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四話 ジェネラルリッチ

「大丈夫? 恭介お兄ちゃん? 顔色が凄く悪いわ」


「あ……鞠華(まりか)……僕、悪い夢を見てたみたいなんだ」


「夢? 本当に具合でも悪いの? まるで死人のような顔色だけど」


「死人……」


(そうか、これは……)


 恭介には鞠華(まりか)、という名の、腹違いで両足の不自由な妹がいた。


 両親にはかなり前に先立たれ、妹の世話をしながら二人で仲睦まじく生きてきた。


 たった一人の大切な妹だ。何があっても自分が守らなくては、と思っていた。


 だがある日、鞠華は自殺した。


 まだ恭介が十六歳、鞠華が十四歳の時だ。


 原因は中学校でのいじめだった。


 その内容が綴られた妹の日記を見て、恭介は人の悪意に、人間に、絶望した。


 それから恭介は抜け殻のように生きてきた。友も恋人も作らず、何者も信用せず。そして導かれるように恭介も死んだ。


「鞠華、夢でもまた会えて良かった。ありがとう」


 もはや取り返しのつかない、終わってしまったことだが、今こうして夢の中で鞠華に会えたことで、これが夢だとわかっていても懐かしく、嬉しかった。




        ●○●○●




「もしもーし」


 夢の中の鞠華といつまでも一緒に居たい、と思っていた恭介だったが、それは新しく始まってしまった別世界での現実に無慈悲に起こされる。


「もっしもーし。生きてますかー? こんなところで寝てたら風邪引きますよー?」


「んん……?」


 恭介のことを覗き込むようにして、呼び掛けている女の子の顔が、ぼやけながら視界に入ってくる。


「あ、生きてる。よかったー、顔色めちゃくちゃ悪いから、アンデッドになっちゃうのかと思っちゃいましたよ」


「こ、こは……?」


 頭痛が酷い。そして声もうまく出せない。以前、クライヴに出会った時と同じような症状だ。


「ここは墓地の地下ですよ。あなたが墓地のど真ん中で倒れていたので、引き摺り込んだんです」


 少しずつ視界が晴れてくると共に、辺りを見回すと、小部屋のような個室の床に自分が寝かされているのがわかった。


 ここには小さな棚と水瓶、ワークテーブルらしきものだけがある。


「そ、そうだ……ジェネラルリッチは……? それとマリィさんを探さないと……」


「え? マリィなら私のことです。あなた、もしかして私のことを助けに来てくれたんですか?」


「キ、キミがマリィだって!?」


 自らをマリィ、と名乗った少女の顔をまじまじと見る。少し幼さを残す顔立ちは、それでも将来は間違いなく美人になるだろうと思わせるほど整っており、肌も透き通るように白く美しい。何より目を奪われたのは、エメラルドグリーンの長く美しい髪色と澄んだ青色の瞳、それと横長に伸びた耳だった。


 そしてその面影は、先程まで夢に見ていた鞠華に瓜二つだった。


「鞠華……」


 恭介は思わず悲壮感いっぱいに呟いてしまう。


「マリ、カ? ってなんですか? それよりあなたがジェネラルリッチを倒してくれたんですか?」


「い、いや。僕はジェネラルリッチに……」


 そうだ、確か、ジェネラルリッチは奇妙な魔法の詠唱をしていて、クライヴたちが逃げろ、と叫んでいた。そのあとからいまいち記憶がハッキリしない。


 そんな風に頭の中を整理していると、マリィはパァっと笑顔になって恭介の顔を覗き込んだ。


「やっぱりあなたが倒してくれたんですね! 凄いです!」


「僕が……?」


「変だと思ったんです! 私、命からがらこの地下部屋に逃げ込んだんですけど、ジェネラルリッチがここを見つけて、私を殺しに来るのも時間の問題だと覚悟を決めていたのに、なかなか来ないからそっと外を見てみたら、あなたが倒れていたんです」


(ということはジェネラルリッチはすでにいない?)


 状況がいまいち飲み込めない恭介だったが、ひとまず驚異は去ったのだと安堵する。


「あんな上位アンデッド、聖なる加護でもないと絶対に勝てませんよ! あなたはもしかして勇者ですか!?」


「いや……こんなみすぼらしい格好の勇者なんていないでしょ……」


 クライヴたちのおかげで水と食料は与えられたが、服はまだ何も貰っていない。ただ、奴隷紋だけはあまり他人に見せるなと言われたので簡単なスカーフだけはクライヴから貰って首元に巻いてはいるが、相変わらず、上半身裸でボロボロのズボン一枚を履いているだけだ。


「それに僕は何もしてないよ。ただ倒れていただけだし」


 実際そうだ。恭介は自分が何もしていないどころか、自分の身に何が起きているかすら、把握出来ていない。


「そうなんですか? まぁ、とりあえず他のアンデッドがいないうちに、一緒に町に帰りましょう。ジェネラルリッチがいなくなったことで、別のアンデッドが来ないとも限りませんし」


