四十七話 絶対王大政令 宣布
一方、王都アドガルドでは、緊急王令の発表がされるとのことで、多くの国民がアドガルド城前にある大庭園に集められていた。
「……一体何が始まるんだ?」
「早く壊された外壁を修理してぇのによ……」
「……家が……無くなっちまった……」
王都の民は嘆きの声で溢れている。
それもそのはず。あの巨大な真紅の竜、アンフィスバエナが生み出した大量のミドルドラゴンによって、王都のあらゆるところが大きな被害となっていたからだった。
人々は、この未曾有の竜の猛攻によって王都は壊滅してしまうかもしれないと思った時、突如ミドルドラゴンらの攻撃は止み、アンフィスバエナ共々消え去った。
その一部始終を見ていたギャラリーたちも当然いる。
だが、話には尾ひれ背びれが付いて広がってしまい、いらぬ情報が交錯してしまっていた。
アドガルド王国の絶対王、ゴルムア・ルドア・アドガルドはそれらによる混乱を防ぐために、アンフィスバエナからの襲撃があったその翌日である今日、緊急宣布をすることを決めた。
「諸君、本日はまだ痛々しい傷も癒えぬ中、王城の大庭園に集まってもらい、まことに恐縮であるッ!!」
アドガルド王城の二階テラスから、声を張る黒いジャケットスーツ型のフォーマルをきっちりと着こなし、敬礼をするその男の名はクロフォード。
王都アドガルドの行政に関わりつつ、アドガルド王立魔法師団の団長をも務め、更には王の特別相談役も行なっている、質実剛健とした男だ。
「もう間もなく、我らが絶対王、ゴルムア様がここに参られる! 静粛にし、心してそのありがたいお言葉を賜るようにッ!」
クロフォードはそう言うと、人々に向けて軽く一礼し、テラスの端の方へ移動する。
それから程なくして、大きな白いあご髭を伸ばし、豪華な冠を頭に乗せ、大きなマントを引きずりながら、中世ヨーロッパ風の王族が着る派手な色の服をゆったりと着こなした、体格の大きな初老の男が、ドクロを模した大きな錫杖をその手に持ったまま、ゆっくりとテラスにその姿を現した。
「……ワシがこのアドガルド唯一無二にして、最強の絶対王、ゴルムア・ルドア・アドガルドであるッ!!」
ゴルムア王がよく通る声で、語気を荒々しくして言葉を紡いだ。
「「ォオオオオオオッ!」」
と、多くの民と衛兵がそれに合わせて歓声をあげる。
「我が王都は今、先日の未曾有の大災害により、多くの混乱が生じておる。それについての真実と、今後の在り方について、ワシからみなに伝えようと思うッ!」
ゴムルア王は、側近である若い魔法師の女に目配せをした。
するとその若い魔法師の女は、優に直径1メートルはあろうかという巨大な水晶玉を、それが乗せられた台座ごとテラスの縁側に運んできた。
「この水晶玉が映し出しているのは、先日、我らが神聖なる王都を襲撃せしめた悪しき竜だ! だがこの悪竜は我がアドガルドが誇る王立冒険者ギルドの英雄によって退治された!」
アンフィスバエナの破壊活動が水晶玉に映し出される。
「だが、この竜はいまだ死んでおらぬ! 今もなお、この世界のどこかで我らを滅ぼさんと画策しているのだ!」
ゴルムア王が、再び魔法師の女に目配せをする。
「これを見よッ!」
次に水晶玉に映されたのは、一匹の竜と、一人の少女と、一人の少年。
「この少女はみなもよく存じているだろう! 東の大国、サンスルードの英雄、聖剣の勇者と名高いストレイテナー殿だ! この少女は命を賭して我が国のために悪しき竜と戦ってくれていたのだ!」
ストレイテナーの映像が大きく映し出され、アドガルドの民は一斉に沸き立つ。
「ストレイテナー殿は圧倒的な強さで悪しき竜を追い詰めていた! だがしかし! ここで信じられない事件が起きたッ!!」
再び水晶玉に映し出される映像が切り替わる。
「この少年だ! この少年は何を思ったのか、ストレイテナー殿を突然攻撃し始めた! ストレイテナー殿は悪しき竜との戦いで疲弊していたのもあり、不覚を取り……この少年の汚いやり方によって背後から闇討ちされてしまったのだッ!!」
水晶玉には、ストレイテナーが恭介によって背後から剣で突き刺されている映像が映し出されていた。
「しかしここで我が国のギルド、ナンバーワンの実力者にして世界最強の戦士、レオンハートが到着し、その偉大なる技法によって、この少年を悪しき竜共々地中に取り込み倒したのだッ!」
再度、水晶玉の映像は切り替わり、青髪の凛々しい面持ちをした好青年が、決死の表情で技法を使って竜と少年を土の中へと閉じ込める映像が映された。
「ストレイテナー殿はすでに虫の息であった。レオンハートは悪しき竜と悪しき少年を同時に倒すチャンスはここしかないと判断し、やむなくストレイテナー殿の亡骸ごと、土の中へと封じ込めるしかなかったのだ……」
ストレイテナーの人気はこのアドガルドでも絶大だ。
その証拠に多くの民からストレイテナーの死を悔やむ声や、すすりなく嗚咽が聞こえて来る。
「だが、これでも邪竜と邪悪な少年は死んでいなかった! このあと、土の中には何者の死体も見つからなかったのだ! これはどういうことかッ!?」
