十七話 サンシャインリチュアル
残る大ボスはナーガラージャだ。
ナーガがほぼ駆逐されたあと、奴がどう出るかが気になるところだったが、思ったよりも素直に姿を現してきた。
「アレがナーガラージャか……」
森の木々の合間を縫うように、人よりもやや体躯の大きな、下半身が蛇で上半身が女性の人型をしているモンスターがこちらに向かってくるのが見える。
さて、どう対処するかな、と恭介が頭を回そうとした時。
「おぬしら、アレをどうするつもりだ?」
恭介らの近くで弱りきって、ぐったりしているヴァナルガンドがそう尋ねる。
「どうするって、そんなの決まってる。ぶっ倒すんだよ」
恭介は不敵に笑い、そして冷静に答えた。
ナーガラージャが迫ってくる速度はヴァナルガンドの足より遥かに遅い。というより、警戒しながら近寄ってきているのだろう。
ジェネの話ではナーガラージャはかなり慎重な性格であるため、恭介らの即死魔法を間違いなく意識していると思われるそうだ。
「さて、ジェネ。アイツは遠距離魔法は使うのか?」
「私が知る限りでは、ナーガラージャが扱う最も射程距離のある魔法は、射程十メートル弱のアイスニードルくらいかと」
「なるほど、じゃあヴァナルガンドの時みたいなことはないな?」
「と、思われますが、奴も馬鹿ではないので、何かしらの策は講じてくるかと」
出来れば耐性のある攻撃手段で来てもらえればありがたいが、果たして……。と、恭介が思っていると、その会話にヴァナルガンドが割り込んできた。
「なぜ……我を助けた?」
ヴァナルガンドは、どうしてもそれだけは聞いておきたかった。
「んん? うーん、なんでだろうな?」
「我は貴様を、我が子らに食わせようとしたのだぞ?」
「まあ、そうだねぇ。ガルドガルムの大群は怖かったよ」
「我は貴様を、苦しめたのだぞ?」
「まあ、そうだねぇ。おかげで体験したことのない痛みを覚えたよ」
「我は……我は貴様を、殺したのだぞ!?」
「まあ、そうだねぇ。おかげで良い耐性が手に入ったよ、ありがとさん」
「……ッ」
ヴァナルガンドは絶句した。
目を丸くして、ただ言葉を失った。
そして――。
「……っく」
顔を下げて少しだけ震え、
「くはーっはっはっはっはっはっはっ! 初めてだ! 殺した相手に謝辞を述べられたのは! はーっはっはっはっはっはっは!」
ヴァナルガンドは豪快に笑った。目に涙を浮かべてしまうくらいに、それはおかしかったらしい。
「そりゃあそーだろ。死んだあとに会話できる存在なんて、普通ありえないもんな」
「はっはっは! そうだな! くっくっく……」
ヴァナルガンドは笑いが止められなかった。
目の前の、不思議な存在との会話が面白くて面白くて仕方がないのだ。
「くくく。貴様、恭介とか言ったな。貴様が我が子らを殺戮したことについては水には流せんが、助けられた恩くらいは返そうと思うぞ」
ヴァナルガンドはそう言い、スゥーと呼吸を整え、
「……天にあまねく精霊たちよ、我が敵を穿つべくそのチカラを集結せよ。我が望むは至高の紫電、汝が望むは痛みなき消滅。我が欲する神々が槌、天から土へと降り下ろせ。類なきチカラをその身に受けよッ」
詠唱を口早に唱える。
「それは……!?」
ニヤ、とヴァナルガンドは恭介を見て笑う。
「≪トール・ハンマー!≫」
魔法名を読み上げるとほぼ同時に、天から遠目で見えるナーガラージャに向け、瞬く間に極太の雷撃が走る。
周囲の音を掻き消し、目も眩むほどの光を放ち、そしてさすがの威力でトールハンマーは、いまだ距離の離れたナーガラージャへと直撃された。
ナーガラージャはヴァナルガンドの詠唱に気づいていた。だから、詠唱を開始した瞬間、踵を返して引き返そうとしていた。しかし、その速度よりもヴァナルガンドのトールハンマーが圧倒的な早さで降り下ろされた。
ナーガラージャにとっては想定外だったのだろう。そもそもナーガによって弱りきっていたヴァナルガンドが、よもやこちらを攻撃してくるなどとは思わなかったのだ。
「……一度食らった身だからわかる。相変わらず凄まじい威力だな」
トールハンマーの雷撃を見て、恭介は再びその威力に感服させられる。
「もはや我にアレを放つチカラはない。だが、恭介よ。あやつはあれしきでは、死なん」
ヴァナルガンドは、雷撃を落としたナーガラージャの方を見据えて呟く。
「アレを食らって死なないなんてありえるのか!?」
「それを貴様が言うか」
「いや、僕は死んでるぞ」
