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百九十九話 最後のチャンス

「そ、それは本当ですか? リアナさん!?」


 アシュレイが慌てて尋ねる。


「はい! 洞穴の入り口付近に……それも三体もいます!!」


 リアナと呼ばれた長い黒髪で線の細い女性が、顔を青ざめさせてそう報告した。


「そんな近くに……こんな事、これまで一度もなかったというのに……」


 アシュレイも事の重大さに、頭を悩ませる。


「そんなにヤバイのか?」


 恭介が尋ねた。


「ヤバイ、なんてものじゃありません。その三体がもしこの洞穴内に入ってきたら、我々は全員、まず確実に助かりません。この洞穴からは聖なる泉のマナエネルギーが溢れているので、本来そもそも残滓(ざんし)が近づく様な事自体もありえないというのに……」


「そいつらは単純に強い、って事か? 僕なら対処出来るかもしれない」


「あ、あなたが? ミネルヴァの残滓(ざんし)は実体を持たないですから、物理的に戦う事はできませんよ!? それにそもそも……アレは倒せるのかどうなのか……」


「実体を持たない? アンデッドって事か? とにかく僕が洞穴入り口を見に行ってくる。もし、そいつらがこの中に入ろうとしてきたら、僕が奴らを誘き寄せれば良い」


「そんな……。あなたのようなお年寄りひとりにそんな事を任せるなんて……」


 アシュレイは気まずそうな顔をするが、恭介はシワだらけの顔をニマッと変えて、


「大丈夫だ。歳は取ったが、僕は死なないから」


 そう言って、厄介ごとを引き受けるのだった。




        ●○●○●




「アシュレイ、キミは洞穴の中で待ってても良かったんだぞ?」


「そうは行きません。ワイトディザスターさまに全て任せっぱなしで放っておくなんてできませんよ。一応、これでも私はここのリーダーなので……」


 恐怖に怯えながら周囲をキョロキョロと警戒しつつ、アシュレイは恭介のあとを追うように、洞穴の入り口付近までやって来た。


 アシュレイの話では、ミネルヴァの残滓という者は生き物やアンデッドの類いを見つけると誰彼構わず、すぐに襲いかかって来るのだという。


 攻撃方法は単純で、対象にただ突っ込んでくるだけらしいのだが、ミネルヴァの残滓に触れてしまった者は、その瞬間に魂を喰らわれて死んでしまうらしい。


「ただ触れるだけで即死、か。即死魔法よりもチート級だな」


「はい。そしてミネルヴァの残滓の移動速度はかなり速い。だから見つかってしまうと、どうしようもないのです」


「それなら尚更アシュレイ、キミは洞穴の中に残っていた方が良かったんじゃないか?」


「……いえ、ワイトディザスターさまひとりを危険な目に合わすわけにはいきません」


 アシュレイのその気持ちはありがたいが、恭介にとってはアシュレイが死んでしまう方が非常に困る。


 おそらくファウストが言っていた片道切符を切れ、というのはアシュレイの『時空の旅人(タイムトラベラー)』で過去へタイムリープしろという意味なのだろう。


 なのでアシュレイを死なすわけにはいかないのだ。


「アシュレイ」


 そう思った恭介は洞穴を出る前に、アシュレイへと向き直る。


「ミネルヴァの残滓とやらをどうこうする前に、キミに頼んでおきたい事がある」


「はい、なんでしょう?」


「キミのスキルで僕を70年前の過去へタイムリープさせて欲しいんだ」


「な、70年も前に、ですか?」


「ああ。さっき言いそびれたんだが、僕は70年前からつい最近までずっと眠っていたんだ。そのせいで、僕は何も出来ずに今、ここにいる。だからやり直したい。この結末になってしまう未来を変えたいんだ。それにはキミの力が必要なんだ」


「70年も眠っていたとは……まさかそんな事が……」


「僕にはやらなくちゃならない事がある。オルクラの為にも、ファウストの為にも」


「……しかしワイトディザスターさま。私の『時空の旅人(タイムトラベラー)』で仮にあなたをタイムリープさせたとしても、ここにいるあなたがいなくなるわけではありませんし、この確定した現在という時間軸が変わるわけではありませんよ。あなたはあなたでこの時間軸でここに存在し続け、それとは別に70年前のあなたへ、この未来を知ったあなたの記憶が上書きされる形になるわけです」


「……うん、大丈夫だ、わかってる。僕がふたつの世界にそれぞれ存在するって意味で捉えておけばいいんだろう?」


「はい。ここにいるワイトディザスターさまと、過去にタイムリープしたワイトディザスターさまは別の世界として同時に存在し続けます。そして互いは互いに一切干渉する事はありえない。つまり、あなたはあなたで、ここで何も変わらない現状が続くわけです」


