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十九話 慕情のナーガラージャ

 ヴァナルガンドは、ノストラダムを待ち焦がれていた。


 この世は不条理が過ぎる。


 神々が何を考え自分たちを生み出したのか、などまるで知る由もなかったが、それにしてもこの不公平さ、不平等さには長年辟易としていた。


 人族と呼ばれる者らは、あまりにも傲慢で強引で強欲だ。自分たちの繁栄のためならば、他種族が絶滅することなどまるで(いと)わない。


 夢幻大戦以前より人族には嫌悪感しかなかったが、戦争時のラグナとかいう人族には、特に憎悪を抱いている。


 魔物やアンデッドたちも遥か昔は、無知で、無配慮で、無謀で、無益なだけの存在だった。しかしそれを諌めて、統率したのがワイトディザスターだった。


 ワイトディザスターは全ての魔物たちも平和に暮らす道を探し、そして導いていた。


 その慈悲深い御心は人族にまで及んだ。


 しかしそこにつけいるように謀反を起こした人族の、なんたる傲慢さか。


 魔物たちの油断につけこみ、大規模な封印の儀を突如行ない、多くの魔物や仲間たちが失われていった。


 ヴァナルガンドとナーガラージャ、リンドブルムは運良く封印から逃れられたが、勢力の差は圧倒的に人族が有利となってしまい、ヴァナルガンドらは人里から離れ、隠れて暮らすようになった。


 豊かな資源や実りがある土地は、ほとんど人族に奪われ、魔物たちは枯れた大地のあちこちを彷徨い、いつか人族に復讐すべく、その機会が訪れるであろうワイトディザスターの予言、ノストラダムを待ち続けた。


「だが、それも適わぬうちに命尽きることになった、か……」


 頭上高くで集められている熱源の光を見上げて、ヴァナルガンドは呟く。


 もうじきにナーガラージャのサンシャインリチュアルによる、サンライトギャザーが自分の命を奪うことを理解しているからだ。


 何を考えたかはわからないが、先程まで威勢よく構えていた恭介という謎の人族は、無謀にもナーガラージャへと突っ込んでいき、案の定、一瞬で殺された。


「せめて、もう一度お会いしたかった。我が生涯の恩人、ワイトディザスターさま……」


 ヴァナルガンドは瞳を閉じ、座して最期の時を待つ――。




        ●○●○●




「終わった……終わった!」


 達成感でいっぱいだった。


 ナーガラージャはこの日をいかほど夢に見続けてきたことか。


 六頭獣でも最弱と罵られ、馬鹿にされ、蔑まれ。


 配下の魔物たちからすらも、ナーガラージャは臆病者だと白い目で見られてきた。


 だからナーガラージャは自身が生み出したナーガ以外は仲間と思わず、つるむことなく孤立して生きてきた。


「これであたしがワイトディザスターに昇格する……! あたしが……あたしが!」


 歓喜のあまり涙が溢れ出た。


 孤独は地獄だ。


 ナーガラージャは長い間孤独だった。生み出したナーガたちは知性を持たず、ただナーガラージャに従うだけの低級モンスター。


 それ以外の知性あるモンスターは皆、すべからくナーガラージャを認めなかった。


 悔しかった。


 そこに慈悲の手を差し伸べ、認めてくれた唯一の存在が、


「ああ……ワイトディザスターさま……今は亡きあなたの代わりを、見事このあたくしめが成り代わり、そしてあなたさまの悲願を必ずやあたくしめが、あたくしめが……あたくしめがぁぁあ! 成し遂げてごらんに差し上げますわッッ」


 ワイトディザスターである。


 ナーガラージャはワイトディザスターに会いたかった。ワイトディザスターの謳っていた世界が実現するのを、焦がれて望んでいた。


 しかし、それは人族の思惑により邪魔された。


 ナーガラージャは唯一、ワイトディザスターにだけ心を許していた。


 愛していた。


 愛していた愛していた愛していた。ただひたすらに愛していた。


 愛とはこのことを言うのだとナーガラージャは心の底から思った。


 ワイトディザスターのためならば、なんでも出来ると思っていた。命でさえ捧げることすら(いと)わなかった。


 しかしワイトディザスターは消えてしまった。どこかもわからないところに封印されてしまった。


「ぅぅううう……くちおしい! 忌々しき人族めッ。あたしの……あたしだけのワイトディザスターさまをよくもよくも……」


 思い返すだけで、ナーガラージャのはらわたは煮えくり返りそうだった。


 だが、希望を二つ残してくれた。


 ひとつは、ノストラダムという未知なる希望。


 もうひとつは、ワイトディザスターへの道標。


 ワイトディザスターは全ての魔物たちに、常々こう述べていた。


『私は私が特別ではないことを知っている。全ての特別の中で、たったほんの少しだけ、皆と話がしやすい立ち位置に居ただけだ。だから私がもし消えてしまったとしても、私の代わりが必ず生まれる。その者はまた、ワイトディザスターとして、皆の架け橋となるであろう』


 その言葉の解釈はそれぞれだったが、多くの者はワイトディザスターは生まれ変わるのだと思っていた。


 しかしこの百年の間、そのような兆しは現れない。


 次第に魔物たちは、ワイトディザスターとは魔物たちの中で最も強く、最も賢く、最も統率力のあるカリスマ性を持った存在に成り上がったものが引き継ぐ、ある種の称号なのではないかと解釈していった。


