四十話 最強の邂逅
ストレイテナーは大災害となった王都の中で、しかしその根源たる者に出逢えた幸運に感謝していた。
――その発端はサンクラウン洞穴でのこと。
ターゲットである悪しき竜の背後に回り込み、その背にある逆鱗を斬り取り、そのまま確実に竜を討伐できる、と踏んだ直前。
その竜は一瞬にして消え去ってしまった。
ストレイテナーの気配感知能力は尋常ではない。だからこそ、討伐対象であった竜、アンフィスバエナを完全に洞穴から見失ったことをすぐに把握し、憤慨した。
幸い、依頼内容である逆鱗の採取は成功している。
とりあえずはこれでダグラス大商会との取引については問題ない。
その後、必ずあの竜を探し出し、討伐するという新たな目標が生まれた。
「……悪しきは必ず、滅さなければ」
だが手掛かりはどこにもない……と、思われていた。
ストレイテナーが取得した真紅の竜の逆鱗をサンスルードのイニエスタ王に見せると、王は「すぐにアドガルドのアークラウス男爵のもとへこれを届けよ」との命を出した。
王の命は絶対だ。特に敬愛する主君の命とあらば、何事よりも優先するのがストレイテナーの心情。ゆえに彼女は快くその命を受け、同時に内心で、逃してしまった真紅の竜もついでに探そうと考えた。
こうして聖剣の勇者ストレイテナーは、すぐにアドガルドへと向かう。
サンスルードからアドガルドまで、徒歩では十日以上は優に掛かる距離だ。
しかしストレイテナーは単身でこの命を受けていたため、類稀なる身体能力の高さゆえ、わずか数日で王都アドガルドに到着。
到着した時はちょうど夜だったので、宿で一晩休んだのち、翌朝にアークラウスのもとへ訪れようと考えた。
そして、翌日。
いざアークラウスの館を目指そうとした頃には、お昼を回っていたのだが、それは単純に彼女が寝覚めが悪いからである。
慌てて身支度を整えようとした時、屋外で大きな地響きがした。
「なにごと!?」
ストレイテナーが宿の窓から外を見た時には、すでに辺りは火の海と化していた。
崩壊する建物、無残に殺された人々。
そして今もなお、たくさんの民を襲う何匹ものドラゴン。
そのドラゴンには見覚えがある。
「……あの青い鱗はミドルドラゴン!? まさか!」
ストレイテナーはアンフィスバエナがこの王都にいることを理解し、今度こそ逃すまいと宿の外へと駆け出す。
●○●○●
王都はあちこちで大きな惨状となっていた。
鉄壁を誇るこのアドガルドがなぜこうも容易く魔物の侵入を許したのかはわからないが、この国の人々がいかに結界を過信しすぎていたのかがよくわかる。
緊急事態であるというのにも関わらず、兵の統率は取れておらず、そして下級兵の基礎戦闘技術すらもロクにできていない。
ゆえに、被害者の続出が絶えないのだ。
「う、うわわわ! た、たすけて!」
今また一人の王国兵士がミドルドラゴンに追い詰められていた。
「≪エクス・カリヴァー!≫」
情けなく腰を抜かした兵士に呆れつつ、そのドラゴンをストレイテナーが一閃する。
「……何をしているの。早く逃げなさい」
「あ、ありがとう。あの、あなたは……?」
「……私は通りすがりの剣士。ただそれだけ」
この国の関係者に自分という人間がアドガルド内にいることを知られたくなかったので、ここは適当に誤魔化す。
兵士は再び礼を告げると、生き延びてる人たちを探すといって、また街の中へ奔走していった。
「それにしてもこの数……」
ミドルドラゴンをすでに数体討伐せしめたストレイテナーだったが、まだあちこちでドラゴンの気配がする。
自分一人ではこの数を捌くのに時間が掛かり過ぎる。被害が増えてしまう。
どうするか、と頭を悩ませた時。
「え?」
あちこちに居たミドルドラゴンたちが突然、破壊活動をやめて同一方向に向け、走り出していった。
「どういうこと……?」
