二十一話 ダスクリーパーの言葉
ヴァナルガンドの話によると、奴隷の少年は凶悪な犯罪者であるから殺処分しろ、とアークラウス男爵に言われたらしい。
おまけにその少年は超危険人物であるため、決して単体で挑まずに、使える戦力を可能な限り動員しろとまで念を押されたので、まずはガルドガルムらに恭介を襲わせた。
そのアークラウスの読みが正しい、と思わされるまで時間はいらなかった。少年がまさかの広範囲即死魔法を使ってきたからだ。
「じゃああたしの勘はちょっとズレてたわね。ガルドガルムをあんなに連れてるなんて異常事態だと思って、あたしはヴァナルガンドの跡を追って来ただけよ」
ナーガラージャはただ、奇妙な行動を取っているヴァナルガンドの隙を見て、殺そうとしていたに過ぎない。
なのでこの場にナーガラージャが現れたのは、単なる偶然だ。
「てっきり終末戦争が近いのかと思ったんだけどね」
ワイトディザスターが残したとされる言葉。ノストラダム。
話を聞く限りでは、ここにいる全員がその正体については全て憶測でしかなさそうだ。
「……ここにいつまでもいるのは不味いな」
恭介は思考を巡らし、そして呟く。
「うむ、先のシーカーが掛けられた小鳥のことを考えると、ここにはすぐに何らかの手が迫るだろう。今生きている恭介、貴様を狙ってな」
小鳥に掛けられていた魔法、シーカーは何かを見張るためだけにある。今回に限って言えば、まず間違いなくその対象は恭介だ。
狙いはわからないが、その者は恭介が死後再生することを知っている者だ。そうでなければガルドガルムを使ってまで確実に殺す命令までをくだす意味がない。
つまりこれは、
「……僕の無限転生を確認するため」
「そうであろうな。加えて言えば貴様が広範囲即死魔法を扱えることすらも知っている者がいる、ということになる」
それを言われて恭介は思い当たることがあった。
街中で一度だけ使ってしまっている。その時に、三名の死者を出してしまった。
それを見られていた、ということに他ならない。
どういうつもりかはわからないが、その恭介の行為自体は咎められていない。
「……今度は我が尋ねさせてくれ。恭介、貴様はそもそも何者なのだ? なぜ死んでも蘇る? なぜ貴様のような年端も行かない少年が、超上位クラスの広範囲即死魔法ウルティメイトデスを使える? なぜこのアンデッドと共にいる? このアンデッドはそもそもなんなのだ? それと……」
「だぁー、待て待てヴァナルガンド! そんないっぺんに聞かれても答えられないよ。僕は聖徳太子じゃないんだからさぁ」
「……む、すまぬ」
ヴァナルガンドは照れ隠しのように、目を背けた。
「あたしも聞きたいわ。あんた、恭介って言ったわよね。あんたは一体何者なの?」
ナーガラージャが言葉を続けた。
「それには私がお答えします。三下蛇も駄犬も、その腐りきった耳穴をかっぽじってよく聞きなさい」
間に割って入ったジェネが受け応える。
「このお方こそ……恭介さまこそ、我らが待ち望んだワイトディザスターさまなのです!」
「ぇえ!?」
「それはまことか!?」
二体の魔物は、驚愕した。
「二人とも見たでしょう? 死という生者も死者も超えられない永遠なる終わり。恭介さまはその死を無限に乗り越える者。その魂すらも再生し続け、この世界の理を塗り替える存在」
「そ、それは見たわよ! 理解不能だけど、確かにこの人族は死なないどころか、あたしの技まで効かなくなるし、強いとか弱いとかそういうレベルの話じゃないってのはわかるけど……だからといって、こんな人族風情がワイトディザスターさまの代わりだなんて、納得いかないわッ!」
「我もそれには同意だ。確かに恭介には未知なる力があるのは認めるが、だからといってワイトディザスターさまの代わりだとはにわかには信じがたい」
そりゃそうだよなぁ、そもそも自分なんて、パッと見、冴えないただの子供だし、と恭介は思った。
「相変わらずお前たちは愚か者ですね。私は直接聞き及んでいるんですよ。ダスクリーパーさまに! ダスクリーパーさまが仰ったのです。恭介さまこそワイトディザスターさまであり、この世界の全ての魔物たちを救い、そして我らを統べる王である、と!!」
いやいや待て待て。ダスクリーパーはそこまで言ってないぞ、と、恭介は思いツッコもうと思ったのだが、ジェネの言葉を受けて二体の魔物の目の色が変わり先に言葉を続けられてしまう。
「そんなまさか……ダスクリーパーさまが……それなら本当に恭介は……い、いえ、恭介さまがあたしの愛する、あたしだけのワイトディザスターさまなのですか……!?」
「ぬぅ。ダスクリーパーさまが仰ったのなら、もはや疑う余地もない。恭介……いや、恭介さまこそ我ら魔物たちの王に違いあるまい!」
