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二百三十九話 アンフィスバエナの想起① 誇り高きその血統

 夢幻大戦が勃発されるより更に遥か昔の事。


 まだオルクラ各地に大小様々なドラゴン種が数多く棲息していた時代。


 今では多くのドラゴン族がニンゲンによって討滅され続け、その数を大きく減らしてしまっているが、夢幻大戦より遥か以前は、空を見上げれば鳥と同じくらいにドラゴンがあちこちで飛行していた。


 そんな頃にアンフィスバエナはこの世に生を受けた。


 アンフィスバエナの父は実に優れた魔力と体躯、その両方を併せ持つ、ドラゴンの中でもエリートに区分けされる存在であった。


「ああ、よくぞ無事にお戻りになられたました、ウロボロスさま」


 真紅の鱗をした小型の雌竜がこうべを垂れる。


「うむ」


 凛とした面持ちで一言だけそう発したウロボロス、と呼ばれた、これまた真紅の鱗を持つドラゴンこそアンフィスバエナの父であった。


 ウロボロスは大量の動物の白毛で敷き詰められたベッドに腰を下ろす。


「……ディアンナ。我らが子はどうした?」


「バエナならあなたさまを見習って、修行に赴きました」


「うむ、そうか」


 ディアンナ、と呼ばれた雌竜はアンフィスバエナの母である。


 その二匹のドラゴンが生活を営んでいるこの場所は、現在のアドガルドとサンスルードの間にそびえるガルド山脈の一画。ここはドラゴン族が数多く棲む里で、その名をドラグニールと言った。


「戻ったかウロボロス」


「っは。このウロボロス、ただいま帰還致しました我が主人(あるじ)ミドガルズオルムさま」


「此度の戦もさすがの圧勝と聞き及んでおる。ご苦労であったな」


 ズシン、ズシン、と大地を揺らしながらそう言って近づいてきた黄金の鱗を輝かせるドラゴンはここの里の長、エンシェントドラゴンロードのミドガルズオルムである。


 ウロボロスもドラゴン族の中では非常に巨躯であったが、その更に何倍もの大きな身体を持つミドガルズオルムは、千年を生きる最古のドラゴンと言われ、この里の長老であり、最強のドラゴンと言われていた。


「時にウロボロスよ、バエナは将来有望そうだな?」


「全てオルムさまの計らいのおかげにございます」


「ワシは何もしとらん。お主らの教育の賜物であろう」


「そんな事はございません。バエナがこうして立派に育っているのも、全てはオルムさまのその絶大な力にて、この里を守り抜いてくださっているおかげにございます。バエナの奴めも将来は必ずオルムさまの忠臣となり、その身を粉にして働きたいと日々申し上げております。このドラグニールの里は我らドラゴン族の誇るべき理想郷にございます」


「理想郷、か……」


 ウロボロスのその言葉にミドガルズオルムが少しだけ表情に陰りを見せる。


「……? オルムさま?」


「……時にウロボロスよ、お主は人族をどう思う?」


「我らは誇り高きドラゴン族。そんな我が同胞を卑劣かつ醜悪な方法で殺戮を画策するニンゲンどもは、忌むべき愚か者どもと考えております。この里にも幾度となく性懲りも無く戦を仕掛けてくるアドガルドやサンスルードの虫どもには、一片の慈悲も無く喰らい殺してやりたいと考えます」


 ウロボロスは正直に思った事を述べた。


 というよりドラゴン族のそのほとんどはこのウロボロスと同じ考え方である。


 ドラゴン族の強靭な肉体や強力な魔力を孕んだその鱗は、人族の鍛治職の手により非常に強力な魔武具となる。ゆえに、ドラゴン族を狙う人族は後を絶たなかった。


 しかしドラゴン族はその体躯通り、どの個体も非常に高い戦闘能力を誇る。この為、人族は正面からドラゴン族に挑むのではなく、様々な策を講じるのである。


 その方法が実に卑怯卑劣な手段ばかりを用いるものだから、ドラゴン族の多くは人族を見下し、蔑み、そして嫌悪していた。


「ふむ。ならば人族は滅ぶべきと考えるか?」


「もちろんにございます、オルムさま」


「お前もか? 我が娘、ディアンナよ」


「はい、お父様。私もウロボロスさまと全く同意見でございます」


「……そうか」


 二匹の言葉を聞き、ミドガルズオルムは瞳をすっと閉じて、しばし黙す。


「オルムさま? 何か危惧される事でもございますのでしょうか?」


 ミドガルズオルムのなんとも言えぬ表情からウロボロスは何かを察した。


「……ワシはこの数年、ずっと考えている事がある。それはな、我らドラゴン族の行く末だ」


「行く末、でございますか?」


「うむ。我らドラゴン族は知性、魔力、そして物理的な力において、我ら以上の存在など、そうそう無いと思うておる」


「当然でございましょう。我らドラゴン族以外の生き物など、矮小な害虫なのですから」


「ウロボロスよ。敵とはいえただの虫と侮るでない。中でも人族には類い稀なる力を持つ者もごく稀に存在しうる」


「ただのニンゲン風情が、でございますか?」


「そうだ。その人族らと我らドラゴン族、どちらかは将来滅びの身を行く事になるであろう。その時、生き残るのはどちらの種族だと思う?」


「我らドラゴン族に決まっているではないですか! あの様な小さくか弱き人族などに卑劣なる手段さえ取られなければ、どうと言う事はないでしょう!」


「ウロボロス、それは違う。ワシの読みが正しければ滅びの道を行くのは我らである」


「な、なぜ……!?」


「人族は確かに卑劣で狡猾だ。そのうえ奇妙な技を備えている者も少なからず存在する。何よりも恐ろしいのは、奴らの進化の速度は異常な程に早いという事だ」


「進化……ですか」


「うむ。奴らは奇妙な技を使う。先刻の戦の折、とあるニンゲンが奇怪な剣の技にて、我が同胞、リンドブルムの身体をたったの一撃で斬り裂いたのだ」


「なッ……あのリンドブルムさまのお身体を!?」


「し、信じられませぬお父様。リンドブルム兄様と言えば我らドラゴン族の中でもお父様に次ぐほどの強靭な肉体と、膨大な魔力を持つエンシェントドラゴンの一匹。あの兄様がたったの一撃でやられるなど……ッ」


