三十三話 『ワイトディザスター』
「……さて、残りの奴らはどこに行ったかな」
恭介はコムルを始末したのち、この屋敷から出る前にここで知れることは知っておきたいと考え、屋敷内を調査していた。
しかし中々残りの拷問人らを見つけることができずにいた。
「金持ちの住む家は意味がわからない造りをしてるよなあ」
ぼやきつつ、さまざまな部屋を捜索するも、ここの主であるクラグスルアは愚か、その他の人間は今のところコムル以外ただのひとりも発見できない。
そうしてしばらく屋敷内を彷徨いていると、妙に厳重そうな重々しい鉄の扉を発見する。
「……なんだろ。ここはなんか胸騒ぎがする」
気になった恭介はその扉の取手に手をかけるが、当然開かない。
「ま、そうだよね。でも今の僕に開けない扉はない」
そう言いつつ、ノブに掛けていている手に力を込めて、
「てい」
ガチャ、ではなく、ガギン。
と言う、解錠された音ではなく破壊音が鳴って、見事扉は開いた。
「ははは、オモチャのドアみたいに簡単に壊れちゃった。それにしてもアルティメットバフはいつまで効果あるのかな」
恭介はウルティメイトデスからのキャンセルマジックによる反転効果を吸収し、自身への強化と換えるこの一連を究極強化と名付けた。
「……地下、ね」
重々しい扉の先はすぐに石の階段となっており、地下へと続いている。
「……なんだか懐かしい雰囲気がする」
階段を降りながら、奇妙な既視感に襲われる。
転生する前の身体の持ち主の記憶なのだろうか。
「……やっぱり、か」
案の定、地下にはたくさんの牢獄があった。
そして牢の中には、数えきれないほどの奴隷たちや死体がいる。
「タスケテ……」
「コロして……」
「イタイ……イタイ……」
さまざまな悲痛の声があちこちから響く。
奴隷たちは、恭介が現れたことに気づいているが、誰一人目を合わせようとしない。
(僕にはその理由がわかる。目が合うと連れて行かれるからだ)
恭介の頭の中に、自分のものではない記憶が蘇る。
ここの奴隷たちは拷問や実験に連れて行かれるのを恐れている。ここに訪れた人間と目が合うと、それだけでその日の実験道具として選出されてしまうからだ。
(この記憶の断片は、僕の前のモノだ……)
それ以上のことは思い出せない。
だが、それだけで充分に恐ろしい記憶の欠片だった。
そしてこんなのは間違っている、と憤り、全ての牢の扉をこじ開けることにした。
「……僕は敵じゃない。だからお前たちを解放してやる。だが、その先の面倒までは見れない。僕には僕のやるべきことがあるからな」
奴隷たちは怯えつつ、不思議そうな眼差しで恭介を見上げた。
「お前たちもただ家畜やモルモットのように弄ばれるだけじゃなく、抗え! この世界は間違っていると、声をあげろ! さぁ、行けッ!」
奴隷たちはワッと声を上げて、牢から逃げ出す。
「あ、ありがとうございます。あの、あなたのお名前は……?」
奴隷の一人で青い髪の青年が、不意に立ち止まってそう尋ねてきた。
「ああ、僕はきょ……」
名前を言いかけて恭介は少し考えた。これはひとつのきっかけになるかもしれない、と。
「……僕はワイトディザスター。この世界を変える者だ」
「ワイトディザスターさま、ですか。そのお名前、しかと心に刻んでおきます。私の名前はアシュレイと言います。助けてもらって本当にありがとうございました」
青い髪のアシュレイと名乗った奴隷は深々とお辞儀をして、その場を去って行った。
多くの奴隷たちも、恭介とアシュレイのやりとりを見て、「ワイトディザスターさま、ありがとうございました」と声を大にして牢から逃げ出していく。
(ワイトディザスターの名を広めれば、行方の知れなくなったジェネたちを探す足掛かりになるかもしれないからな)
そんな思惑を抱えつつ、周囲を見回す。
ほとんどの生きていた奴隷たちは逃げ切ったようだったが、一番奥の牢獄に居た一人の奴隷は、その場から動こうとせず俯いていた。
「どうした? なんでキミは逃げない?」
「……え?」
奴隷の少女は逆に不思議そうな目で恭介を見上げた。
パッと見は恭介より少し若いくらいだろうか。十代前半くらいの線の細い黒髪の少女。
(いや違う。この娘は……)
「ボクに言ってるんですか……?」
(やはり、アンデッドか)
「……そうみたいだ」
「ボク、ここ最近はずっと誰からも無視され続けてて……嬉しい……」
(まさかコイツ、自分がアンデッドになっていることに気づいていない、のか?)
