二百十二話 クレアとの和解
無事クライヴとミリアを、レヴィアタンのユニークスキル『永久時刻凍結法』によって、その時間を止める事を成功させたレオンハートたち。
しかし彼らには、今後の見通しが全く立たなくなってしまっていた。
「……とりあえずクライヴたちはこれでいいとして、ウチたちはどうすれば良いの?」
氷漬けになったクライヴたちを横目に、レヴィアタンが不服そうに呟く。
「……本当だよねー」
レオンハートは地べたにゴロンと転がりながら、軽い返事をした。
「とりあえず、俺たちがやれるのはこの森の中を探索する事じゃないか?」
「そうですね……レオンハートさんが見つけたこの遺跡みたいなものが他にもあるかもしれないですし」
ペルセウスとシリウスが続ける。
「……ここは不可侵の森、なのだろう?」
アンフィスバエナが誰へでもなく尋ねる。
「そうだね。オルクラにある不可侵の森とは違う場所みたいだけど」
レオンハートがやる気なさそうに答える。
「……我にはよくわからんが、ここが不可侵の森であるのなら、ここには多くの魔物やアンデッド、その他、聖遺物が封じられているのではないか?」
「そうね。あんたたちの話が本当なら、この不可侵の森こそオルクラ最大の封印領域だし、アンフィスバエナの言う通り、ここには色んな存在があるはずだわ」
アンフィスバエナの質問に今度はレヴィアタンが答える。
「それなら、我ら全員で森の調査、というのはどうだ? ここなら退屈せずに済みそうではないか」
ニヤっとアンフィスバエナは笑い、上空を見上げる。
オルクラの空にそっくりな上空には、様々な飛行系の魔物がたくさん飛翔している。
「……調査がてら魔物狩り、か。悪くないね」
レオンハートはむくりと上半身を起こす。
「どっちにしてもこのままずっとここにいるわけにはいかないわ。ウチも早く恭介さまのもとに戻りたいし」
「そうだな……俺たちもサンスルードに帰らないと、皆心配するしな」
「ええ。僕もミネルヴァの事も気になりますし、こんなところで時間を潰してる場合じゃないです」
全員がこくんと頷き合う。
「よし、じゃあこの不可侵の森の調査、始めてみよう! ただし全員一緒に行動しようか」
レオンハートが提案する。
「さっきは俺ひとりで思わず飛び出しちゃったけど、ここの魔物は油断できない強さだからね」
と、笑いながら言った。
「……レオンハート、お前も焦っていたって事だな」
ペルセウスが笑う。
「ふふふ。そうみたい」
レオンハートも釣られて笑った。
「よし、それじゃ皆で探索しよう!」
レオンハートが右腕を掲げ、
「「ぉおー!」」
全員がそれに合わせるのだった。
●○●○●
――ノースフォリア城。
「……と、これが私が話せるオルクラの事実……いえ、史実です」
クレア女王は自分の知る限りの歴史、体験を恭介に話し合えていた。
「あなたなら、私の言葉を信じられますよね?」
クレアの質問に、
「……安心してくれ、クレア女王。僕は誰の言葉であっても、その瞳を見ればそれが嘘をついているのか、真実なのか見極められるスキルがある。だから、無駄な疑心暗鬼になんか囚われないさ」
「そうでしたか」
クレア女王は物静かに瞳を閉じる。
「でも驚かされた。まさかレヴィと繋がりがあったとはな……」
クレア女王が恭介に話した内容。それは、もし、恭介が70年後のオルクラを見たり、アシュレイに出会っていなければ、例え真虚の瞳があったとしてもにわかには信じられなかったかもしれない。
クレア女王はこう言った。
この世界、オルクラは滅びの運命にある、と。
それは世界からマナが尽きてしまうからだ、と。
そして滅亡したオルクラを自分は見てきた、と。
「私もあなたと同じく、我が息子アシュレイのスキルによって未来より時間遡行してきたのです」
クレア女王はこう続けた。
自分はかつて、復活したルシフェルたち悪魔族との大きな戦争に惨敗し、そしてルシフェルらに囚われたのだと。
その世界でクレアはアスタロトの手によって、悪魔族と変えられ、悪魔族としてルシフェルの配下にいたのだそうだ。
しかしとある日。
遥かアドガルド方面の遠方に見える空が一瞬、紅く染まったと思った直後。
世界から一気にマナが失われた。
環境マナが無くなった世界では、水も空気も淀み、植物は枯れ果て、さまざまな生態系は次々に死滅していった。
悪魔族も次々に死に絶えて行き、このままでは自分も近いうちに命尽きると思った矢先、ルシフェルの配下のひとりである悪魔族のレヴィアタンの手によって、救われる事になる。
その方法とはレヴィアタンのユニークスキル『永久時刻凍結法』であった。