「そもそもジェネラルリッチであるこの私が、なんの根拠もなく人族に従属すると思いますか? これでも六頭獣随一の頭脳と言わしめたこの私が、これほどまでに忠誠を捧げているのです」
「「それはそうだ!」」
二体の魔物は妙に納得してしまった。
それは違う、と説明しようかと思ったのだが、なんだか妙に全員が納得してしまったので、もう放っておけばいいやと諦める。
「……とりあえず、ここからどこか人族のいない安全なところに移動しないか? いつ、そのアークラウスの手の者が来るかもわからないし」
「「「はい! 恭介さま!」」」
三匹の魔物は、それまでとは打って変わって素直に返事をした。
「……はぁ」
なんだか変なことになってしまったが、こんなところに長居は出来ない。
「あ、それともう無いとは思うんだけど、僕からのお願い。ヴァナルガンドもナーガラージャもお互い争うのは終わりにしてくれないか? 色々あったかもしれないけど、せっかくこうして話し合えたんだ。出来れば今後は争うことなく居てほしい」
「「はい! 恭介さま!!」」
(……うん、これはこれでいいか)
恭介はとりあえず今の地位がこの魔物たちを大人しくさせるのにちょうどよかったので、このままで行こうと思った。
和解の証ということで、ナーガラージャは不得手だが簡単な回復魔法が扱えるらしいので、自身の足と、ヴァナルガンドにもそれを掛けてもらう。
あまり時間に余裕はなさそうなので、二匹の魔物が体を動かせる程度の応急処置程度だ。
どこか安全な場所について尋ねるとヴァナルガンドの隠れ住処が近いとのことで、ひとまずそちらに移動することとなった。
●○●○●
夜の帳が下り始めた、草原から森林に向かう途中、恭介は不意に口を開いた。
「ヴァナルガンド、ナーガラージャ。二人ともすまなかった。大切な配下の魔物たちをたくさん殺してしまって……」
どうしてもそれは謝罪しておきたかった。
「それを言うならあたしたちこそ、申し訳ございませんでした。恭介さまがよもや、ワイトディザスターさまだとはつゆ知らずに……」
「我からも謝罪をさせて欲しい、恭介さま。アークラウスに命を握られていたとはいえ、とんだご無礼を……この罪、死んでも償い切れませぬ」
「僕のしたことも変わらないよ。だから水に流そうとまでは言わないけど、わかりあえたのなら無理に争う必要はないし、むしろ二人とも気にしないでくれ」
二匹の魔物は、その瞳に涙を浮かべながらコクン、と頷いた。
「我はワイトディザスターさまが、もしまた現れたのなら、そのお方に一生仕えようと思っておりました。我は今日この日より、恭介さまの忠実なる下僕にございます」
「あたしもです。あたしも恭介さまに一生仕えることをここに誓います。だからどうか、あたしにもご慈悲を……」
「僕はそんな大それた人物じゃないし、ワイトなんちゃらってものでもないかもしれないんだよ。だからそんな僕に全てを預けるなんて言うのはやめてくれ……」
「いいや、ダスクリーパーさまは決して嘘をつくことはありませぬ。なぜなら、この世界でダスクリーパーさまの名を語って偽りを申すことは、それすなわち死を意味します」
ヴァナルガンドが神妙な面持ちになる。
「そう、ダスクリーパーさまは常に我らを見ておられます。もしその名を安易に語り、嘯くような真似をすれば、必ず殺されましょう」
ジェネがヴァナルガンドの言葉に続ける。
「昔、あたしの配下にいた愚かなリザードマンがダスクリーパーさまの名を出して侮辱しました。その直後、そのリザードマンは原因不明の死に見舞われました」
更にナーガラージャが続けた。
そして恭介は初めてダスクリーパーに会った時のことを思い返す。
確かにあの神は、侮辱されるのを嫌っていた。現に恭介もこの世界に転生した際、いきなりダスクリーパーに殺されている。
「六頭神であらせられるかの神々のうち、ダスクリーパーさまは特に強大なチカラを持ったお方。この世界でそれを知らない存在などいないと思われます。だからこそ、ヴァナルガンドもナーガラージャも私の言葉を素直に受け取ってくれたのです」
恭介は今更ながら、冷や汗を流した。
ダスクリーパーは今も自分の体内にいる、らしい。
なんという恐ろしい神に取り憑かれてしまったのだろう、と後悔した。
「とにかくそんなわけで、恭介さま。我はあなたさまについていきますゆえ、よろしくお願い申し上げます」
「あたしもですわ! 恭介さま! 一生ついて、愛していきます!」
「もちろん私もです! 恭介さま!」
妙なことに。
本当に妙なことになったと恭介は思った。
この世界に来て一ヶ月。
人間社会には馴染むことなく、魔物たちに好かれる人生を歩むことになろうとは……。
「……これからどうなるんだろ、僕」
不安は、尽きない。




