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三十五話 破滅のアンダースタディ≪代役者≫

 ――アドガルドにあるクラグスルア邸宅にて。


「……逃した、だと!?」


 ミロードは鬼のような剣幕で怒鳴りあげた。


「申し訳ございません、ミロードさま……」


「上っ面の謝罪などいらん! 何故逃した!? マルコー、事実だけ述べろ!」


「……っは」


 マルコーと呼ばれた白衣の眼鏡を掛けた中年、恭介の拷問実験をしていたリーダー格の男は、ミロードに状況の説明をした。


「……奴が即死系の魔法を使うことは知っていただろう!? アークラウスからの報告にあっただろうが!? 何故、禁魔の手枷を外した!?」


「も、申し訳ございません……」


「誰が謝罪をしろと言った!? 何故外したんだと聞いているんだッ!」


「……っ」


 拷問のため、という言い訳をしても、結局拷問の後に手枷を付け忘れたのは、怠慢以外の何ものでもない。


 マルコーは言葉を失った。


「この……グズがッ!」


 ミロードは持っていた錫杖で、マルコーの頭を思い切り叩く。


「しかも私の大事な屋敷を燃やされるわ、商品の奴隷どもを全部逃すわ……貴様らなどに屋敷を預けておくんじゃなかった!! 今すぐここで死ぬか!?」


「そ、それだけはご勘弁を……な、何とか致しますので……」


「だったら、あのガキをさっさと捕まえて来い! 貴様ができる最後の希望はそれだけだと思え! もしそれすらも出来ないなら、貴様には最も辛い死を与えてやる!」


「は、はい。その、あの、ミロードさま……それでなのですが、あの少年、並々ならない強さでして……」


「そんなことはわかっている! 屋敷の警備に置いていたアシャとエリスがやられたんだろう!?」


「は、はい……」


「冒険者ギルドに話はつけておいた。サキエルを同伴させる。貴様も自分が使える戦力と道具は出し惜しみせずにあのガキを捕まえろ! わかったな!?」


「か、かしこまりました……」


 マルコーは頭を何度も下げ、逃げるようにミロードの前から去っていった。


「……くそ! 何故こんなことに……!」




        ●○●○●




 一方、王都へと向かう恭介ら。


『もうここまで来れば、あとは目の前に広がる黄金の麦畑を抜けた先に、アドガルドが見えてくるはずですよ、恭介さま!』


 クラグスルアの屋敷を出て二日ほど。エルモアに案内され、道に迷わずスムーズにアドガルドを目指すことが出来ていた。


「助かったよエルモア。僕はこの世界の地理がさっぱりだからさ」


『はい! お役に立てて良かったです!』


 エルモアは恭介の中で、気分良さそうに返事をする。


「……っと、また魔物か」


 そんなやりとりをしていると、正面の麦畑の中からこちらに向かってくる一匹の大型の魔獣の足音が耳に届く。


 知性はほぼ皆無の、低級モンスターだ。


『すみません、恭介さま……ボクには魔物と戦うことが出来なくて……』


「いや、エルモアのこのユニークスキルのおかげでこうやって魔物の遭遇をいち早く知ることができてる。充分すぎるほど役に立ってるよ」


 エルモアを吸収したことにより、彼女のユニークスキルである『臆病者の術(チキンハート)』という名の、広範囲のさまざまな音を聞き取るスキルを恭介も修得した。


 このため、この二日間、魔物から不意打ちを喰らうようなことは全くなくなったのだ。


 以前誰かが『ユニークスキルは調べてもらわないと普通はわからない』と言っていたが、この『臆病者の術(チキンハート)』は、生まれた時からオートで発動していたので、エルモアもこれが自分だけの特技なんだ、とすぐに理解したのだと言う(臆病者の術(チキンハート)、という名は自分で適当に名付けたらしい)。


「さて、と」


 そしてこの二日間、アドガルドを目指しながら低級魔物を倒してきて、自分の強さをなんとなく推し量れる様にもなってきていた。


(……アルティメットバフは約一時間も効果が継続していた。つまり、即死系魔法を毎回バフに回せば一日最大五時間は、あのぶっこわれた強化性能で戦うことができる)


 アルティメットバフの効果が切れた時の、恭介の総合戦闘能力は、382になっていた。


 以前は378だったので、4ポイントは多分エルモアを吸収した分なのだろう。


 しかしこれは即死魔法を使える前提の戦力だ。


 それを抜くと、恭介の戦力は以前ジェネが言った通り、30にも満たないのだろう。


 なので、こうやって突進してくる敵を生身で受けようとすれば当然。


「……ッ!」


 ドンッと、


「フゴァ!?」


 吹き飛ばされるのだろう、と思ったが、吹き飛んだのは逆に魔獣の方だった。


「あれ? 魔獣がえらい勢いでぶっ飛んでいったぞ……」


『わぁ……凄いです恭介さま! 手も触れずに跳ね返すなんて!』


「う、うん。まぁね! へへ」


 だがそれは計算違い。


 本当なら突進に吹き飛ばされて、どんなダメージを負うのかを知ってから、本日初のアルティメットバフを掛けようと思ったのだが、恭介の予測はただ単に間違えただけである。


 いまいちこの現象が理解できないので、恭介はステータスを確認してみる。


(コマンド、ステータス)



 総合戦闘能力:382


 特効:人間族


 耐性:障壁・炎・束縛・治癒・刺突・噛みつき・爪・雷・毒・熱・斬・風・殴打・水


 吸収:即死系


 弱点:精神波・聖


 特性:治癒による回復無効・○☆◉◇◎▼


 使える魔法:コールドデス・ウルティメイトデス・コラプション・サクション


 使える技法:ディープミスト・コープスパーティ



 ステータスをしばらく睨み込んだのち、


(……あ! もしかして突進って殴打扱いになるのか!?)


