三十八話 人ならざる者のチカラ
何故これが突然できるようになったのかは全くわからないのだが、恭介には不思議な能力が更に追加されていた。
それは『人族の健康状態』が見えること。
人族を見ると、その人間の体全体に色が見えるようになっていた。
どこかに何かの説明があったわけでもなく、恭介にはそれが、命の信号であるとなんとなく直感で理解ができた。
青なら健康体、緑なら軽症、黄ならやや大きなダメージ、オレンジなら重症、赤は致命的な重体と言った感じなのだろうと恭介は勝手に思った。
それが何故そうなのか、と言われるとよくわからないのだが、クラグスルアの屋敷に居た頃からそれが見え始めていた。
そこから察して、
「ガストンさんもミリアさんも、なんとか致命傷ではないみたいです」
倒れている元パーティメンバーの二人の色が黄色程度だったので、そう判断する。
「……そう……か。良かっ……た……」
「……クライヴさん」
一番大きなダメージを負っているのは、やはり見た目通りクライヴだった。
かなり赤に近いオレンジ色をしているので、放っておけば遠くないうちに死んでしまいそうだと恭介は思った。
「ごふ……! ゲハッ! ガハっ! ……はぁ、はぁ」
クライヴは咳き込みながら、大量の血を吐き出す。
とても苦しそうだった。
「ガストンさん、まだ治癒魔法を打てるマナはありますか? ミリアさんもクライヴさんの怪我を治せるアイテムとか持っていませんか?」
近くで倒れているガストンに向けて恭介が問いかける。
「……ぅ、恭介さん。何故ここに……?」
「ぅうう、ほ、ほんとにきょ、恭介なの?」
ミリアとガストンも激痛に苦しみながらも、信じられない出来事の連続に、頭が追いついていない。
「そうです。とりあえず二人とも、なんとかできるなら、クライヴさんを助けてやってください。でなければ、クライヴさんはあと数分もすれば死にます」
恭介は淡々と状況を説明した。
はっきり言って、今の恭介にとってクライヴらのことなど、ただの古い知人、くらいにしか思っていない。
なので、死のうが生きようがもはやどうでも良かった。
だが、それでも恭介はこの世界が『生き地獄』であることだけは許せなかった。だからせめて少しでも彼らが救われるように助言しているに過ぎない。
「ガハッ!!」
またクライヴは苦しそうに一際大きな血を吐く。
「は、はい。私のわずかなマナをクライヴさんにやれるだけやってみます……」
「私も治癒術は見習い程度だけど、クライヴに……!」
二人は微かな治癒魔法をクライヴに掛ける。
「さて、それじゃ僕は僕のやれることをやりますね」
そう言って恭介は上空を見上げた。
アンフィスバエナの存在は恭介にとって、全く想定外だ。
アークラウスの館に行くために、アドガルドに戻ってきたら王都が大惨事になっていたので、何事かと思い、その中心部に来ただけに過ぎない。
しかし。
「「「……貴様は何をした?」」」
アンフィスバエナからすれば真逆だ。
小さな少年に興味が尽きない。
生き残っている全てのミドルドラゴンが、恭介らの周辺を取り囲む。
「ひいぃ……まだこんなにいるの……!?」
「こ、これはどうみても、私たちここで全滅では……」
ミリアとガストンは、その絶望的状況に恐怖する。
その二人を見て恭介は改めて思った。
なるほど、このドラゴンは単体でもかなり強いやつなんだな、と。
「「「問いに答えろ、矮小なニンゲンよ。貴様は我が眷属らに何をしたのだ?」」」
「……死の祝福を与えただけだよ」
「「「……我が見るに、貴様はとてつもないユニークスキルを持っているのではないか? そうであろう? 我が眷属らと今いちど、戦って見せてはくれぬか?」」」
このドラゴンたちは、一つの意思で繋がっているのだろうか。
いまいちその辺はよくわからないが、結局戦いは避けられそうにないな、と恭介はため息をついた。
(即死魔法はさっき一発使ってる。残り四回か。とりあえず、このドラゴンたちが何体いるかわからないから、アルティメット状態にしておくか……)
「…… 生と死の輪廻、軸を我としあまねく精霊の負の力ここに蹂躙せんがため、我が願いを聞き届けたまえ」
素早く魔法詠唱を済ませ、
「≪ウルティメイトデス≫」
魔法効果の黒い霧が発生したと同時に、
「からのー、キャンセルマジック!」
魔法を中断。
効果は反転し、恭介へと降り注ぐ。
(うん、相変わらず吸収って気持ち良いなぁ)
健康状態の回復、身体能力の向上と共に得られる快感に浸る。
「よし、準備完了。いつでもかかっておいで」
「「「素手とは……面白いッ! ゆくぞ!」」」
アンフィスバエナの合図とともに、周囲に居た数多くのミドルドラゴンたちが一斉に襲いかかる。
「きょ、恭介さんッ!」
「恭介ぇッ!」
ガストンとミリアは半狂乱気味に叫んだ。
(……まずは音に集中)
ユニークスキル『臆病者の術』は、自ら集中力を高めようとすれば、更に精度が上がる。
