五話 『無限転生』
「≪コールドデス≫」
「ッく!」
ジェネラルリッチの言葉と共に放たれた、コールドデスの魔法粒子が瞬く間に恭介の身を貫く。
これで死ぬのか、と思った。
しかし瞬間、不思議にも感じる。この死の体験を一度経験している自分がいるような感覚。デジャヴ、とでも言うのだろうか。何故だかこの魔法に驚異さを感じない。
そしてその予感は的中する。コールドデスを受けても、恭介の体はなんの反応も示さなかった。
「……死な……ない……?」
ジェネラルリッチは理解できない状況を目の当たりにし、動きを鈍らせる。
しかしそれは恭介にはとっても同じだ。
自分に起きている状況が理解できない。
『レジスト。インスタントデスを取得しました』
「え、何!?」
直後、頭の中で奇妙なガイダンスのような声が響いた。
「……あなたは……おかしい……」
混乱する恭介に対し、畏怖の念を覚えたのか、ジェネラルリッチが弱々しく呟く。
「さっきも……墓地で……死ななかった……。いや……死んだはずだったのに……魂が出なかった。そういう……保護魔法かと思ったから……魔力衰弱のミストを……撒いておいたのに……」
ジェネラルリッチは物理的ダメージを一切受けつけない代わりに、物理的な攻撃手段を持たない。
その為、対象を殺すには魔法や技法の類いを使うしかない。
対象が死ななければ、その魂やマナを喰らうこともできない。なのでジェネラルリッチは墓地で恭介を殺したあと、その魂を喰らおうとした。
しかしそれはあの時、適わなかった。
「まさか……あなた……は……」
ジェネラルリッチはひとつの予測をした。それはこの目の前にいる、自分の力では倒せない少年の存在の意味。
今までコールドデスが直撃して倒れなかった者はいなかった。先の女兵士のように特殊な破邪法でもあるのなら別だが、そんな者は稀だ。それに恭介の場合は何かで防ぐでもなく、確実に直撃している。致命傷のはずである。
ジェネラルリッチは上位のアンデッドだ。そして自分よりも格上の存在のことはよく知っている。
「ワイト、ディザスターさま……?」
アンデッドら同士でも実はコールドデスのような類いの即死系魔法は効く。ただし、格下相手にだけだ。
聖なる加護を持たず特殊なスキルもなく、ジェネラルリッチのコールドデスが効かない、となるとそれはもはや、最上位のワイトディザスターくらいしかありえない。
ジェネラルリッチは恭介のことをワイトディザスターだと思ったのだ。
『レジスト。インスタントデスを取得したって言ってるんですよ、このうんこ野郎ども』
「は? うんこ野郎!?」
「レジスト……?」
混乱しているのは恭介のみならず、目の前にいるジェネラルリッチもだった。
先程は頭の中でしか聞こえなかった声が、今度は外側から聞こえる。
と、思った直後。
恭介とジェネラルリッチの間で、細かな光の粒が集まり始め、やがてそれは直径十センチほどの円形の光の玉となり、まるで風船が浮かぶようにふわふわと空中に現れた。
「この声……まさか……」
同時にジェネラルリッチは突如、怯えるような素振りを見せ始める。
『頭が高い下郎。死にたいのですか?』
先程までのガイダンスのような声が低く重く、威圧するように言い放った。
「あ、あ、あ、あなた……さまは……ワ、ワイト、ディザスター……さま、ではなく……」
ジェネラルリッチはその半透明な体を、どんどんと小さく縮こませていく。
『愚か者。私をただのアンデッド風情と間違えるか。お前からすれば恭介はある意味ワイトディザスターでしょうけどね。とにかくお前は少し黙っていなさい。私は恭介に伝えたいことがあるのです』
「も、も、申し訳……ございません……ダスクリーパー……さま」
空でふわふわと浮かんでいたジェネラルリッチは、地面へ這うように体を落とし、こうべを垂れて土下座するように態勢を崩して黙した。
「え……っと、これはどういう状況?」
以前、恭介がダスクリーパーと出会った時はしゃべるガイコツであった。今回は光の玉となって恭介らの前に現れている。
『こんにちは、あるいはこんばんは恭介。私ですよ、わかりますか?』
女性のようなその声は、以前に聞いたことのある口調。
「まさか……あのしゃべるガイコツの……」
『あれはテキトーに依代にしていた器に過ぎません。私はこの世界では、単体で物体としては存在できないですからね』
「ちょっと本気でぜんっぜん状況がわかんないんだけど、どういうことなのこれ……」
『鬼クソ簡単な話です。あなたが理外の化け物ってことですよ』
「僕が理外の化け物? 一体どういうことだよ!?」
『私、以前あなたに死ねって三回言いましたよね。あれは私の儀式でもあるのです。私の最強の命令を発動させる為の儀式なのですよ』
