三話 あなたは死にました
アドガルド王都は城塞のように大きな壁の中に作られた都だ。その城塞壁には魔法師による特殊な守護結界が施されており、並の魔物は決して内部には侵入できない作りになっている。
しかし返せば城塞壁の外側は、魔物がいつ現れてもおかしくはない無法地帯だ。
「さ、さすがにアンデッドが出るっていう墓地を歩くのは、少し怖いな……」
墓地は町の外から少し離れたところに作られている。
とりわけ、墓地というのは負のオーラがたまりやすく様々な魔物を誘き寄せるそうだ。
酒場で衛兵が言っていたジェネラルリッチは、その墓地で現れたのだと言う。
恭介は自分に何が出来るかはわからなかったが、どうしても彼の助けになりたかった。
恭介が衛兵の仲間を助けに行くと言い出した時、クライヴたちは必死に止めた。しかしどうしても放っておけないと言ったら、渋々彼らもついてきてくれた。
「俺とミリアは墓地の西側から回る。恭介は中央から見ていけ」
そうクライヴに命令され、恭介は一人、小さな松明を片手に墓地を散策していた。
「確か衛兵の仲間の人は、マリィって名前だったっけ。女の衛兵だって言ってたから見つかればすぐわかると言ってたけど……本当にまだ生きてるのかな……」
クライヴたち曰く、普通アンデッド系モンスターに襲われて、討伐できなければすぐに殺され、その魂を喰らわれるそうだ。なので、連れ去られた時点で生存可能性は絶望的だと言っていた。
しかし恭介はせめて、それでも遺品くらいは持ち帰ってあげたいと思い、ジェネラルリッチ討伐とまではいかないにしろ、マリィ捜索に名乗り出たのだった――。
●○●○●
一方クライヴら。
「ねぇねぇクライヴ。ジェネラルリッチが本当なら絶対ヤバイって。あんな奴隷のガキほっといてズラかろうよー」
ミリアは小刻みに震えながらクライヴにピタリと寄り添ってそう言った。
「確かにそうだが、クラグスルア卿の奴隷なんて拾えるもんじゃねえぞ。アイツには使い道があんだよ」
「森の結界をぶち壊す人柱でしょー? それだったら別にあのガキじゃなくてもいいじゃない」
「馬鹿。言っただろう、クラグスルア卿の奴隷だぞ。いいか、まずあのガキを森の結界を解くのに使うだろ? そのあと死体をクラグスルア卿の元に持っていくんだ。そうするとどうなると思う?」
「ぇー。どうなるの?」
「ミリア、お前考えなしにあのガキ拾ったのかよ」
「いやぁ、森の結界を解くのに使うんだろうなぁ、くらいはわかったよ」
「結界を解くには並の方法じゃ不可能だ。そして超エリート級のスキルでもない限り、無理矢理入ろうとすれば魔力結界の獄炎バリアで焼かれる。長時間結界に触れていれば間違いなく死ぬだろ? そこで、あのガキを使う。その焼死体をクラグスルア卿に持っていく。その時、俺たちはこう言うんだ。『あなたのところの奴隷が、森の結界でおかしな真似をしていたから助けようとしたんですが、残念ながら間に合いませんでした』ってな」
「ふんふん? それで?」
「わかんねぇか? クラグスルア卿はたんまりと口止め料をくれるんだよ」
「なんで?」
「森の結界に触れるのはアドガルド王令によって御法度とされてる。結界の獄炎呪法は普通の焼け方をしないから、見ればすぐにわかる。さらにこの国は奴隷制度も禁止。ダブルでタブーを犯してるクラグスルア卿は、このことを絶対にバラされたくないと考えるはずだ。そうすりゃ間違いなく金を握らせてくるだろ」
「わぁー、そっか! さすがクライヴね! 頭いいー」
「とりあえず問題なのは今だ。あのガキをなんとかここから生きた状態で連れ帰らねぇとな。更に全ての条件が整ったのち、結界まで誘導してからそこで死んでもらうんだ……」
●○●○●
「それにしても、なんだかんだ良い人たちだな。食事もさせてくれたし、何よりこんなみすぼらしい僕を拾ってくれたしなぁ」
一方恭介は、クライヴらのそんな恐ろしい思惑など、カケラも想像だにせず、呑気にそんなことをひとりごちていた。