民たちは再びざわめき始める。
「我が国の魔法師団の調査によると、土の中から微量な転移魔法の残留痕が見つかったそうだ。つまり、あの竜か、あの少年のどちらかが、何かしらのスキルか魔法により、土の中から瞬間移動して逃げたのだ! ストレイテナー殿の亡骸と共にッ!」
なぜ、ストレイテナーの亡骸も一緒に? という当然の疑問が民衆の中で沸き立つ。
「それは何故か!? 信じ難い言葉をこれからワシはみなに伝えなければならぬ! だが、心して聞いて欲しい!!」
ゴルムア王は少しだけ、間を置いて一呼吸し、
「……それは、あの悪しき少年がストレイテナー殿を喰らうためであるッ!」
●○●○●
――ゴルムア王から告げられた真実は、にわかには信じ難い内容ばかりであった。
だが、国民の多くはそれを信じるほかなかった。
ゴルムア王曰く、あの悪しき少年はアンデッドの王、ワイトディザスターが伝え残した『ノストラダム』であるというのだ。
終末戦争が訪れるきっかけとして現れたあの少年は、類稀なるスキルを持っているらしい。
そのスキルを使って、墓地に長年封印されていた六頭獣であるジェネラルリッチを解放し、あの体に取り込んだ。
そうやって人やアンデッドの魂を喰らい、ゆくゆくは世界を破滅に追いやろうと目論んでいる、魔王とも言うべき非常に危険な存在なのだとゴルムア王は告げた。
ストレイテナーが連れ去られたのは、その魂を喰らい、彼女のユニークスキル『エクスカリヴァー』を手に入れるためだったらしい。
そこでゴルムア王は大政令を定め、あの場で宣布をした。
その内容は――。
「かの少年を魔王と認定。そして魔王の少年の生死を問わず、捉えた者に1000万金貨。目撃情報や有益情報には100万金貨、ねぇ」
全身包帯ぐるぐる巻きで宿のベッドに横たわり、懸賞金と似顔絵が描かれたチラシを見て、クライヴは呟く。
「それなら現段階の情報を政府に売れば、私たちも100万金貨を貰える条件くらいはありそうですけどね」
同じくその隣のベッドでマナを安定させる点滴を受けながら、ガストンがクライヴに話しかけた。
「……まあ、そうだな。恭介について知ってることを洗いざらい話せば、な」
クライヴはチラシに書かれているそのほかの王都に関わるニュース記事を読みながら答える。
「ダメッ! クライヴもガストンも! それはダメだよ!」
カーテンごしに、クライヴの足下側にあるベッドからミリアが声を荒げて答える。
「忘れたの? 私たちは恭介に助けられたんだよ! あんな仕打ちしたのに……そんな私たちのこと、助けてくれたんだよ!? 私も自分が出来た人間だなんて思っちゃいないけど、それでも私は恭介に感謝してる!」
「わ、わかってますよミリアさん。さすがに冗談ですって……」
「……正直驚いたけどな。あのタイミングでまさか恭介に助けられるなんてよ」
複雑な心境だった。
彼らにとって、恭介という存在は奴隷以上でも以下でもない、ただ人柱として利用し、捨てただけのゴミ同然な扱いをしたというのに。
そんな少年に助けられたのだから。
「私、ガストンには言ったけど、恭介は絶対私たちのこと恨んでると思ってた。もし、私たちが逆の立場だったら、あの場面で私たちのことなんて見捨ててもおかしくなかった」
「……ええ、その通りだと思います」
ガストンは小さくため息をついて、頷いた。
「でも助けてくれた。私は恭介に恩返ししたい!」
「……そう、だな。アイツは一応俺たちの元仲間、だしな」
「だから、せめて恭介のことを売るようなつまんない真似だけはやめよう? ね!?」
クライヴは小さく頷いて、
「ああ。わかってるよ、ミリア」
そう返した。
だがミリアに諭されなくとも、元よりクライヴにはそんなつもりなどすでになかった。死を目前にして、少し世界観が変わったのかもしれない。
「……ありがと、クライヴ。私、今度もし恭介に会えることがあったらちゃんとお礼する」
「ああ。俺もそのつもりだ。だが、こうやって指名手配されちまったら堂々と大っぴらに会えないけどな」
病室で二人は笑い合った。
そんな穏やかな雰囲気を打ち破るように、突如、ドカッ! と、乱暴に部屋のドアが開かれた。
「この部屋か! 『エンジェリックレイザー』というパーティが泊まっている部屋は!」
荒々しい声でそう叫んだのは、数名のアドガルド衛兵。
「な、なんだお前ら!? 俺たちは重病人だぞ!?」
「……重要参考人、の間違いではなくて?」
クライヴの言葉に、冷たく凍りつくような声が廊下の奥から響いてくる。
「だいぶ治癒魔法によって回復したようですね、クライヴ?」
衛兵の間から姿を現したのは、先日、崩壊した魔治癒病院で出会ったミネルヴァ王女。
あの時はただ挨拶をしただけですぐに姿を消した彼女だったが、再びクライヴらの前に現れた。
そんな彼女は冷ややかな視線で、
「あなたたちを重要参考人として、城に連れて行きますわ」
――そう、告げた。
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