二話 『無敵戦士』
「……ぉぃ……ぉぃ」
深い眠りで夢見心地の中、小さな声が届く。
「おい! お前、まさか生きているのか!?」
その声をハッキリと聞き取ると同時に、恭介はゆっくりとまぶたを開いた。
「こ、ここ、は……?」
「うぉ、マジで生きてやがる。おーい! ミリア、来てくれぇ!」
恭介は自分の身に何が起きたのか、まるで理解できていない。
今わかるのは、たくさんの屍と骸の上で眠っていたというこの事実だけ。
そんな恭介の存在に驚き、一人の男が仲間と思われるメンバーをこの場に呼び寄せる。
「何よクライヴ。お宝でも見つかったの?」
「いや、それよりも良い物だ」
「……驚いた。これ、クラグスルア卿が囲ってる奴隷じゃない?」
少し張りのある綺麗な声の女は物珍しそうな表情をする。
「ああ。大方、何かミスでもしでかしてここに捨てられたんだろう。おい、お前、名前はなんて言うんだ?」
クライヴ、と呼ばれた、腰に天使の彫刻が施された片手剣を携え、白銀の煌びやかな鎧を着た男が、恭介に向かって手を差し伸べつつ、そう問いかける。
「ぼ、僕は恭介……キ、キミ、は?」
寝起きのせいなのか、うまく声を発せられていない。
「キョースケ? 変わった名前だな。俺はクライヴ」
「クラ……イヴ……?」
「まさか、クラグスルア卿の奴隷が俺のことを知らないのか? アドガルドの豪剣士クライヴって言やぁかなり有名なんだがな」
そうは言われても、恭介がこの世界に来たのはまだつい先ほどだ。
せいぜい他にわかっているのは、ドラゴンみたいな生き物がいて、奇妙なしゃべるガイコツがいて、ユニークスキルというものが存在する、くらいの知識しかない。
そんな風に考えた時、ふとそのしゃべるガイコツのダスクリーパーのことを思い出した。あの謎の生き物は自分のことを最高神、だとか言ってたけど一体なんだったのだろうか。
「おい、お前。恭介とか言ったな。お前、腹減ってないか? 美味いもんでも食わせてやろうか?」
クライヴは恭介にとって、この上ない申し出をしてくれた。
なぜなら恭介はこの世界で目覚めてからずっと、空腹に苛まされていたからだ。
「は、はい……お願い……します」
「そうかそうか。じゃあ俺たちについて来い」
にやぁっと不敵な笑みを浮かべたクライヴは、恭介の腕を掴んでやや強引に担ぎあげた。
「いーい所に連れて行ってやるからなぁ」
――これが豪剣士、クライヴらとの出会いだった。
●○●○●
アドガルド王国の近隣には、不可侵の森と呼ばれているどんな種族も立ち入りが禁止されている地域がある。
言い伝えでは、その森の奥にはこの世界を混沌に落とすであろう神々の魂が封じられているからなのだそうだ。
また、それだけではなく、不可侵の森には並みの冒険者ではまるで歯が立たない魔物も数多く生息していることもあり、立ち入りを硬く禁じられている。
森の入り口には王立魔法師団が生成した、強力な魔除けの結界が働いている為、この王都アドガルドにまで危険な魔物による被害は及んでいないのだという。
「だがな、最近何故かその森の結界の外側にも結構危険な魔物が増えてるって話が出てるんだ」
青い色のリキュールをグイっと飲みながら、クライヴが言った。
ここはアドガルドの大衆居酒屋。
恭介はというと、自分の為に用意された肉入りシチューを食べながら、クライヴの話を黙々と聞いていた。
「俺たちは、『エンジェリックレイザー』って名の、ここらじゃそこそこ名前の売れたパーティで、王立冒険者ギルド内でも上位ランカーだ。シルバーグレードの三つ星なんだぜ」
そう言いながらクライヴは、胸のネックレスを見せつける。ペンダント部にメダルの装飾が施されており、そのメダルは銀色で星のマークが三つ刻まれている。
「俺たちはこの国の平和を守るために、不可侵の森周辺の調査をギルドに提案したのさ。俺らクラスになるとクエスト内容もそれなりにギルド側に提唱できるんだよ。で、安全確保の調査ってことでギルド側もクエスト認定してくれたわけだ。ただ、まぁそれなりに危険な調査になりそうだから人手を探していたってわけだ」
「そ、それはわかりました。それで、なんで僕なんかを拾ってくれたんですか?」
「あなたが類いまれなる、とても優れたスキルを保有しているからよ」
