記憶のなかった私を色々とお世話してくれていたので、一緒にいるのはわかります」
「う、うん」
妙な気迫に気圧される恭介。
「……このマリィ、って子はなんなんですか?」
ジェネはすっかり自分を取り戻したようで、以前と同じ雰囲気のまま、接してくれる。のは、ありがたいのだが。
「そ、それはジェネも知ってるだろ? ロクサンヌたちが言った通り、ジェネよりもあとにオルゴウムに囚われてたアンデッドだよ。僕が助けたんだけど……」
「そうじゃないです、恭介さま。私が聞いているのは、どういう関係なのかってことです」
「ど、どうもこうも……マリィさんは僕を助けてくれたり、色々お世話になったことがあるって言うか……」
「違います! なんでマリィって小娘は恭介さまに対して馴れ馴れしく『さん付け』なんですか!?」
「あ、ああ、それは生前からの呼び方の名残りで……」
「それにどうして恭介さまもマリィに『さん付け』なんですかッ!!」
「だ、だからさ……」
恭介が困り果てていると、
『あ、恭介さん……私のこともその、呼び捨てにしてもらっていいですよ……私もその方が他人行儀っぽくなくて嬉しいですし』
「マリィさん……」
『ふふ。ほら、またさん付けになってますよ。マリィ、で構わないです』
「あ、うん。わかった、マリィ……ってなんだか照れ臭いな」
にやけながら体内のマリィと会話する恭介を見て、ジェネの表情がみるみる変化していく。
「ちょっと恭介さま! マリィって子、オモテに出してください!! ってか、出しなさい!!」
「え!? な、なんで!?」
「いいから出せッ!!」
「は、はい!」
ジェネの強烈な圧力に負け、主従反転したかのように恭介は素直言うことを聞く。
「出でよ、マリィ」
恭介の右手の先から、ポンっとマリィが具現化された。
「そ、それでジェネ。マリィとなんの話を……」
「恭介さまはすこーし、黙っててくださいね?」
「あ、はい」
ジェネの笑顔を見て、色んな意味でこれは駄目だな、と思った恭介は言われた通り大人しくする。
「ちゃんと具現体で話すのはこれが初めましてですね、マリィ。私は恭介さまにとっての一番であるジェネと言います。以後お見知りおきを」
「あ、えっと……初めましてジェネさん。マリィです。恭介さんには凄く私も助けられて……感謝しかないです」
ジェネがピクリ、と顔を歪ませる。
「……マリィ。まず一番大切なところから教えますが、恭介さまを呼ぶときは必ず『恭介さま』と、敬称をつけなさい。『さん』なんて馴れ馴れしい呼び方は畏れ多いです。いつか私が、私だけが恭介さまの心を独り占めしたその時は、もちろん私も『恭介さん』とか『あなた』とかって呼びたいですけれど。そうしたら、ま、まるでふ、ふ、夫婦みたいに……見えちゃいますでしょうか!? でしょうね!? はあ! はあ! ふ、夫婦!! きょ、きょ、恭介さまと!!?」
「……ジェ、ジェネさん。落ち着いてください」
「……失礼、取り乱しました。とにかくわかりましたか? ロクサンヌやフレデリカだって『恭介さま』って呼んでいるでしょう?」
「た、確かに……」
「それはね、ロクサンヌもフレデリカも、知らず知らずのうちに恭介さまの素晴らしさ、かっこよさ、逞しさ、優しさ、偉大さを自然と認識したからなのですよ」
実際のところロクサンヌたちは、イライザやマローネたちが恭介のことをそう呼んでいたので、そう呼ばないと不味いのかな? と判断して勝手にそう呼んだだけである。
「マリィにはわからないのですか? 恭介さまの偉大さが」
「い、いえ。私もよーく理解しています。恭介さんは本当にすごい人です」
「さん、じゃねぇっつってんだろ! このすっとこどっこいがッ!」
「ジェ、ジェネさん!?」
『マリアンヌ……!?』
『マリアンヌさん……!?』
体内のロクサンヌとフレデリカもジェネの豹変ぶりに驚きを隠さず恭介の体内で呟く。
「ゴ、ゴホン! 失礼しました。マリィ、本当にわかったのなら、恭介さまのことをちゃんと『恭介さま』と、呼んでください」
「な、なぁジェネ。別に僕は……」
「黙ってて、って私、言いましたよね? 恭介さま」
「あ、はい」
ジェネは恭介には一応、めっちゃ笑顔だ。
「あのぅ……ジェネさんは恭介さ……ま、のことが好きなんですか?」
今度はマリィもなんとか『さま』付けの敬称がかろうじて出来た。
「……ッ! な、なんでそんなことをあなたに教えなければならないんですか!? っていうか、そりゃあお慕い申し上げてはおりますよ! だって私のご主人さまですし!」
わかりやすいぐらいジェネは顔の真っ赤にして、わちゃわちゃと手足を動かす。
「いえ、ご主人さまとかではなくて、ジェネさんが女として恭介さ……ま、のことを好きなのかなあって思ったんですけど……」
「そそそ、それは、その、その、もちろん、というか、なんというか、違くないというか、えっとえっと!」
ジェネはあたふたしながら恭介のことをチラチラ見ては顔を背けて、頬を赤らめている。