「……キミはいつからここに?」
「ここに囚われたのはもうずっと昔からです。昔は皆で励まし合って頑張ろうって声を掛け合ったりしていたのに、最近は誰もボクの声を聞いてくれなくて……」
(知らぬ間にアンデッド化した、ってことか)
「……キミはここで拷問を受けていたんだろう?」
「はい。たくさん酷いことをされました。色んな実験も……」
「そうか……名は?」
「エルモア……」
「エルモア、か。隠しておいても無駄だからはっきり言うが、エルモア、キミはもう死んでる」
「え? ボ、ボクが?」
「そうだ。死んでも死にきれない魂がそうやってエルモアをアンデッド化させてる」
以前ジェネが言っていたが、故意に作られたものではなく、自然にアンデッド化するのは稀で、ある意味選ばれた者しかなれないそうだ。
「そん……な……ボクがもう……死んでる、なんて……ぅ……う……」
「泣くな!」
恭介は声を荒げる。
「この世界は泣いても誰も何もしてくれやしない! 泣くくらいなら、そのアンデッド化した身体を使って復讐のひとつでも考えろッ!」
恭介のこの激励には意味があった。
死んだことに気づかず、まだアンデッドになりたての場合、死を知らせたアンデッドは、その衝撃的事実で浄化してしまうか悪霊化してしまう場合があるそうだ。
しかし恭介はそれを良しとしなかった。
「ふく、しゅう?」
「そうだ! 僕もお前以上に散々な目にあった。何度も殺された! 何度も何度もこの世界で辛酸舐めさせられた! だが、嘆いていても、何も変わらない。何も生まれない! だったらその時間を有効に使えッ」
「……復讐」
「そうだ! お前をこんな目に合わせたやつに、この世界に一矢報いろ! ただ弱者で終わるようなつまらない人生を受け入れるな!」
「復讐……ボクが……」
「そうだ。今のお前ならできる。いや、むしろ今のお前だからできることが必ずある! もしわずかにでも戦う心が、意思があるのならエルモア、僕と来いッ!」
アンデッドの少女エルモアは少し考え込んで、
「復讐……したい。ボクも、世界を変えたい」
少女の目に、生気の炎が灯る。
身体の可視化レベルが上昇しているのがわかる。
アンデッドの可視化レベルは、アンデッドの意思で自由に変化できる。しかしこの少女はアンデッドになり始めたばかりで、可視化コントロールが全くできていない。
周りの者が誰もエルモアに気づかなかったのは、可視化レベルが低すぎたからだろう。
恭介の場合のみ、どうやらそういう類いのモノがハッキリと見えるようだが。
「その想い、僕が汲み取ってやる」
恭介は手を差し伸べ、
「あの……あなたさまは……?」
「僕の名はワイトディザスター。この世界を真に変える者だ」
●○●○●
メラメラと業火の炎で燃え盛る屋敷の前に佇み、恭介は赤い月を眺めていた。
牢を脱出してからおよそ半日。夕闇が迫り始めた頃、ようやくここを去ることに目処が付く。
「……不思議な気分だ」
その瞳に燃え盛る炎を映しながら、恭介は呟く。
心の奥底は冷え切っているのに、身体は燃え盛るように熱い。
今は目的のためならば、なんでもできるとさえ思った。
屋敷の廊下でコムルから聞き出した情報の他、わかったことがいくつかある。
その中で、ヴァナルガンドの行方だけは知ることができた。
地下牢から奴隷たちを解放しアンデッドのエルモアを連れ出したあと、拷問人の一人であるショートボブの女だけはなんとか見つけ出し、捕まえて尋問した際に、ヴァナルガンドについて教えてもらった。
「確か、アークラウスの館って言ってたっけ」
クラグスルア卿のお抱え呪術師であり、ダグラス大商会を取り仕切る男、アークラウスとやらがガンドを生かしたまま捉えているらしい。
ジェネとラージャについては、連れて行ったのが関係性のないただの冒険者だったので、やはり知ることは出来なかった。
他の拷問人らは皆逃げてしまい、手掛かりはそれ以上手に入らなかったので報復がてら屋敷を焼き払い、次なる目標に向けて動き出すことにした。
恭介はこの屋敷で、二人の拷問人の息の根は止めた。残り三人の拷問人や、自分の仲間たちを連れ去った者ら、元凶、その全てに必ずいつか復讐することを誓う。
まずはここから近い、アドガルドにあるアークラウスの館を徒歩で目指すことにする。
『……ワイトディザスターさま』
エルモアが脳内で囁く。
「普段は恭介、で良い。どうした?」
『はい、恭介さま。えっと、ボクってこのまま恭介さまの中にいてよろしいんですか?』
恭介はエルモアをジェネの時と同様に、体内へ取り込んだ。
「ああ。その方が何かと好都合だし、僕の中にいればエルモアの核が僕に残るから、お前はずっと僕といられる。具現化して外に出たい場合は、僕がいつでも出してやるからな」
『恭介さま……うう、ありがとうございます……』
涙声でそう言うエルモアの声を聞き、まるでジェネと会話しているような既視感を覚えた。
早くジェネたちも救いに行かなければ、と強く思う。
恭介は燃え崩れるクラグスルアの別荘を背にし、奪われたモノを取り返すため、そして新たなる目的のために恭介の、ワイトディザスターになるための旅が始まる――。
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