クライヴと恭介の会話に割って入ったのは、『エンジェリックレイザー』のパーティメンバーが一人、ミリアという女性だ。
ショートカットで淡いピンクの綺麗な髪に、可愛らしい小さな天使の装飾が施されたサークレットを頭に被り、全身は露出の高い派手な水着のような服装をしている、一見売春婦かと思わせるような恰好の彼女だが、これでも二級魔法師らしい。(二級という階級が凄いのかなんなのかは恭介にはよくわからなかった)
「あなた、自分のスキルをまだよく知らないわよね?」
ミリアはスクエア状のテーブルの上で手を組みながら、色っぽくそう尋ねて来た。
「えっと……まぁ、はい」
恭介が覚えているのは、自分のユニークスキルが『獲得経験値アップ』ということだけだ。それを教えてくれたのはダスクリーパーというしゃべるガイコツ。
自分のユニークスキルがうんこみたいなものらしい、というのは覚えている。更にそのあとにも何かがあったような気がするのだが、よく思い出せない。
「私はスキル鑑定士の準二級の資格も持っているの。それであなたのことを鑑定した結果、凄いことがわかったのよ」
「凄いこと、ですか……?」
「そう、あなたのスキルはとても凄いわ! その名も無敵戦士!」
「む、無敵戦士!?」
「そうさ。俺も最初、お前を見つけた時は信じられなかったが、お前の内なるオーラを感じとったのよ。だからこうして拾いあげたってわけさ。そんで、ミリアに調べてもらったら、なんとこの俺、クライヴ様のスキルを遥かに上回るユニークスキルを持つ人間だっていうから驚きだぜ」
無敵戦士、という名前のユニークスキルがあること自体、恭介にとってはよくわからないことではあったが、なんだか名前の響きだけは凄い。
「無敵戦士は数百年に一度しか現れないと言われる超超超レアユニークスキルなのよ。恭介、あなたはまさに、世界に名を馳せるほどの実力者になりえるかもしれない才能の持ち主ってわけなの」
自分がまさかそんな大層なスキルの持ち主だなんて夢にも思わなかった。
と、一瞬顔をほころばせる恭介だったが、すぐにダスクリーパーの言葉を思い出す。
「……あの、ちょっといいですか? 獲得経験値アップっていうユニークスキルもあるんですよね?」
恭介は確認の為に、クライヴとミリアに尋ねてみた。
「あるわね。まぁ凡夫によく見られるスキルよ。実際どのくらい経験値が多くもらえているかもよくわからないし、かといって成長が人より著しく早いわけでもないしね。いわゆる『死にスキル』ってやつよ」
ダスクリーパーの言う通り、本当にこのスキルはうんこだった、というわけだ。
「あの……僕、それがユニークスキルらしいんですけど……」
「「ッえ!?」」
恭介の言葉に、クライヴとミリアが同時に声を上げた。
「い、いやいや。お前は間違いなく無敵戦士だ。無敵戦士で間違いないんだよ。だいたいお前、ユニークスキルを調べてもらったことなんかないだろ? 普通、ユニークスキルを調べてもらうのは一般市民以上の階級だけのはずだし……」
少し慌てながら、クライヴが早口で捲し立ててくる。
「うーん、よくわからないんですが、なんかダスクリーパー? とかいうしゃべるガイコツにそう教えてもらったんですけど」
恭介がそう言うと、クライヴとミリアは互いに顔を見合わせ、そして笑い合った。
「ぶ、ははははッ! ダスクリーパー? そりゃ伝説の六頭神の名前じゃねぇか! そんなのに出会えるわけがないだろ」
「うふふ! そうよ、恭介? ダスクリーパーなんていうのは伝説の生き物よ。そんなもの、身近に存在するわけがないじゃない」
「ははぁ、わかったぞ。お前、あの死体山で死にかけた時に、微精霊の幻惑魔法か何かで夢でも見ていたんじゃないのか? 確かにあれだけの死体の山だ。生死を司る精霊たちが、生死を統率すると言われるダスクリーパーの夢を見させる可能性もなくはないよな。そもそもしゃべるガイコツなんて、そんなのただの低級アンデッドモンスターじゃないか」
夢、なのだろうか。
しかし夢や幻覚にしては妙にリアルな感覚だった。だが、今の恭介にあれが夢か現実かを見定める術は何一つない。
「そう、なんですか、ねぇ?」