「なんだか歯切れが悪いですね? でも、それなら私とジェネさんはライバルですね! 私も恭介さん……じゃなくって、恭介さまのこと、大好きですし!」
「「マリィ!?」」
恭介とジェネが同時に声を荒げる。
「あ……な、なんだか私もジェネさんに釣られてしまいました……きょ、恭介さん、その、唐突にすみません。私みたいなのに好きとか言われても迷惑ですよね……」
「え!? い、いや、謝らないでよマリィ。むしろ、そんな風に思ってくれてたなんて嬉しいくらいだしさ」
「ちょっと待て小娘が。てめぇ、またさん付けしてんじゃねーか。殺すぞ?」
ジェネが恭介とマリィの間に入って、凄む。
「それになんだ? あ? 恭介さまのことが大好き、だ? んなこたぁ聞いてねーんだよ。あ? しゃしゃってんじゃねーぞ、このアホンダラが。浄化しちまうぞ?」
「え……ご、ごめんなさい……ジェネさん……怖い……」
マリィは怯えるように、恭介の背後への回り込んで隠れた。
「……ジェネ。そういう言い方は良くない。前にも言っただろ? 口が悪いのは、僕は好きじゃない」
「はああああうッ!!!? そ、そんな……すみませんすみませんすみません恭介さまぁーッ!! うう……ごべんなざい……ひっく……ぐず……」
「わ、わかってくれたならいいんだ。だからそんな号泣しないでよ……」
「だぁっでぇ……ぎょうずげざまが……私のこと、き、き、嫌いだって……あぅあぅ……う、うえ、うえぇぇぇぇーーーんッ!! ああぁーーーーーんッ!!」
「き、嫌いとは言ってないでしょ……」
「言いまじだよぉ……ぐす、ぐす。ひっ……ひっく……恭介さまが……私のこと……き、嫌いだっでぇ……うえぇぇぇぇぇえーーーーんッ!!」
「言ってない言ってない! 口が悪いのは直そうねって言っただけだよ! ジェネのこと、嫌いなわけないでしょ!」
「うぅぅ……じゃあ好きですか……?」
「そ、そりゃあそうだよ。嫌いな相手とこうして和気あいあいと話ししたりしないだろ?」
「……」
ジェネは黙りこくって、顔を下の俯けた。
「ジェ、ジェネ……?」
そーっと、恭介はジェネの顔を覗き込む。
「……好き」
ジェネは何かをぶつぶつと呟いている。
「……恭介さまは私が好き恭介さまは私が好き恭介さまは私が好き恭介さまは私が好き恭介さまは私が好き恭介さまは私が好き」
……目がうつろである。
これは何かアカン状態だと思った恭介は、スーっと顔を引っ込めて距離を取ろうとした。
「恭介さまッッ!!」
「は、はいぃッ!」
恭介は思わず背筋をピンっと、伸ばす。
「……恭介さま、教えてください。私とこの小娘、どっちが好きなんですか!?」
ジェネはマリィを指差しながら、恭介を真っ直ぐに見つめる。
「ど、どっちがって……どっちも同じくらい大切だよ」
「大切……?」
「そうだよ! ジェネやマリィは大切な人だ。僕の大事な二人を比べるなんてできないよ」
恭介はこれを本心で言っていたのだが、ジェネの欲しかった回答とはややズレていたので、最初、ジェネはいまいち不服ではあったが、
「……まぁ、大切な人も……悪くない……です。ぐふ……くふふふ……」
次第にそんなことを呟いてニヤニヤし出したので、これで落ち着くか、と恭介が思った時。
「恭介さん、あんまりそういうのって良くないですよ。なんか二股の名文句みたいで、私好きじゃないかな」
「「マリィ!?」」
再び恭介とジェネが叫ぶ。
「だってそうじゃないですか。ジェネさんは女として、自分と私のどっちが好きなんだと恭介さんに尋ねているんですよ? それをどっちも大切な人だ、なんて的外れな回答は、私はもちろん、ジェネさんにも失礼では?」
「あ、はい……」
何故かわからないがマリィの方に火がつき、また論争は始まった。
結局三人はあーじゃないこーじゃないと、それから恋愛話に発展していき、しばらくそんな会話が続いていたのだとか。
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『ねぇ、フレデリカ』
『はい、なんですかロクサンヌさん』
『マリアンヌってあんなキャラじゃなかったわよね……』
『やっぱり精神汚染が解けて自我が戻ったからでしょうかね?』
『そう、かしらね。なんか……すごく情緒不安定な子よね……』
『うふふ、そうですね。でも今のマリアンヌさんの方が、私は好きですよ。可愛らしいじゃないですか』
『ま、あたしもかな。前のマリアンヌはウジウジしてたもんね。それにしても恭介さまってのは、モテるわね』
『そうですね。やはりワイトディザスターになろうという方は普通とは違うのでしょうね』
『……それはそうと、この三人、いつまで続けるのかしら』
『さあ……』
『あたしたち、完全に忘れられてるわよね』
『ふふふ。でも恭介さまの中でドロドロ恋愛模様を眺めているのも、なかなかオツなものかもしれませんよ?』
『……あんたも相当変わってるわよね、フレデリカ』
――アンデッドたちの束の間の休息であった。




