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五十話 ミッドグランド・アンダーグラウンド

「夢の祭典! ミッドグランド・カーニバルがもうすぐ開催だ! みんな、心の準備はできているかぁ!?」


 街の中心部。


 一際背を高くしてそびえ立つ、大きな広告塔のような建物の外壁に取り付けられた、水晶モニターに映し出されている奇抜な格好をしたエンターテイナーが、ポップなミュージックに合わせてガイダンスをしている。


 そのエンターテイナーはしきりに、ミッドグランドカーニバル、という単語を全面に押し出し、その祭りの参加者を募っていた。


「……下衆(げす)いな」


 ストレイテナーは小さく呟く。


「何が夢の祭典よ、ニコラス・シャルルめ。貴様たちがやろうとしているのは、正義を振りかざした悪行そのものだわ」


 憎々しそうにその水晶モニターを見上げている。


 ストレイテナーはミッドグランドの街中を、一人散策しながら改めて思った。


 やはりこの世界は腐っている、と。


 彼女は、四カ国のうち母国であるサンスルードの若き王、イニエスタ以外は、死すべきと常々思い続けてきた。


 アドガルドが諸悪の根源であるのは間違いないが、他国も並ぶほどに劣悪な国だということを、今日改めて理解させられたのである。


 ストレイテナーはもちろんアンデッド族が大嫌いだし、忌むべきものだと思っている。


 だがそれ以上に、このミッドグランドが国単位で行っている事象に腹が立っていた。


「……生きている人間をわざわざアンデッドにする、なんて」


 ギリっと、奥歯を噛み締める。


 コロボックル種であるクルポロンたちから聞き及んだ話と恭介の言葉の統合性を調べるために、ストレイテナーは今一人でミッドグランドの街中を調査していた。


 自分はそれなりに顔が知れてしまっているという自覚があるため、マントと簡単な仮面で身体を覆い隠している。


「……さすがに地表エリアだとあからさま過ぎるものはなかったわね。……けど」


 ストレイテナーはミッドグランドの繁華街を抜けて、少し治安の悪そうな裏路地を通り、地下への階段がある道へと進む。


 ミッドグランドは大きく二つのエリアから成っていた。


 ひとつは地表エリア。


 もうひとつは地下エリア。


 地下エリアへの入り口は目立たない場所にある。だが、誰でも簡単に通ることが可能だ。


 地下へ続く石造りの階段を降って行くと、その先は地表エリアとは全く異なる、信じられない現実が広がっていた。

 

「……最低」


 地下とは思えないほどに広大に作られているミッドグランドのアンダーグラウンドは、一見、その造りなどは地表エリアと変わらない。


 居住区には民家が立ち並び、商店や飲食店なども地表にあるようなものと同じような感じに造られている。


 ただ、人々の装いや生活態度が普通のそれとはまるで異なる。


「ねぇ聞いた? またお城で兵を募ってるらしいわよ」


「それじゃあもしかして、また底無しの迷宮からアンデッドたちを補充してくれるのね。ほんと助かるわあ」


「アンデッドは凄い便利だものね。うちも早く新しいのに買い替えたいんだけどねぇ……」


「そうねぇ。質の良いアンデッドはやっぱり高いからねぇ。粗悪品だと意思疎通もままならないから、ゴミだしねぇ」


「まぁストレスの捌け口に使うくらいはできるわよね」


「そうなのよー! うちのグズなアンデッドなんて、言葉攻めにほんっと弱いから、ついつい泣かすまで追い詰めちゃうのよね。それが気持ち良いんだけどね!」


「うふふ、奥さんも良い性格してるわね! ま、あたしも同じようなことしてるけど」


 商店街の一角で、主婦たちの井戸端会議が聞こえる。


 それは地表エリアでは完全にタブーとされてるアンデッドに関する内容ばかり。それをさも日常にある当たり前の出来事のように会話していた。


 他にもアンデッドを使って、マナエネルギーを放出させ電気の灯りに変換させていたり、アンデッドに不思議なロープみたいなもので首輪と繋いでペットのように扱ってみたり、魔法を使わせて火を起こさせたり……と、アンデッドを利用して様々な利便性をふんだんに活用していた。


「……どういう神経をしているの」


 ストレイテナーはその様子を見ながら、この国の異常性を感じていた。


 アンデッドは確かに憎むべき者だが、それを利用してこんな風に人の生活を支えるなんて、情けないにもほどがある。


 このアンダーグラウンドの住人に対して、怒りさえ覚え始めていた。


「……恭介の言っていること……どこまで信じればいいの……こんなのを見ていたら頭がおかしくなりそう」


 ストレイテナーは困惑していた。


 このミッドグランドへ潜入する前に言われた言葉が、ずっと頭の中で巡り廻っていたからだ。


『アンデッドより人族の思惑の方がよほど悪だ』


 恭介は確かにそう言っていた。


 ストレイテナーはそれを聞いた時、この少年は信用できない。ワイトディザスターを名乗るような危険人物でもあるし、やはり殺さなくてはいけないかもしれない、と思っていた。