 マリィはそう言いながら、地上へのハッチを少し開いて周囲を見渡す。


「……うん、なんだかわかんないけど、他の魔物も居なさそうです。少し霧が濃くなりましたが、行きましょう……えぇと」


「あ、恭介。僕の名前ね」


「恭介さん? 変わった名前ですね?」


「はは。もうそれは聞き慣れたよ」


「ふーん? まぁとにかく急いで町に戻りましょ、恭介さん」


 衛兵仲間で妹だ、とは言っていたがまさか本当にこんな若い女の子だとは思わなかった。


 確かにその格好は、軽鎧を装着してショートソードを腰にぶら下げているが、それにしてもこんな華奢な体の女の子が衛兵をしているなどとは正直驚かされる。


 そして何よりもその面影が鞠華にそっくりなことに。


 そんなことを考えながら、恭介はマリィと共に墓地の地下小部屋から出て、辺りを見回す。


「……本当にアンデッドが全然いない、ですね」


 マリィが訝しげに言う。


「なんか変なの?」


 警戒しつつ墓地を抜け出し、夜の濃い霧が舞う中を二人は走り抜けながらアドガルド王都に向かう。


「ええ。この墓地は普段から、ある程度の低級アンデッドが常駐してます。それがいない。やはりジェネラルリッチの出現と何か関係性があるのかもしれません。あんな化け物が出るなんて……。とにかく早く帰って、王様に報告をしないと……」


「ジェネラルリッチって、やっぱり普通じゃないんだ?」


「当然です! ただのスケルトンやレイスみたいな知能のないアンデッドと違い、ジェネラルリッチは神官クラスのマナを保有して、更に殺した生物を配下のアンデッドとして操り、加えて人語も話せるんですよ。その気になれば、あのジェネラルリッチ一体で、アドガルドは壊滅しかねません」


「ああ、だから僕をアンデッドかと思ったんだ?」


「少しだけ警戒はしました。まぁ普通のアンデッドだったら、私のスキルが反応するので、アンデッドではないと思ったからこそ助けたんですけどね」


「マリィのスキルはなんなの?」


「これです。破邪の刻印(クラッシングイービル)。私が触れた邪なる者は、低級レベルのアンデッドなら即座に滅することができるんです」


 マリィはそう言いながら、手のひらの中央に刻まれた小さな魔法陣を見せつけた。その刻印はぼんやりと光を放っている。


「私はこれが両手、両足にあります。刻印が出ている部分で触れると邪を滅することができます。ですが、さすがにジェネラルリッチほどの化け物には効きませんでした……」


「それでもよく生きてられたね。聞いた話じゃジェネラルリッチに見つかったら、ほぼ殺されるって聞いてたから」


破邪の刻印(クラッシングイービル)のおかげでした。即死魔法を私にも掛けてきましたが、刻印の力で魔法だけならかろうじて無効化できたみたいです」


 なるほど、と恭介は納得した。


 しかし話を聞けば聞くほど、あのモンスターは非常に危険な存在だと理解する。


 恭介は気を失っていただけなので、ジェネラルリッチがどうなったかはさっぱりわからない。


 それにクライヴたちはどうしたのだろうか。自分が倒れている間にやられてしまったのだろうか。


 さまざまな気がかりを胸に、恭介はマリィと共に走る。


「……待って!」


 その時、少し前を走っていたマリィが突然足を止め、声を荒げた。


「不味い……不味いです!」


「え?」


「恭介さん! 来た道を急いで戻りましょう! 前方からこちらに向かって大きな邪なる反応が近づいてきます!」


 マリィはそう言いながら、右手のひらの刻印を恭介に見せつけた。


 刻印は先程よりも、大きな光を発していた。


「これだけ大きな反応は間違いなく、先のジェネラルリッチです! 早く戻ってまたあの墓地の地下に身を潜め……」


 マリィがそこまで言った瞬間。


「は……! ぐぅっ!?」


 ドサリ、とその場に彼女は倒れ込んだ。


「マリィさん!? ど、どうしたの!?」


「……ま、不味い、です。こ、これは、ただの霧じゃ……」


 倒れ込み、苦しそうにしながらマリィがそこまで言うと、聞き慣れたおぞましい喚き声が辺りに響く。


 ケタケタケタケタ! というこの声は間違いなく先程遭遇した、ジェネラルリッチのものだ。


「……引っか……かった。二匹……釣れ……ましたぁ」


 ついさっきまで、目の前は濃い霧しか見えていなかったはずなのに、気づけば目の前ですでに人型になっているジェネラルリッチが恭介らの前に立ち塞がる。


「マリィさん! マリィさん!」


 苦しそうに息をするマリィを案じ、声を掛ける恭介だが、マリィはまともに動けるような状態ではない。


 やがて、マリィは気を失った。


「くっそ……こんな化け物、僕一人でどうすればいいんだよ……!」


 装備は粗末なズボン一着。


 スキルは使い方もわからない『無敵戦士』。


 異世界転生してたったの数時間で、こんな色々イベントが起きても処理しきれるわけないだろ、と内心ぼやく。


「こうなりゃ、やけくそだ……うおりゃあああッ!」


 恭介はそこら辺にあった木の棒きれを片手に、ジェネラルリッチへと殴り掛かる。


 しかしまるで空気を切るように、それは空ぶってしまった。


「無駄です……無駄……」


「ちくしょうが! 何度でもやってやる!」


 恭介は何度も木の棒を振り回して、ジェネラルリッチを攻撃するが、まさに暖簾に腕押し状態だ。


「……飽き……ました。今度こそ……死んで……ください……ね」


 ジェネラルリッチはまた、まるで聞き取れない詠唱を始める。


 それは恭介が最初に出会った時に食らわせられた即死魔法。





「≪コールドデス≫」






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