そう言われると、確かにこのダスクリーパーと出会った時、三回、死ねと言われたことを思い出す。三回目に言われたあとの記憶が曖昧ではあったが。
『私の最強の命令は≪絶対的な死≫。それが発動されると、対象はどうあっても逃れることのできない死が確実に訪れます。どんな防御魔法も、加護も、ユニークスキルでも防げない。コレは魔法なんてチャチなものではないのです。そういう理の上にある、絶対的事象、のはずなのですよ』
「僕にそれを掛けた……?」
『そうです。でもあなたは今生きてる。だから理外の化け物なのですよ』
「僕のユニークスキル『無敵戦士』というものの効果とかではなくて?」
『なんですかそれは? あなたのユニークスキルは前にも言ってますが『獲得経験値アップ』です。それにさっきも言った通り、この世界で私の≪絶対的な死≫を防ぐ手段は皆無です。だから、もし考えられるとするなら、理外のスキル。例えるなら、エクストラスキルとでも言うべきものです』
「じゃ、じゃあ僕は不死身……みたいなエクストラスキルがあるってこと?」
『ひとつだけ確かなことは、あなたは死なないわけじゃないです』
「なんでわかるの?」
『あなたの死を、心臓の停止を、しかと確認しているからです』
そんな言葉はにわかには信じがたい。しかしそう思う恭介のことなどお構い無しにダスクリーパーは続けた。
『私はね、あなたと出会ってからあなたの中で、あなたを見ていました。そしてわかったことがあります』
「わかったこと?」
『はい。あなたは、死を超越する者です。肉体が死を察知すると、その瞬間に同じ器で生まれ変わる。つまり、転生しなおすのです』
「んん……? 何度もこの体に再転生する、ってこと?」
『そうです。まぁ何度でも蘇るんで、ある意味、不死身とも言えますけどね』
そんなチートみたいな能力が自分にあるなどとは夢にも思わなかったが、まさにこれでこそ異世界系。異世界系俺TUEEEバンザイ。
『でも、死ぬまでのプロセスは必ず辿ります。地獄のような痛みも、苦しみも、死を迎えるまで続く。そして完全に生命活動が停止したのち、再生が始ります。死という終わりがない、ある意味無限に続く地獄ですね。私からしたら、かわいそかわいそです』
「え!? そ、そうなの……?」
喜びかけたが、ダスクリーパーにそう脅されゾッとした。
確かによくよく考えると、一生において一度しか訪れないはずの死の恐怖、痛み、辛さを場合によっては何度も体験しなくてはいけない、ということなのだ。
『ふっふっふ、だけど安心しなさい。それだけでもあなたは理外の化け物ですが、それに加えてあなたのうんこユニークがリンクしやがりました。覚えていますか? あなたのうんこユニークスキル』
「うんこうんこ言うなよ……知ってるよ、『獲得経験値アップ』でしょ?」
『そうです。本来ならゴミうんこみたいなユニークスキルも、あなたのエクストラスキルのせいで、わけわかんねーことになってんですよ』
「……どういうことか、もうちょっと詳しく教えてくれる?」
『体験した経験を人よりも多く取得するユニークスキルが、あなたの死、という経験すら何倍にも引き上げているのです。これがどういうことかと言うと、あなたはその『死に方』を幾度も経験したこととなり、それに対するさまざまな耐性や能力を、体験した死に方、もしくは関連した死の情報によって会得していくのです』
「!!」
恭介はそれでようやく理解する。
つまり自分は、コールドデスで一度死んだおかげで、即死への耐性がついた、ということに。
「だから僕は二度目のコールドデスを受けても何も起きなかったのか……」
『そうです。はっきり言って鬼チート級スキルです。とんだクソゲーです。あなたは死ねば死ぬほど無限に成長するんですよ。死ねば死ぬほど強くなるとか、某漫画の戦闘民族ですか』
このダスクリーパーとかいう最高神は妙に俗っぽい。
事実、初めて会話した時も、恭介の転生前の故郷でもある地球のことを知っているような素振りもしていた。もしかすると、このダスクリーパーという存在が自分を転生させた張本人なのだろうか。
と、一瞬思ったが、しかしそうなるとつじつまが合わないことばかりだ。
「……なぁ、ダスクリーパー。キミは何を、どこまで知ってるんだ?」
『知っていることは、全て知っています』
「いやいや、そうじゃなくて……」
『出し渋ってるとかじゃないですよ。時間がないんです』
「時間がない……?」
『まぁそんなことより、六頭神がひとりでもあるこの私が、あなたのエクストラスキルを命名してやります。ありがたく思いなさい』
何度死んでも、直後、この体に転生する。
そして、死ぬたびにその死の経験を水増しして、成長するこのスキルの名を、ダスクリーパーはこう告げた。
――『無限転生』と。