三十話 始まりの余韻
エントランスホールから落とされたが、無事着地に成功。
恭介の身体は傷一つ負うことはなかった。
「わざわざ槍が大量に仕掛けてあるなんて、逆に助かっちゃったな」
底に仕掛けられていた無数の鉄製の槍は、落下したものを確実に殺すための罠だったのだろうが、刺突に対する完全耐性を持つ恭介にすれば、これはクッション以外の何物でもなかった。
「さて……」
再び辺りを見回し、そして上を見上げる。
かなりの高さだ。優に十メートル以上はありそうだ。
「エリスって言う女は……上に逃げたか」
周囲は大量の血の痕跡と骸だらけだ。さぞ多くの犠牲者がここで生まれたのだろう。
周りを見回すと一つだけ扉がある。が、当然の如く、そこは開かない。
そんなことをしていると突如、上から声が響く。
「あなたの相手はソイツよ!」
エリスが上から叫んだ。
その指差す方を見る。
すると、骸の山から何かが動き出した。
「ソイツは知性なんてない暴食の魔物、キングオーガ! ソイツに生きたまま食われるといいわ!」
大量の骸を崩し、キングオーガがその姿を表す。
体躯は恭介の優に五倍近くはある、大きな牙が特徴的な魔物だ。
「……でかいな」
「……メシ……ひさかた……ぶりの……」
キングオーガはその大きな足でゆっくりと恭介の方に歩み寄る。
よく見ると、その手には骨を持っている。
ここに廃棄された奴隷たちは、コイツのエサだったわけだ。
(奴らは僕を殺しても再生するのは知ってる。喰われても再生するかの実験も兼ねているんだろうな……)
すでに数回の拷問の時、恭介の切り取られた指の一部などを完全に潰してみたり、燃やしたりなどしたのち、恭介の身体が再生するのを彼らは見ている。
(まぁいい。僕も僕で色々試させてもらうさ)
思いつつ、
「お前も捕らえられてここにいるのか?」
キングオーガに臆することなく、尋ねた。
「メシ……メシ……」
だが、よほど空腹なのか、キングオーガはそれしか答えない。
「……かわいそうに」
恭介は心の底からこのキングオーガを憐れんだ。
こんな世界に生まれて、食欲は満たされず、ここで閉ざされた人生を過ごすだけの彼のことを。
「お前には慈悲をやる」
恭介の言葉と同時に、
「メ、メシィィイイイイイ……ッッ!」
キングオーガは叫びつつ、恭介のもとへともの凄い勢いで走り寄ってくる。
「巡る死は神への豊潤なる供物、あまたの輪廻をここにて閉ざす」
恭介は素早く詠唱をすませ、
「≪コールドデス!≫」
単体即死魔法を右手より射出。
「ィイイイイ……?」
一瞬でキングオーガの身体をコールドデスの魔法粒子が貫き、ズウゥン、とその場で倒れ込んだ。
ウルティメイトデスは広範囲なだけあって、単体を狙う速度はいまいちである。
比べてコールドデスのその魔法粒子の射出速度は恐ろしく速い。近距離で回避するのは困難なレベルだ。
対個人戦であるなら使用制限を度外視すれば単体魔法において、コールドデスのトータルコストパフォーマンスは最上だ。
そしてなによりも。
「辛かったな。コールドデスは与えられる死の中でも、最も安らかで美しい。痛みもほとんどない」
だからこそ、慈悲なのだ。
倒れて瞳を閉じたキングオーガを見て、涙が出そうになった。
それは彼のこの生き地獄が終わったことを、心から喜んだからだ。そして、
「……転生するなら、平和な世界へ行けよ」
そう願った。
●○●○●
「な、なんなの……あの化け物は……!?」
恭介がキングオーガを瞬殺するところをエントランスホールにできた穴から覗いていたエリスは、その圧倒的な強さに驚愕していた。
「あんな超級の魔法、普通の人間に扱えるなんておかしいわよ……あんなの、専用のアンチマジックでもなければ誰も勝てるわけないわ!」
そんな風に恭介のことを恐れ慄いていると、
「……安心していい。即死系魔法は稀有なだけあって、使用回数が一日に五回までという制限がある」
根暗そうな拷問人がエリスにそう教える。
「それにしたってあと少なくとも四回は使ってくるってことでしょ!?」
「いや、奴は牢から出る時、ひとりの兵士にもアレを使っている……。兵士の死体が綺麗な死に方だったから、間違いないだろう……」
「にしたって、あと三回はあるじゃない! どうすればいいのよ!?」
「……あと三回使わせればいい。コールアイテム」
根暗な拷問人は懐から何かを取り出し、
「オープン≪マンティコア≫」
そう言いながら、エントランスホールにできた穴から、地下にいる恭介に向かってボール状のものを三つ投げ入れた。
「ボクが作ったキメラだ……。存分に戦え……」
恭介の元へと落下するボール状のそれは、徐々に大きな魔物へと変化していく。
「お前は腕の出血が酷い……引けエリス……」
「そうさせてもらうわコムル。……奴隷め、腕一本の仮は必ず返す」
そう言うと、エリスは忌々しげに恭介を睨みつけながら、屋敷の奥へと消えていった。
「さて、どうする奴隷……?」
エリスにコムル、と呼ばれた根暗そうな拷問人は、恭介の戦いざまを、まさしく高みの見物とする――。
●○●○●
一方、アドガルドを除く周辺大国であるサンスルード、ミッドグランド、ノースフォリアでは大きな動きが見られていた。
アドガルド王国への侵攻開始の準備だ。
砂漠の中での唯一のオアシスであるサンスルードは、近年稀に見るほどの水不足。
日が当たらない都市ミッドグランドでは、自国での総生産が悪化したことによる食糧難。
雪の降り続ける国ノースフォリアでは、近場のとある強大な勢力の魔族との争いが発展していったため、軍事力不足などに苛まされている。
と、各国それぞれに大きな問題があるのだが、アドガルドだけはその中でも特別平和だった。
その原因のほとんどはアドガルドの強欲なる王女、ミネルヴァにあることを多くの者は知っていた。
アドガルド王は過度の親バカであり、娘を第一に甘やかし、育てた。
その結果が他国の資源問題などにまで発展し、結果さまざまな軋轢を生んでしまっていることを王は理解していない。
これにより、アドガルドを攻め落とそうという三国の意思が合致。
その奇をてらっていた。
その中で、戦争になる前準備の段階で最も早く動き出したのは、東の大国サンスルードだった。
「……許せない」
一人の少女が断崖絶壁の崖の上で、アドガルド王都を見つめて呟く。
「弱者を虐げる諸悪の根源たる国、アドガルド……」
少女の名はストレイテナー。
サンスルード王国に属する一人の冒険者で、極めて稀有なユニークスキルを持ちながら、その剣技、技法のどれにおいても優れた使い手であり、サンスルードでは彼女を人間兵器とまで言わしめる逸材。
そんな彼女を、調査のために何度もアドガルドに送り出しているのは他でもない。サンスルード王直々の勅命だ。
「私が必ず平等な世界の足掛けになる……」
サンスルード王国では、そんな彼女のことを知らない者はいない。
彼女の持つ正義の心、悪を憎むその愚直さから多くの民に慕われていた。
また特異なユニークスキルである『エクスカリヴァー』のその美しさ、強力さは類を見ない。
強く、凛々しく、清く、正しい。そんな彼女のことを讃えて、人々はこう呼んだ。
「聖剣の勇者であるこの私、ストレイテナーが必ず……ッ!」
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