「お主らも知っての通り、リンドブルムはワシの血を色濃く継いだ息子だ。リンドブルムの強さはお主らならよく理解しているであろう?」


「一体どの様にリンドブルムさまはやられてしまったのですか!?」


「うむ、あれはリンドブルムがニンゲンの剣士との一騎討ちの時であった。ニンゲンの剣士は鋼鉄の剣にてリンドブルムの身体を幾度となく斬りつけていたが、当然リンドブルムはかすり傷ひとつのダメージすら負わなかった。そしてついにニンゲンの持つ鋼鉄の剣が折れた時、その剣士は全身から黄金のオーラを放ったのだ」


 そして折れた剣の先から光の剣を生み出し、その光の剣にてリンドブルムはたったの一撃でやられてしまったのだ、とミドガルズオルムは語った。


 リンドブルムは瀕死の重傷を負ったが、かろうじて一命は取り留め、今は里の中で体力回復の為に療養しているとの事だった。


「リンドブルムから聞く限りでは、そう言った特殊な力を持つ人族が昨今増加してきているとの事であった。人族は不思議な力を身につけ、著しく進化しておるのだ」


「そんな……では我らはあのような矮小な虫どもに滅ぼされる運命だとでも仰るのですか!?」


「このままであれば、な。だが我らにも一筋の希望はある」


「希望、にございますか。オルムさま、それは……?」


「うむ。それはな、その特殊な力は我らドラゴン族にも目覚め始めているという事だ」


「なんと、我らにも!? して、オルムさま。その特殊な力とは一体なんなのですか……?」


「ワシにも詳しい事はわからぬ。だが、リンドブルムと戦ったニンゲンの剣士はこう言ったそうだ」


 ユニークスキル。


 そう、この時のミドガルズオルムの伝達によって初めて、ドラゴン族たちはユニークスキルという言葉を覚え、知れ渡るのである。


 ユニークスキルという魔法とも違う不可思議な力がこのオルクラに蔓延し始めた頃であった。




        ●○●○●




 ――そして百年以上もの時が流れる。


 ドラゴン族はエンシェントドラゴンロードのミドガルズオルムが予言した通り、その数を大きく減らしていった。


 だが、絶滅には至らなかった。


 人族にいち早く目覚めたユニークスキルというものが、ドラゴン族たちにも少しずつ広がり出したおかげであった。


 しかしそれでも人族には敵わなかった。


 何故なら、人族は個体全てに必ずユニークスキルが付与されているにも拘らず、ドラゴン族の多くはユニークスキルを得ている者が少なかったからである。


 何故、ドラゴン族だけがユニークスキルを持つ者が僅かにしか存在しないのかの原因は不明だったが、それによるパワーバランスの偏りは顕著だった。


 つまりはユニークスキルを持つドラゴン族以外は滅びたのである。


「……父上、母上」


 幼き一匹のドラゴンが、かつてドラゴン族の里であったドラグニール跡地に建てられている、大きな二つの墓石に対してそう呟く。


「何故、我だけを残して逝ったのですか。我も……我も……」


 幼きドラゴンは孤独に呟く。


 エンシェントドラゴンの血筋の中では幼い、という表現をするものの、このドラゴンはすでに百余年は生きたドラゴンである。


 ユニークスキルに目覚めた人族は一気にドラグニールの里を襲い、ほとんどのドラゴン族を滅ぼした。


 その中でもユニークスキルに目覚めたドラゴンだけが人族と対等かそれ以上に渡り合い、生き延びた。


 しかしこの幼きドラゴンは人族との戦いに巻き込まれはしなかった。


 何故なら。


「……否。父も母もきっと隠世(かくりよ)から我を蔑んでいるであろう。ただ一人、無様に生き残った我の事を」


 ドラグニールの里にいたはずのこの幼きドラゴンは、里が一瞬にして燃やし尽くされるほどの大規模な魔法を受ける直前に、この里から転移したからである。


 そう、このドラゴンはこの時、自身のユニークスキルを初めて発動させたのだ。


 それを知り得たのも、頭の中へと響いた言葉のおかげ。


「何が……何が危機は脱しました、だッ! 何がユニークスキルだッ! 我はこんな生き方、望んではおらぬッ!」


 このドラゴン、アンフィスバエナが目覚めたユニークスキルは『緊急回避(デッドエスケイプ)』。この実に奇妙なスキルは、その発動をアンフィスバエナ本人にだけ知らせたのである。


 このスキルはアンフィスバエナの肉体が危機的状況に陥ると、勝手に安全な場所まで瞬間移動してしまうのだ。


 そしてそのスキルが発動した後は必ず頭の中に、何者かの声がこう囁くのだ。




『ユニークスキル『緊急回避(デッドエスケイプ)』が発動され、無事危機は脱しました』




 と。





 

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