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百九十五話 絶望の淵で

 ――海を眺めていた。


 終わってしまった世界に残された最後の相棒とも言える存在、ジェネを飲み込んでしまった灰色の海を。


 ジェネは帰って来なかった。


 途方に暮れる恭介に呆れ、灰色の海へとその身を投げてから丸一日近く。


 待てども待てども、ジェネは現れなかった。


 ジェネを具現化しているマナエネルギーが尽きれば、また魂が恭介の核へと戻ってくる事はわかっていたが、果たしてそれがどれくらいかかるのか、恭介にはわからない。


 恭介は今初めて、オルクラでたったひとり、本当の孤独となり、ただ海を眺めていた。


「……ジェネ」


 ポツリ、と呼びかけても、誰も何も反応はない。


「……僕は」


 恭介は自問自答を繰り返していた。


 自分は何の為にこの世界に来て、なんの為に戦っているのか。


 それが全くわからなかったのだ。


 初めの頃は、復讐心が強かった。


 だが、様々な人やアンデッドたちに出会い、仲間ができ、そしてそれらはいつの間にか、かけがえのない恭介の一部になっていて、それらを守りたいと強く思い始めた。


 同時に現れた強大な敵。そしてオルクラを待ち受ける困難。


 気づけば自分を取り巻く環境は、次第に大きなうねりになっていた。


 恭介は自分が正しいと思える道を歩みたかっただけだった。


 だが、選んだ選択肢は失敗だったのだろう。


 この結末が、それを物語っている。


「失敗した……また失敗したんだな……」


 地球で救えなかった鞠華。


 そしてオルクラでも大切な仲間たちを救えなかった。


「いや……そうか……」


 恭介はひとりごちる。


「今起きている事は、全て夢なんだ。こんな事、現実にありえるわけがない」


 恭介はただ、誰にいうでもなく、ひとりごちる。


「うん、そうだ。そうに決まってる」


 うんうんと、頷く。


「どこからが夢だったのかな……ルシフェルっていう悪魔と戦ってたあたりからか? そういえばあの悪魔は幻惑系の結界を作れるんだったっけ。じゃあもしかしたらこれは幻惑なのかもしれない」


 ひとり、妄想を広げる。


「いや……それとも、もっと前からか……? もしかして、あのクラグスルアの屋敷で拷問されてた時からかも。あの拷問の日々で頭がおかしくなった僕の妄想かもしれない」


 ひとり、遠い目をしたまま、呟く。


「いや、待てよ。それ以前からもっとおかしかったんだ。そもそもジェネっていう存在自体が僕の見てた夢なんじゃないか? 僕はもうあの時、ジェネラルリッチにコールドデスで殺されてしまっていて、今まで見てきたのは都合の良い夢で……ははは」


 乾いた笑いを飛ばす。


「……違うな。この世界で目覚めたところから、全て夢だったんだ。うん、それが一番しっくり来る。鞠華が死んじゃってから、僕は生きてるのか死んでるのかわからないような日常だった」


 現実逃避を続けながら瞳はひたすら、地平線を臨む。


「だから僕は、本当は地球で死んでなんかいなくて、あの事故のあとから実は植物人間みたいになってるんじゃないのか? それで終わらないこの夢を見ているんだ。そうか。それなら納得だ。僕がどうあっても死なないのは、これがずっと夢だからだ」


 灰色の地平線を。


「……じゃあ僕はどうすれば目覚めるんだろう。この世界では僕は死を迎えられない。つまり、目覚める事は永遠に出来ないのかな。そんなの、嫌だな……」


 地獄のような残酷な結末で見る、終わらない夢。


 そんな夢に辟易しながら。


「……年老いた身体で……誰もいなくなった世界で……永遠に夢を見続ける……そんなのまるで……」


 恭介は視線を自身の右手に移す。


「まるで、『悪夢』じゃないか……」


 老ぼれて、しわくちゃになった手のひらを見て。


 そして。


 ――引っ掛かる。


「……? なん、だ?」


 何かが自分の中で引っ掛かった。


 小さな引っ掛かり。


「僕は……何を……」


 しかしそれは、とても大事な引っ掛かりのようにも思える。


 何かを思い出さなくてはいけないのに、何故かそれがすぐに出てこない。


 とても、とても大切な事のような気がする何かを。


「……何に……引っ掛かったんだ、僕は……」


 すぐに何かをしなくてはならなかったような、思い出さなくてはいけなかったような焦燥感に襲われる。


「なんだこの気持ち。まだやらなくちゃならない事がある、ような……」


 ドクン、と胸の奥が大きく鼓動する。


「……いや、気のせい、だ。僕の甘い幻想がこんな気持ちにさせたんだ。こんな終わってしまった世界で、僕に何をやれって言うんだ」


 しかし胸の高鳴りは何故か留まる事を知らない。


「気の迷いなんか持つな。もう僕には何も出来ない。何も変えられない。今更過ぎる。全ては終わってしまったんだ。絶望となった未来への片道切符を切った僕に、過去は変えようが無……」