 そしてそれは六頭獣の誰かから生まれると思われていた。


 ワイトディザスターと共に封印されてしまったジェネラルリッチ、レヴィアタン、サラマンドラはいないものと考えると、その可能性が残されたのはリンドブルムとヴァナルガンドとナーガラージャの三体だ。


 人族もそれを危惧して、この魔物らを討伐せしめようと、ギルドや冒険者というものを育成していった。


 そしてそのうち、リンドブルムは討滅されてしまったらしく、つまり残ったのはナーガラージャとヴァナルガンドの二体。この二体のどちらかが、ワイトディザスターになるのだとナーガラージャは確信していた。信じ込んでいた。それが絶対だと思っていた。


 そしてついに自分だけが生き残った。


 恋焦がれたワイトディザスターの生まれ変わりになるのは、これで自分になった。


 ワイトディザスターは名実共にナーガラージャだけのモノとなったのだ。




        ●○●○●




 ――。


 ――はず、だった。


「ふっざけんじゃないですよ、あんた()じゃないですッッ!!」


「――ぅ、ぁぁぁぁぁあああアアアッッ!?」


「ワイトディザスターさまは、恭介さまは! 私たち皆のために在る! あんたの自分勝手に私たちを巻き込むなぁーッ!」


 叫んだのはジェネ。


 そして痛みと共に想定外の事態を飲み込めずに困惑しているのはナーガラージャ。


 何が起きたのか、全く理解不能だった。


 とにかく危険を察知した。


 だからこの場から急ぎ、逃れようとした。すると。


「ぅ、キャァアアアアア!?」


 ナーガラージャ自慢の下半身である、白く美しい腹板(ふくばん)をくねらせようとしたところ、激痛が走った。


「キキキキキキ、キャァァアアアアーー!? あたしのー! あたしの足がぁぁあー!?」


 ナーガラージャの純白さとエメラルドグリーンが自慢だった腹板と背の鱗は、至る所がどす黒く変色している。


「私のコラプションの味、存分に味わいなさい! この三下蛇(さんしたへび)め!」


 ジェネは怒りが収まらないのか、苦痛の表情でもがき苦しむナーガラージャを侮蔑するように言い捨てた。


「キキキキキキ……あ、あんたは一体なんなのよォオ!?」


「久しぶりね、ナーガラージャ。私がわからないですか?」


「ぅぅうう……あ、あんたみたいなアンデッドなんて……」


 今のジェネは、かつてのジェネと装いがまるで違う。


 恭介によって再生成され具現化された少女のようカタチをしている。


 当然こんなアンデッドの少女など、ナーガラージャには見覚えがなかった。


「ま、まさか……!?」


 しかしようやく、ひとつの可能性にナーガラージャは辿り着いた。


 最上位即死魔法を扱えるアンデッドの存在について。


「そのまさかですよ。私はジェネラルリッチ! 私こそが、ワイトディザスターさまに全てを捧げた者よッ!」


 アンデッド族はその体組織のほとんどがマナエネルギーで構成されている。


 ゆえに、マナ濃度の調整次第でその姿をほぼ不可視の状態にまで変化させることなど、造作もない。


 ナーガラージャの元に近づくまで、ジェネはその姿を肉眼では凝視しなければ見ることが限りなく難しいレベルの可視化レベルとし、そしてナーガラージャの下半身に向けてコラプションの魔法を掛けたのだ。


「キキキキキ……あんたは封印されてたはずじゃ……」


 腐食ダメージによる苦痛で動けずうずくまり、顔を歪ませながらナーガラージャはジェネを見上げる。


「ええ。最近よ、この世に顕現したのは」


「……うぐぐ。そういうことね、わかったわ。あんたはあのわけのわからない人族のガキを操って、あのガキの中に入って、自分の隠れみのにしてるってわけね。あんな汚らしい矮小な人族のガキに入り込むなんて、相変わらず小賢しいクソ女ねッ!」


「私のことをなんと言おうと構わないですが、恭介さまを……ワイトディザスターさまを悪く言うことだけは、私が許さない。ここで苦痛を与え続けて生き地獄を味わわせてあげましょうか?」


 その言葉を聞いて、ナーガラージャは目を見開いた。


「え……? あんた今なんて……?」


「愚かな三下蛇め。あの姿を見てもまだわからない?」


 ジェネはそう言うと、ヴァナルガンドが居た辺りを指差す。


 そしてそこには。


「あ、ああ……ば、ばか……な……そんな……」




 サンライトギャザーによって、たったの一瞬でチリと化したハズの少年と。


 同じくサンライトギャザーによって確実に滅したであろうはずのヴァナルガンドが、いた――。








 ここまでご拝読賜りまして、まことにありがとうございます。


 この話を読まれてみて、純粋に「面白かった」「続きが少しでも気になる」と、思われてくださったのなら、お手数かもしれませんが、この下の広告の下にある、☆☆☆☆☆のところで評価をいただけますと、作者のモチベが激しくあがります。


 また、更新はほぼ毎日行う予定ですので、ブクマの方も、僭越ながらよろしくお願い申し上げます。

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