それよりも実際にジェネラルリッチという化け物に出会ったらどうすれば良いのか、何も考えずにここまで来てしまったことを今更少し後悔していた。
「……下手したら、ここで死ぬかも。いや、でも僕だって無意味に異世界転生したわけじゃないと思うんだよなあ。きっと、このイベントも、なんか凄い仲間の助けとかでうまくいくかもしれない。それか、もしかしたら、もう化け物はすでにいないかもしれないし。うん、そうだそうだ。これは絶対そういうやつだ」
なんて楽観的な未来を裏切るかの如く、突如、背筋が凍りつくような感覚に襲われる。
「……っ!?」
バっと背後を振り返るが、そこには誰もいない。
「こ、これはやっぱり出る……か?」
ジェネラルリッチ。
クライヴから聞いた話では、この世界でトップクラスのチカラを持つ六匹の魔物の一体であり、アンデッドでも最高峰の知識を持ち、一度人里に現れてしまったら災害レベルの損害は間違いなく起こる、とも言われているそうだ。
事前対策もせずに倒せるとしたら、冒険者ギルドでもほんのひと握りの、聖なる加護を持つ勇者クラスくらいだと言っていた。
そんな超級の化け物は、果たしてどんな見た目をしているのだろうか。
などと考えていた矢先。
ゆらり……と小さな青く光る火の玉が恭介の目の前を横切った。
直後。
ケタケタケタケタ! という奇怪な喚き声と共に、おぞましく低い声が墓地内に響く。
「よう……こそ……」
ついに出た。
先程までゆらめいていた小さな青い火の玉が徐々に人型に変形していく。
「お、お前がジェネラルリッチだな! マリィさんはどこだ!?」
「……エサ……今度こそ……」
所詮は魔物の知能か、恭介の問いにはまともに答える気はなさそうだ。
「あなたは……あまり美味しくなさそう……だけど食べます……。€#%+〆<=$……」
まだ不安定な形態だが、若く美しい女性のような人型を模したジェネラルリッチは、恭介には聞き取れない何かの詠唱を始める。
「おい! 馬鹿! 逃げろ!!」
いつの間にか、後ろの木の影にいたクライヴが叫ぶ。
「恭介、こっちに早く逃げて!!」
クライヴと同じ場所にいるミリアも、恭介のことを呼ぶ。
恭介も直感的にこれは不味い、と思ったが、何かをするよりも早くジェネラルリッチの詠唱は終わった。
「遅い……≪コールドデス≫」
ジェネラルリッチの言葉と同時に、対象であった恭介にその魔法粒子が襲い掛かり、その体を貫く。
「……っか、は!?」
直後、一瞬だけ胸のあたりが締め付けられるような痛みを感じ、呼吸ができなくなった。
ドサリ、とその場に倒れ込む。
「あっけない……あっけない……」
ケタケタケタケタ、という奇怪な喚き声が再び墓地に響いた。
恭介の心臓は徐々に鼓動を小さくしていき、同時に意識も朦朧としていく。
「くそ! せっかくの奴隷が……!」
「ばか! クライヴ! あんなのほっといて私たちもすぐ逃げるわよ!」
動けなくなった恭介に、ジェネラルリッチが夢中になった今が好機と見て、クライヴとミリアはその場から一目散に逃げ出した。
(ぼ、僕はこんなところで死ぬ……のか……)
「まだ……生きてるん……ですか? ……でも……もうすぐ死にます……ね……ふふ……ふふ」
ジェネラルリッチは恭介が生き絶えるのを待っているのだ。生き絶えたのちに、恭介の魂を喰らうが為に。
意識が冷たい深淵に堕ちていく。その感覚をとても恐ろしく感じた恭介は、最期に言葉で抗いを試みる。
「いや……だ。死……に……たく……な……ぃ」
(これが……死の感覚……やっぱり僕に『無敵戦士』なんてスキルはなかったんだ……)
徐々に視界が暗くなる。
そして数分もしないうちに――。
「クク……クク……あなたは……死に……ましたぁ」
ジェネラルリッチが待ち侘びたようにそう呟く。
「いた……だき……ます……」
ジェネラルリッチはニヤァと笑って恭介の体に手を伸ばす。
――なんの成果もなく、恭介は再び無残に死に絶えた。