レヴィアタンのスキルにより、ルシフェルに選ばれた数名だけが『永久時刻凍結法』によって、その命を永らえさせた。
そして数十年。
クレアは不意に目覚める事になった。
だがその世界は、すでに滅亡してしまったオルクラであり、全ての希望は潰えてしまったと思われた。
しかし。
「……私は運良く生き残っていた最愛の息子アシュレイに再会できました。そしてそこで私に『時空の旅人』を掛けてもらったのです」
クレアは悲しそうな瞳でそう告げた。
事情を聞いた恭介はしばし考え込む。
(……クレア女王の話に嘘がないのはわかる。となると、おそらく僕が70年後に出会ったアシュレイとクレア女王が出会ったアシュレイは、別の時間軸の世界とアシュレイと考えるのが妥当だろう。アシュレイのスキルはあくまでタイムリープだ。タイムワープじゃない)
そう考えれば、レヴィアタンの事も頷ける。
(おそらくクレア女王の生きた世界では、なんらかの事情でレヴィアタンはそのままルシフェルの配下になった世界線なんだろう。僕はその世界では敗北したのか、そもそも存在がなかったのかまではわからないが)
時間を跳躍するスキルの存在が大きく恭介の因果に絡む。
自分の身体に転生したと思われるファウストについても、生前の地球で繰り返している、と言っていた。
そしてファウストは恭介自身がそもそもそういうスキルを持っていた、と言っている。
(……僕の前の身体では、死ぬたびにタイムリープするスキルが。そしてアシュレイには一度きりの時間跳躍のスキル。……なんだかややこしいな)
これが何かの偶然なのか、それとも誰かの手の内なのか、皆目見当もつかない。
(ファウストは一体何が狙いなんだ? オルクラ滅亡を僕に見届けて欲しい、と言っていた。オルクラの滅亡の理由を解き明かす事ではなく。何故、滅亡を見届けさせる必要がある? いや、それ以前に何故、ファウストには僕のいるオルクラの世界が見えている? 彼はそれが彼の特権だと言っていた。だからこそ、僕にオルクラの滅亡を見届けさせて、自分もその立会人になりたい、のか?)
答えの出ない謎が恭介の思考をぐるぐると巡る。
(そもそもワイトディザスターとはなんなんだ? ファウストはワイトディザスターについて全く触れて来ないのは何故だ? 因果関係は一番高そうなはずなのに……)
恭介がそんな事を考え、黙りこくっていると、
「……やはり、信じ難い、ですか?」
クレア女王が呟くように尋ねる。
「あ、いや、そういうわけじゃない。ちょっと考え事をね」
「……話を戻します。あなたは言いましたね? アシュレイを助ける為に協力しろ、と」
「ああ」
「何故あなたはアシュレイを助けようとしてくださるのですか?」
「何故……って言われてもね。アシュレイにはなんだか昔から不思議な縁があるし、何よりミネルヴァの手の内に置いておくのはすごく危険な気がするからだな」
「……ミネルヴァ」
「ああ。さっき話した通り、ミネルヴァは危険だ。おそらく人の生き死にはおろか、この世界の滅亡にすら欠片も頓着はないだろう。自由きままにやりたい事だけをやろうとしている。彼女にとってこの世界は自分のオモチャにしか過ぎないんだ。僕はそんな彼女を止めたい。その為には、クレア女王の力も借りて、アドガルドを制圧すべきだと考えてる」
「……そう、でしょうね」
「クレア女王、あなたにもわかるのか?」
「わかります。彼女もまたあなたと同じくこの世界にとって異端な存在でしょうから」
「ああ。転生者ってのはつくづくトラブルメーカーだと思うよ」
「……いいでしょう。私はあなたと手を組みます」
クレア女王はようやくニコっと笑顔を作る。
「良かった。そう言ってもらえて助かるよ」
「そもそもノースフォリアがあなたと敵対する事は、ミネルヴァと敵対するのと同様に危険であるとも思ったからですけどね」
「はは、素直だな」
「ふふ。さて、あなたの話が事実なら、悪魔族もあなたの配下になっているという事でしたね」
「ああ。ルシフェルたちは僕に宣誓をさせたからな」
「それなら、デーモンパレスに準備しておいた弱体化の結界も、もう不要ですね。使わずに終わったのは良い事です」
「そうだな。ルシフェルには一応、配下の悪魔族たちに僕の関係者には逆らうなと伝えろとは話してある。ただ、知性の低い悪魔とかは魔物と同様に襲ってくる可能性はあるぞ」
「それは心得ております。では結界の準備状態を解放しに行く事にしましょう」
そう言ってクレア女王は席を立つ。
「ん? どこへ行くんだ?」
「地下室です。デーモンパレスを陥落させる為の弱体化結界を発動させる本体、ナーガラージャがそこにいます」
そしてクレアはそう告げたのだった。