恭介は迫り来るミドルドラゴンらの足音に、聞き耳を立てた。
(次に、脚力に筋力を集中。走るのではなく、大地を蹴り飛ばすイメージ)
究極強化によって増幅された身体能力は、筋力操作も容易に可能にした。
脚力を研ぎ澄ませ、そして大地を強く蹴る。
「「え!?」」
パンッ! と何かが弾けるような小気味良い音を置き去りにして、恭介の身体はミリアたちの目の前から一瞬で消えていた。
(動体視力に集中、敵の動きをミリ単位レベルで観察)
一番近くにいたミドルドラゴンの眼前にまで、恭介はすでに移動していたが、ミドルドラゴンはまだ恭介の存在を認識しきれていない。
(このドラゴンを最も効率よく一撃で仕留めるには、手刀で首を斬り落とすのがベストか)
敵の動きや形を、超強化された動体視力で判断。
(次に腕力に集中。指先までの筋肉を硬化)
そして振りかぶり――。
ストン、と綺麗にミドルドラゴン一体の首が斬り落とされる。
だが、このミドルドラゴンはまだ自分の首が無くなったことにすら気づいておらず、筋肉反応だけが残り、走り続けている。
(うん、思ったよりスムーズに筋力操作はうまく行ったな)
ミドルドラゴンの首を落としたことを理解しているのは、現段階で恭介のみ。
まだここまでに数秒も経過していないのだから。
(さて、同じ要領で、全てのドラゴンの首を落としていこう)
音に集中、敵の行動状況を判断。
動体視力に集中、敵を最も効率良く倒す分析。
脚力に集中、ターゲットまで一気に詰め寄る。
腕力に集中、ターゲットを即座に殺す。
この一連の戦い方を恭介はこの数日で、ルーティーン化することに成功していた。
とは言っても、究極強化を覚えてから複数の敵と戦ったのはこれが初めてだったので、ぶっつけ本番で上手くいったことに、内心安堵している。
そして――。
「……え? え? え?」
「……な、何が起きているんでしょう」
ミリアとガストンが気づいた時には、一番近くにいた数体のミドルドラゴンの首が一瞬のうちに無くなっていた。
それから順を追って、離れているミドルドラゴンの首だけがポトリ、ポトリ、とまるで壊れたオモチャのように落ちていく。
「こ、これ、どうなってるの……?」
「わ、わかりません。わかりませんが……」
「そ、そうよね。間違いなく恭介がやってる、のよね……?」
「おそらく……」
摩訶不思議な状況に理解出来ず、二人はただただ目を丸くする。
そしてそれは二人だけでなく、上空にいる真紅の竜も同じであった。
「なんだあの人族は? 何をしておるのだ!?」
上空から見下ろすアンフィスバエナには、かろうじて残像のように影を残す恭介の姿が見えてはいた。
だが、それだけだ。
残像が一瞬、ミドルドラゴンの前に現れたかと思うと、ミドルドラゴンの首が落とされている。
大量にいたミドルドラゴンたちは、そうして次々にその首が斬り落とされていった。
気づけば、アンフィスバエナが生み出したミドルドラゴンの全てが完全に沈黙。
何十体もの、ドラゴンの死体の山が出来上がっていた。
「……っふぅ! これで全部かな?」
消えたと思ってから一分も経たないうちに、クライヴを治癒するミリアとガストンたちがいたところに、恭介は戻っていた。
「きょ、恭介、な、何をしてたの……?」
ミリアが尋ねる。
「ドラゴンの首を斬り落としてたんだよ。団体戦の肉弾戦は初めてだったけど、割とうまく出来てたでしょ?」
ニコっと笑う恭介に対し、まるで無邪気に遊ぶ子供のような雰囲気すら覚える。
「ど、どんな魔法なんですか!?」
次にガストンも問いかけた。
「魔法……になるのかな? 一応バフっぽい感じだしなぁ。でもやってることはただの物理攻撃だけどね。単なる手刀で、こう、チョンってね」
「……ッ!」
ミリアとガストンには理解がまるで追いつかない。だが、恭介が人智を超える強さを誇っているのだということだけは、かろうじてわかる。
「さて……あとはアレか」
再び上空を見上げる。
「ガストンさん、ミリアさん、クライヴさんを連れてここから離れていてください。きっと大きな戦いになる」
「は、はい。……恭介さん、ありがとうございました」
「……恭介、その……ご、ごめんね。助けてくれてありがとう」
二人は恭介の言葉を素直に受け取り、そして言われた通り瀕死の重症を負っているクライヴを連れて、その場から少しずつ離れていった。
(……あの竜はなんなんだ?)
そう思う恭介と目が合うと、上空からアンフィスバエナも見下ろす。
「あとは我が出るのみか。くくく、これはいよいよ念願叶う日が来たのやもしれぬな……」
アンフィスバエナは思わぬ収穫に、心から期待を膨らませていた。
元々は騒ぎを起こして、ストレイテナーを誘き寄せるだけのはずが、思いもよらぬ大物が釣れたのだから。
かの少年に対峙すべく、アンフィスバエナは地上へと降下する。
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