 だが。


「これが真実だとでも言うの……?」


 人族の悪意はアンデッドや魔物たちよりもよほど悪質である、ということ。


 しかしそれを簡単に受け入れられるほど、ストレイテナーの経験も陳腐なものではなかった。


 人族の方がアンデッドより悪だなんてことを、安易に認めるわけにはいかなかった。


「それを認めたら、私はなんのために戦えばいいの……」


 ストレイテナーの命を燃やしているその原動力は、怒りと平和への切望。


 アンデッドと魔物は憎むべきもの。


「それならどうして私のパパとママを奪ったの……ッ!」


 亡き両親はアンデッドに殺された。


 だからこそ、その怒りの火種をこんなことで消し去りたくはないのだ。


「アドガルドの……アンデッドッ!」


 奥歯をまた強く噛み締める。


 ストレイテナーの両親は、彼女がまだ八歳の頃、アドガルドが要望したアンデッド退治の任務の際に、運悪く殺されてしまった。


 遺体は実に綺麗なままストレイテナーの家へと運ばれた。


 その当日は、まるで生きているかのようなその両親の綺麗な死に顔を見ても、涙すら出せなかった。


 まず怒りが湧いたからだ。


 あまりの怒りに自分を抑えられなくなったその時、初めてエクスカリヴァーの顕現を見ることになる。


 そしてストレイテナーは誓った。


 この優れた能力、エクスカリヴァーで両親を殺したアンデッドに必ず復讐するのだと。


 そしてもう二度と自分と同じ悲しみを生まないように、平和な世を作るのだと。


 だから。


「だから、これしきで私は私の信念を曲げはしないわ」


 少女の決意はいまだ硬い――。




        ●○●○●




「いやぁーーッ!! お願いッ! もう、やめてーッ!」


 ミッドグランドのアンダーグラウンド。その中央部に位置するセントラルホール。


 その十三番目にある地下部屋から、一人のアンデッドの、悲痛な叫び声が響き渡った。


「ふぅー! ふぅー! くく、くくく! どうだ、私のモノは? たまらないだろう!?」


 エントランスホールを取り仕切るマスターことオルゴウムは、恍惚とした表情で、苦しむアンデッドの少女を痛ぶる。


 右手をかざし、精神汚染技法を施しているのだ。


「あああッ! お願いしますお願いしますお願いしますッ! もうやめてください! マスターッ! うあああああーッ!!」


 泣きじゃくりながら、右手に刻印のあるアンデッドの少女はひたすらに懇願する。


 だが、マスターと呼ばれた男はそれでも無慈悲にその邪悪すぎる技法をやめはしない。


「たまらんなぁ、たまらんよ。お前たち女型アンデッドが悶えて、苦しんで、泣き叫んで、快楽に溺れて、恥辱に屈服するその様子はッ! これこそ最高の美酒にも劣らんエクスタシーを私に与えてくれる!」


「うぁあああああああーッ!!」


 アンデッドに精神汚染の法は地獄だ。


 特にこのオルゴウムという下劣な男が得意とするマインドジャックは、直接その者の精神に働きかけて剥き出しの感情を強引に痛ぶる。


 精神体とも言える女型アンデッドのその苦痛さは、どんな拷問よりも計り知れない地獄となりえた。


「くくく! さぁ、どうだ? どうだ!? もう自分がなんなのかさえ、わからんだろう?」


「ぁあッ! んんッーーッ! いやぁっ!」


 気がおかしくなりそうだった。


 もちろんこれをとめどなく続ければ、やがて精神崩壊を起こしアンデッドは魂の死を迎え、無になる。


 だが、それをちゃんと弁えているからこそ、この男は卑劣なのだ。


「……そろそろ限界か。一旦休憩だ」


 そう言って、掛けていた技法を一度中止する。


「はぁッ! はぁッ! はぁ……はぁ……はぁ……」


 アンデッドの少女はその顔をぼろぼろに泣き腫らして、拷問が途絶えたことに安堵した。


「おい、まだ初日だぞ? へこたれてる暇なんかない。これから毎日、しっかり貴様も調教してやるからな。立派なストリッパーかつ、お偉いさん方を楽しませる娼婦に育ててやるから、覚悟しておけ」


 アンデッドの少女は涙が止まらなかった。


 この地獄に終わりがないかもしれない、と思うと、死ぬよりも辛いとさえ思った。


「一時間だけ休ませてやる」


 オルゴウムはそう言って、地下部屋から出て行こうとした。


「……ん? 地震、か?」


 その時、地下部屋全体が少し揺れ、天井にあった粗末な電灯が揺らめいていた。


 だがこの時、オルゴウムは気づかなかった。




 これが、ミッドグランドにおける災厄の始まりだということに。




 ひとりの『王』を心から怒らせていたことに。


 




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