「……ふむ? まあそれについてはあとで聞かせてもらおう。あやつを見てみろ」
雷撃の衝撃によって抉れた大地から舞う、土埃が少しずつ晴れていく。そこには消滅などせず、変わらぬ姿のナーガラージャが居た。
「恭介さま! ナーガラージャは健在です!」
ジェネもあの威力を受けて生きているナーガラージャに驚かされたのか、声を荒げる。
「あやつのユニークスキルだ。ナーガラージャは一日に一度だけ超回復することができる。『脱皮』というユニークスキルだ。自分で意図して脱皮することも出来るが、致命的ダメージを体に負った場合は、自動で脱皮スキルが発動する」
つまり、ヴァナルガンドのトールハンマーによる大ダメージを脱皮によって、自動回復させたということである。
そもそもトールハンマーを受けて一瞬で消滅しないこと自体も驚きなのだが。
「……その答え方からすると、ヴァナルガンド、お前はナーガラージャのことを結構理解しているんだな」
「あやつとやり合ったのは、一度や二度ではないからな。それよりも来るぞ」
ヴァナルガンドが言うと同時に、恭介らのウルティメイトデス射程の外側でナーガラージャは奇妙な動きを始めた。
ぐるぐると同じ場所で円を描くように周り、女性の人型をした上半身の両腕を天に向かって広げたかと思えば、次に手を組んで祈りを捧げるような格好を、何度も何度も繰り返す。
「あれは……?」
「あれは奴の技法。十八番の中の十八番だ。空を見てみろ」
ヴァナルガンドの言葉を聞き、見上げてみると、信じがたい現象が起きていた。
「日が……登り始めてる!?」
先程まで、もはや夕刻になろうと太陽は沈みかけ、茜色に染め始めていたはずの空が、徐々に青みがかっていく。沈んでいた太陽が逆転するように、再び登っているのだ。
「……我はここまでだな」
ヴァナルガンドは諦めるように、小さく呟く。
「恭介さま、わかりました。アレは技法『サンシャインリチュアル』です!」
ジェネ曰く、サンシャインリチュアルとは、技法の中でも最高峰の難度と言われ、扱えるものはこの世界でたったの二人しかいないと言われている伝説級の技法であり、その儀式が完全に完遂した時、天に輝く太陽光が目標である対象者に向けて集中照射し、骨まで焼き尽くす秘技である。
「これまでなら、我が足の速さであの儀式を完成させることなどしなかったが、今は猛毒による衰弱で動けん。もはやここまでか」
もの凄い早さで、空気中の温度が上昇していくのがわかる。今はまだ、真夏の強い日差し程度だが、あの儀式が完成する頃には、恭介らがいる辺りは太陽光だけで草花すら燃やしてしまうほどになる。
それを局所で食らわせられたら、ひとたまりもないだろう。
「まさか超広範囲のサンシャインリチュアルが使えるとは流石に想定外でした。ヴァナルガンドのトールハンマーもそうでしたが、私が眠っていた百年で色々変わっていたのですね……」
ジェネは自分の不甲斐なさにしゅん、と肩を落とした。
「それは仕方ないさ。それより、アレを食らうとどうなるかな?」
「まず間違いなく死亡致します。ここにいる者は全て灰となるでしょう」
「僕はアレの耐性があるか?」
「近しい耐性がファイアマジックですが、あれは炎系魔法であり、ナーガラージャの技法は太陽光の熱による攻撃なので別物ですね」
「つまり一回死なないとダメってことか」
しかしそうなると、残されたヴァナルガンドは間違いなく殺されてしまうだろう。
恭介にとってヴァナルガンドはそもそも敵だった存在であったし、特に思い入れのある友人というわけでもない、今出会ったばかりのただのいちモンスターにしか過ぎない。
だが、それでも。
戦えない者に手を差し伸べないようなことは、できる限りしたくない。
「どうするか……」
しかしこの距離だと、恭介のウルティメイトデスの効果範囲まで近づく前には、ナーガラージャのサンシャインリチュアルでやられてしまう。
「恭介よ。貴様は我までを救おうとしているのだろう? そのような真似はせずともよい。我がここでナーガラージャめに討たれるのは、弱肉強食における自然界の流れ。我は弱かった、それだけよ」
そんなふうに、すでに命を諦めているヴァナルガンドに対し「はい、そうですか」と、あっさり認めてしまえるほどクールな性格でいられたらどんなに楽だったか、と思った。
「……もうじきあやつの儀式も完遂する」
ヴァナルガンドは完全に諦め、体を地面に預け死を待つだけと瞳を閉じた。
「いちか、ばちか……」
恭介はひとつの賭けに出ることにした。