「そうに決まってるだろ。アホかてめぇは。てめぇみたいなクソ雑魚にダスクリーパーなんていう超伝説級の神に出会えてたまるか」
「そうよ。あなたみたいな奴隷風情が安易に出会えるほど、神クラスの精霊は安くないわ。というか、普通の人間族にはそもそも認知なんて出来ないもの」
「認知、できない?」
「あなた、本当に無知そうだから教えてあげるけど、精霊や神素を持つ種族は基本的に私達人族には認知することはできないわ。触ることはもちろん、声を聞いたりすることもまず不可能よ。彼らに接触する方法は、自身を神素化するか、もしくは死ぬかしかないわね」
「は、はぁ……」
そうなると、あのダスクリーパーというしゃべるガイコツは、やはり夢だったのだろうか。
「もちろん自身を神素化する方法はいくつかあるけど、奴隷風情がそんなことできるわけがないわ。だから奴隷なんて『獲得経験値アップ』みたいな低級ユニークスキルがお似合いでしょうけど」
「おい!」
クライヴがミリアに向かって声を荒げた。
「あ! で、でもあなたは無敵戦士よ! 他の奴隷たちの話だから気にしないでね!」
「そ、そうだぜ! 無敵戦士は、この俺のユニークスキル『豪剣士』の何倍も格上のスキルなんだからな!」
そもそも無敵戦士というユニークスキル自体が謎すぎる、と思った恭介はそのことを尋ねようとした。
が、その時。
「た、大変だーッ!!」
ドカっ! と勢いよく居酒屋の扉が開かれ、一人の衛兵のような格好をした男が入り込み、店内で慌てふためく。
「だ、誰かこの中で高ランク冒険者か、その知り合いはいないか!? ジェネラルリッチが出やがったんだ!」
店内の客がざわめく。
客の何人かは顔を青ざめて、ひそひそと話し始めた。
その会話の内容が薄らと恭介の耳にも届く。
どうやらジェネラルリッチというのは、アンデッド系モンスターの中でもかなりの上位クラスらしく、並の戦士ではまるで歯が立たないらしい。
「た、頼む! 誰でもいい! 俺の仲間が一人、逃げ遅れてヤツに連れ去られちまったんだ!」
この衛兵がなぜ酒場に駆け込んできたのかは、恭介でも理解できた。
今はこの世界での深夜。つまり王立冒険者ギルドは営業時間外だからだ。
「あ、あの。クライヴさん、なんかあの人困ってますけど助けないんですか?」
「ああ? 馬鹿言うなよ。なんで俺があんな見ず知らずの衛兵を助けなくちゃならねぇんだ? 大金を払う前提ならまだしも、慈善事業だけは俺はやらねぇんだよ」
「で、でも、クライヴさんたちって、この国ですごく強いんですよね? 三つ星冒険者だとか……」
「アホ、聞いてなかったのか? ただ働きはしねぇんだよ。それにな、レイス程度のアンデッドなら俺らでも何十体来ようが敵じゃないが、ジェネラルリッチなんて超級の化け物となると、俺でも倒せねぇよ。聖剣の勇者とか、そんなレアなスキル持ってる奴でしか相手できねぇっつの」
「そうよ恭介。あなたは知らないかもしれないけど、ジェネラルリッチは伝説級のアンデッドなのよ。この世界で六頭獣と呼ばれてるすっごいヤバい奴の一匹なんだから」
多分、それは間違いないのだろう。
助けを求める彼の声に、誰一人手を差し伸べようとする者が現れないのが、そのモンスターの脅威さを物語っている。
「頼む……誰か……誰でもいい……。俺の……大切な、仲間が……妹が……ヤツに喰われちまう……」
誰からも助けの声があがらず、衛兵らしき男は土下座するように泣き崩れる。
(妹さん……なのか……)
恭介はそんな彼をなんとかしてあげたい、という気持ちに駆られるが自分にはどうしようもできない、と思った。のだが、先のミリアの言葉を思い出す。
「……ミリアさん。僕の無敵戦士ってユニークスキルはどんな効果なんですか?」
名前的に凄く強そうだし、クライヴ曰く、彼の『豪剣士』より遥かに格上のスキルだと言っていた。
「え? あ、ああ! えーと……そう! 無敵! 無敵なのよ! どんな物理攻撃も魔法要素も何も効かないの! 史上最強の戦士よ!」
そんなチートまがいなスキルをこの僕が持っているのだろうか。
しかしそれが本当なら、彼を助けられるのは僕しかいないかもしれない。
そんな風に考え、恭介は崩れ落ちている衛兵の元へと歩み寄った。
「あの、僕に教えてもらえますか? その魔物の居場所」