 自分の言葉が刺さる。


「……片道……切符」


 ――片道切符を切らせてくれ。


 その言葉が頭の中を巡る。


「片道……誰に……」


 頭の中で引っ掛かるワードが、恭介を駆り立てる。


「誰かに……言わないと……」


 記憶の中に掛かった霧が、恭介を惑わす。


 そうして頭を悩ませていると。


「恭介さまッ」


 遠くから、ジェネが恭介を呼ぶ声が聞こえた気がした。


 恭介は意識を聴力へと集中させる。


「恭介さま、逃げてッ」


 姿は見えないが、ジェネが自分を呼ぶ声が確かに聞こえた。


「ジェネ……ッ!?」


 恭介は身体を起こして立ち上がった。


 ジェネが自分に逃げろと言っている。これはつまり、ジェネに何かがあったのだと恭介は思った。


「……身体は老いて劣化した。しかし体内に感じるマナは変わっていない」


 しわくちゃになった両手を見て、呟く。


「……≪ディバインドデス≫」


 マナエネルギーが失われた世界で魔法が発動するか些か疑問だったが、僅かな環境マナがあったのか、恭介の即死魔法は発動した。


「キャンセルマジック」


 そして魔法を中断し、身体へと取り込む。


 神聖変異は無事成功した。


 老いた身体は変わらなかったが、背の白き翼は変わらずに生まれてくれたのである。


 恭介は翼をはためかせ、飛翔する。


「……ジェネ。今行く」




        ●○●○●




 ――ジェネは想定外の出来事に遭遇していた。


 絶望に打ちひしがれて、全てにやる気を無くしてしまった恭介を見ていたくなかったジェネは、灰色の海の中を独り、彷徨っていた。

 

 ジェネも初めて入る灰色の海の中には、生物らしきものは一切見受けず、ただ腐敗と死臭、そして負のオーラだけが蠢く海である事を感じさせられていた。


 そんな中を無心でひたすらに泳ぎ続けていると、前方に淡い光りが見える。


 それが気になりゆっくりと近づくと、その光が魔法陣の紋様から発せられている光である事がわかる。


(これは……転移用魔法陣!?)


 海中に何故か浮かび上がる転移用魔法陣。


 それが光を放つという事は、何者かがここに転移してくるという事なのである。


(まだこの世界に生きている者が……!? いえ、それだけじゃなく、転移する為の環境マナエネルギーがまだあると言うの!?)


 ジェネはこの世の全ての環境マナは枯渇したのだと思っていた。


 しかしこの転移用魔法陣の光りがそれを否定している。


 海中の岩陰に隠れ、しばらくその魔法陣を眺めていると、予想通りそこから何者かが転移してきた。


 そこに現れたのは。


「人族……?」


 ジェネにはハッキリと認識する事は出来なかった。


 黒衣を纏い、更に顔を隠すような白い仮面。そして奇妙で巨大な死神の鎌のような物を携えた何者か。


 何よりもジェネが恐怖したのは、その禍々しいほどのマナエネルギーだ。


 それらの装い全てから、その存在はまるで死神と言っても過言ではないと言えた。


「……あちら、ですね」


 その黒衣の死神は、とある方向を見て呟く。


「……やっと見つけました。狭間恭介」

 

 そう呟き、その黒衣の死神はスゥーっと海中を上昇して行った。


 ジェネはこの人族らしき者が何者なのか、さっぱりわからなかったが、恭介を脅かすナニカである事だけはハッキリと理解した。


 だから、ジェネはこの死神を追いかける。


「恭介さまは私が守ります……ッ! だから恭介さま、逃げてッ!」




        ●○●○●




 恭介はジェネの声がした方へと、灰色の海上の空を舞っていた。


 空を舞いながら改めて世界を見渡す。


「……本当に地獄絵図のようだ。何もない。誰もいない」


 死臭と腐敗臭の漂う灰色の海がただ、延々と続いていた。


「建物も島もないから、このまま飛び続けていると方向感覚が狂いそうだな……」


 そんな事を呟いていると、前方の空に何かが浮かんでいるのが窺える。


「……人、か?」


 恭介が遠目でそのナニカを確認した直後。


「恭介さまぁッ! お逃げくださいッ!!」


 そのナニカの下方向、灰色の海上で浮かぶジェネの叫びが届く。


「え……?」


 恭介がその声に気づき、ジェネのいる方に視線を移すと同時に。


「……なっ!?」


 一瞬の間で、目の前にそのナニカは迫っていた。


 眼前に現れた白い仮面の死神に恭介が驚く。


 巨大な鎌を携えた死神は、




「……久しぶりですね、狭間恭介? ふふふ」





 そう言って、小さく笑うのだった。





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