 と、考える。


 実際は突進の殴打と角による刺突の両方に耐性が反映し、攻撃を反射しているのだが、恭介にそこまでは気づけない。


(そうなると、これ、ほとんどの物理攻撃はもう受け付けないんじゃないのか……?)


 実際、そうなのだ。


 この二日ほど、恭介は道中の雑魚モンスター相手に遭遇した際、アルティメットバフ状態で駆逐してきたため知る機会がなかったが、もはや今の恭介を物理的に傷つける手段は、ほぼ皆無となりかけていた。

 

(……うーん。そうなると、耐性だけで相手を倒せちゃうかもしれないのか。なんだかそれはそれで自分でやった感がないなぁ)


 恭介が瞳を閉じてステータスとにらめっこしたまま、うーん、と唸っていると。


『恭介さま! 何かの音がまた近づいてきますよ!』


 エルモアの声を聞いて、目を開く。


「あー、さっきの魔獣、まだ生きてたんだ」


 大型の魔獣は今度は突進を途中で止め、口元をしきりに動かしているのが窺えた。


(魔法かな。魔物の言葉だから理解はできないけど)


 恭介がそう思うと同時に、その予想通り、魔獣から魔法が放たれる。


『恭介さま! あぶないですッ!』


 だが、恭介は不敵に笑った。


「いや、むしろちょうどいいよ。さぁ、どうなる!?」


 恭介に放たれた魔法は、ウォータースプラッシュという水圧の高い水魔法。


 だが今の自分には水耐性があることも理解していたので、これを受けるとどうなるか興味が沸いたのだ。


 すると。


「ぉおー! なんか面白いぞっ!」


 高圧で打ち出された水魔法は、恭介の身体に当たる寸前でまるで裂けるように四方八方へ弾かれていく。


「はは、なんかちっさい虹出てるわ」


『うわあ……すごいです! 恭介さまは本当に無敵ですね! カッコいい!』


「ふふふ、まあね」


 エルモアの賛美の言葉に、まんざらでもなく笑った。


 とりあえず今の自分は、耐性によってかなりの鉄壁を誇っていることがわかった。


「よし、さっさとアレ倒してアドガルドへ向かおう」


 


        ●○●○●




「……ねぇガストン」


「はい、なんですかミリアさん?」


「もしも、なんだけどさ……いや、ないとは思うんだけど、万が一よ? 本当にないとは思うんだけど」


「はいはい。なんですか歯切れが悪いですね?」


「万が一だけど、さ、私たちってあの、奴隷のガキに恨まれてたりって……してない?」


「さぁ。恨まれてるかもしれないし、忘れてるかもしれないし。どうしたんですか? 突然」


「いや、だってさ。あのガキを今クラグスルア卿が色々実験してんでしょ? そんで死なないんじゃ、いつか私たちに出会ったら報復とかしてくるんじゃないかなー……って」


「クラグスルア卿の屋敷から逃げ出せるとは思いませんが、万が一鉢合わせたら、そりゃ、恨みつらみのひとつふたつくらいは言ってくるんじゃないですか?」


「そ、それだけならいいけどさー……」


「何か気になります?」


「いや、よくわかんないんだけど、なんか引っかかんのよね。私って元々予言師系の家系だから、なんつーか、そういう予感ってか、未来ってかさ……」


「あの少年が私たちに報復に来ると?」


「うん。いや、ないとは思うんだけど、なんか最近妙に夢に出るんだよね……」


「ミリアさんって確かに奇妙な夢占いとか得意ですもんね。まぁミリアさんが言うんじゃ、気には留めておきます」


「……うーん」


 ミリアは難しい顔をしながら、ガストンと買い物をしていた。


 クライヴに頼まれて、数日分の食料の買い出しに来ていたのだが、ここ最近妙に毎晩夢にうなされるのでどうしてもガストンにだけは話しておきたかったのだ。


 クライヴにこんな話をすれば、「ばかじゃねーか」と一蹴されるだけなのであえてしなかった。


「……おや、アレはなんでしょう?」


 ガストンが遠目で何かを発見する。


「とり……?」


 ミリアもそれを凝視した。


「……にしては大きい。しかもこの王都に向かってきています」


「え、魔物!?」


「……」


 それから間もなくして、その大きな物体は、王都の中心部付近の上空で停止し、


「マズイ……マズイですよ、ミリアさん!」


 そして、王都中心部、最も人が集まっているところに向けて、口から大きな火球を何十発も吐き出した。


 どォオオオオオオン、


 どォオオオオオオン、


 と、まるで花火が打ち上げられるような爆音が鳴り響く。


「大変! あの辺はクライヴたちのいるアークラウスさんの館付近よ!」


「クライヴさんが心配です! 行きましょう!」


 ミリアとガストンは、買い物袋をそこらに放置して、謎の魔物からの襲撃場所へと向かって行った――。






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