ミドルドラゴンは何かの意思に従って動いている。そしてそれは間違いなくアンフィスバエナの意思に違いはない。
上空高い位置に佇む大きな影。多分あれがアンフィスバエナに違いないのはわかる。
ミドルドラゴンを全て駆除すれば、かの竜は降りてくるだろう。
そう思ったストレイテナーは、疑問を抱えつつも駆け出す。
ミドルドラゴンの群れが向かっていくその先に、何があるのか見定めるために。
●○●○●
「……本当に貴様は面白いやつだ」
アンフィスバエナは目の前にいる少年に、もう幾度も感激させられていた。
ミドルドラゴンの群れを瞬殺し、火炎球を無傷で受けるどころか素手でそれを掴み、更には投げ返すという規格外の実力。
「僕も色々試せて面白くなってきたよ」
「では次のこれはどう受ける!?」
アンフィスバエナは自身の言葉尻と同時に、恭介に向けて得意の技法であるパラライズブレスを口から放出。
速度的に言えば先ほどの火球よりも更に数段速いのだが、恭介からすればこれを回避するのも容易だ。
が、しかしこれもあえて受けてみる。
「うぐッ!?」
どうやらこれは非所持の耐性のようだ。身体全体が指先に至るまで、痺れるような痛みと共に全く動かなくなってしまう。
「ぉ……お……こ、ここ、これ……は、しし、しびれ……」
呂律すらもうまく回せない。
「何故、今度は素直にそれを食らったのだ?」
「ふ、ふふ! さぁ……て……ね」
アンフィスバエナには本気で理解ができなかった。
このパラライズブレスなど、あっさり避けるか、はたまた不可思議な受け方をするものだとばかりに思っていたのだが、目の前の少年は普通に麻痺しているようにしか見えない。
「……ますますわからん。だが、もしそれで貴様が終わるのなら、所詮貴様はそれだけの器だったと言うことだッ!」
アンフィスバエナは麻痺した恭介に近づく。
この少年に火属性の攻撃が効かないことは重々理解している。
ならば、ほかの攻撃手段を試すのみ。
「ひと思いに、その首、跳ねてくれようぞ!」
アンフィスバエナの大きな右手から、長く鋭利な爪が出され、それを恭介の首へと振るう。
だが。
キンッ! という異様な高音。
「む!?」
その爪は恭介の首元に当たるも、まるでビクともしない。
「ど、どういうことだ。我の爪がまるで通らぬ……!?」
アンフィスバエナは何度も試すが、どうあっても爪での攻撃は恭介に通らない。
「ならば、その頭を噛み砕いてくれるッ!」
大きな顎を開き、今度は恭介の頭に噛み付こうとする。
が、当然それも弾かれた。
「か、く……く……! ど、どういう身体なのだ、貴様は!?」
こんな小さな少年の身体が、まるで超硬度を誇る岩の如く傷一つ付けることが適わない。
「ならば……これはどうだ!」
アンフィスバエナは更に別の攻撃方法を次々に試していく。
風魔法、雷撃魔法、水魔法……と。しかしそのどれもが恭介の前では全て無効化されてしまう。
だが、相変わらず麻痺だけは続いていた。
「……っく! 意味がわからん!!」
アンフィスバエナは理解不能すぎる存在に、混乱し始めていた。
それとは別に、恭介も困り果てていた。
(うーん困った。麻痺は束縛系だと思ったのに、違うんだな)
そう、恭介は麻痺も束縛系の一種だと考え、これも効かないだろうと踏んだのは、ただの読み間違えであった。
麻痺、という状態異常は、この世界ではそれ以上でも以下でもなく、ただ、痺れて身体が動かせないだけだ。
(……だからこそ困ったんだよな。これで死ねれば耐性増えてラッキーって思ったんだけど)
恭介もアンフィスバエナもお互いに膠着状態が続いた。
「……そこまでよッ! アンフィスバエナ!」
その均衡を打ち破ったのは、一人の女性の声。
崩れた建物の上に立ち、アンフィスバエナを見下ろすように声を発したのは、サンスルード王国最強の矛。
聖剣の勇者、ストレイテナーであった――。