 恭介にも充分意味は理解している。


 アシュレイの『時空の旅人(タイムトラベラー)』はタイムマシンではない。だから、この現実から逃れられるわけではないし、この現実が変えられるわけではないのである。


「更に言えば、一度でもタイムリープしたワイトディザスターさまには、二度と私の『時空の旅人(タイムトラベラー)』は適用できません。まさに、片道切符というわけです」


 アシュレイの丁寧な説明を受けて、なお、


「ああ、それもさっき聞いたから充分に理解しているよ。だからこそ、今頼んでいるんだ。今、タイムリープさせてもらってもここにいる僕は消えない。しかし同時に現在の記憶を持ったまま70年前の僕へも、僕は帰れるわけだ。つまり今、キミたちを助ける為に動く僕と、昔の僕の仲間を助ける僕が生まれる。それでいいんだ」


 恭介は頑なな決意を表明した。


「……わかりました。あともうひとつだけ。私の『時空の旅人(タイムトラベラー)』について、むやみやたらに他言はしないでください。すでに私のスキルについて知っている方になら別に良いですが……」


「それはなぜだ?」


「……別の世界とはいえ、もう私が争いの火種になるのは、耐えられないのです」


「キミが……?」


「はい。私の母はクレア・フォルン。かつてノースフォリアと呼ばれる国の女王をしていた者です。当時、私のこの類い稀なる能力のせいで、私はミネルヴァに良い様に使われ、そして戦争のきっかけが起きてしまいましたから……」


「キミがクレア女王の……!?」


「ええ。ミネルヴァは私を人質として利用し、サンスルードが敵だと私の母に嘘を言い、そこから四大国全土を巻き込む大戦が始まってしまいます。無実の罪を着せられ殺されたサンスルードの民たちの事を思うと……」


「そうだったのか……わかった」


「ありがとうございます」


 アシュレイは丁寧にお辞儀をした。


「それでは飛ばしますが、70年前のどの場面にまで飛びたいかをよくイメージしてください。そのイメージについては私に話す必要はないです。あなたがそのシーンを強く念じる事で、あなたはそのシーンまでタイムリープします」


「そうなのか……」


 恭介はそう言われ、ほんの僅かに考える素振りをしたのち、


「うん、決まった。大丈夫だ。それじゃあよろしく頼むよ」


 そしてタイムリープする場面を心に決める。


 恭介はどこからやり直すかいくつか自身の中でピックアップしていたが、あまり過去に戻りすぎても必要だと思われる運命の再現性が乏しくなってしまうと考え、出来るだけ意識を失う直近の場面を選ぶ。


 そしてたった一度きりの、まさに神が与えたもうた最後のやり直しのチャンスを、決して無駄にしない事だけを胸に誓って、


「僕に、過去への片道切符を切らせてくれ」


 そう、告げた。




        ●○●○●

 



「恭介さん……恭介さん……」


「恭介さんの匂いがしますわ……」


 アシュレイたちの隠れ家である洞穴の入り口付近で、アンデッドのように全身が透けている、女性の様な形をした物体が、そう呟く。


「この中から……」


「うふふ……やはりまだ生きていたのですわね……」


「ずっとずっと探していましたわぁ……」


「そうですわ。恭介さんは死にませんもの……」


「食べたい……食べたい……」


 ミネルヴァの残滓たちは洞穴の入り口前ではしゃぐように、ぐるぐると回りながら呟き続ける。


「でも……ここには入れませんわ……」


「忌々しいマナが……(わたくし)たちを妨害していますわね……」


「仕方ありませんわ……そういう事でしたら……」


「ええ……洞穴を破壊して誘き出しましょう……」


「「それがいいですわ」」


 ミネルヴァの残滓たちは不敵に笑うと、そのうちの一体が洞穴の入り口へと突進した。


 そして。


「……≪セルフデトネイト≫」


 そう唱え、瞬間。


 ドォォオオオオーーーッ……ンン、っと大地を揺るがすほどの大爆発を起こす。


 この爆発によって洞穴の入り口は崩落し、そしてその爆発の規模は洞穴内部にも響き渡る。


 洞穴内もミネルヴァの残滓による爆破の影響であちこちが崩落し始めた。


「……うふ、ふふ。この調子でどんどん破壊していきましょう」


「そうすればそのうち、中にいる人たちが痺れを切らして出てくるでしょうから……」


「もっともっと、私をここへ呼びましょう……」


「「そうしましょう、そうしましょう」」


 ミネルヴァの残滓たちが楽しそうにそんな事を言っていると、


「待てッ!!」


 崩れた同方の入り口から、そう叫ぶ声が響く。


「これ以上、この洞穴を脅かす様な真似は、僕が許さないッ!」




 そう言って崩れた洞穴の残骸を吹き飛ばし、恭介がその場に現れ、この世界の僅かに生き残った人々を守る為に、立ち塞がったのだった――。




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