百七十七話 アスタロトの計らい
「……まぁ、見せただけじゃわからない、か」
恭介は残念そうに呟き、フレアアローを放った右手を降ろす。
「じゃあ、お前たちがギリギリ生きていられる程度に、物理的に攻撃してやるよ」
恭介は笑いながら、身構える。
相手の戦闘能力は2体共に1000を超えているが、やはりその程度でも恭介の敵ではない、と恭介はこれでわかった。
手加減をするのは、この悪魔たちから情報を得る為だ。
「しっかり防御に意識を回せよ? でないとお前たち、死ぬぞ」
恭介は再び笑う。
「馬鹿にしやがってぇーーーッ!!」
「僕の本気を見せてやるッ!!」
そしてグラニスとシグルドが叫んだ。
直後、それに合わせて恭介はその姿を消す。
いや、正確には彼らには消えた様に見えたのである。
「ど、どこに!?」
「シグルド! 後ろだッ!!」
恭介を見失ったシグルドの背後に、恭介はすでに回り込んでいた。
「そら」
と、言いながら恭介は軽くシグルドの背中を平手打ちした。
「ッ!!!」
バチィィイイイイイィッンンンッ!!
と、激しい肌が張り裂ける様な音が響き渡る。
「ッんぐっはぁーーッ!?」
それと同時にシグルドは息を詰まらせる様な声を出し、物凄い勢いで雪の積もる地表へと叩きつけられた。
「あー、ちょっと強かったかな?」
上空で恭介が頭をかきながら落下したシグルドを見る。
「シ、シグルド……ッ!」
グラニスがその異常なまでの平手打ちの威力に畏怖した直後。
「……よそ見は感心しないな。お前たちは僕の攻撃だけに集中し、死に物狂いで防御に徹するべきだ」
「ッ!!」
と、グラニスの背後で恭介が囁く。
「こっこのッ」
グラニスはそう言いながら振り返りざまに、自慢の爪で恭介を切りつけようとするが、
「遅い」
ピタッと、その爪は恭介の左手の指先で止められてしまう。
「さあ、歯を食いしばれよ」
そしてお返しと言わんばかりに、恭介の右の平手打ちが今度はグラニスの頬を叩いた。
「ッか!!?」
パァーーーーーッンンン!!
と、耳をつんざく様な破裂音と共に、グラニスも地表へと叩きつけられ、人型に雪の穴が出来上がった。
「まあ死んではいないだろう。だいぶ手加減して、叩いたからな」
恭介はそう言いながら、自身も雪の積もる地表へと降り立つ。
そして雪に埋もれたグラニスを探し出し、その髪の毛を掴み上げる。
「……っう……ぁ」
左の頬をパンパンに腫らし、悪魔特有の鋭利な歯をところどころ欠損し、間抜けな面となってしまったグラニスが呻き声をあげる。
「さて、グラニスくん。どうする? まだ参ったって言わない?」
「……う……だ、誰が……言うか……」
苦痛の表情を浮かべながらも、グラニスのプライドが敗北を拒絶する。
「そっか。じゃあ今度はサンドバッグになってもらうよ。限界だと思ったら参ったって言ってね。言わなければそのまま死んでもらうよ」
恭介はそう言って、左手でグラニスの顔面を掴み、右手で緩いパンチを腹部へと打ち込む。
「っぐ!? がはッ!!」
軽そうに見えるその一撃で、グラニスは血反吐を吐き出す。
「さて、行くぞー」
そして恭介は宣言通り、何度も何度もパンチを色んな部位へと打ち込む。
「っぐ! がっ! う! ごふっ!!」
一発打たれるたびに、グラニスは苦痛の表情に顔を歪ませる。
「そら、そら、そら」
恭介はなるべく軽めに、素早くパンチを連発させた。
その方が痛みを何度も何度でも、体験させる事が出来るだろうと思ったのだ。
「少しだけ加速するか」
なかなか根を上げないグラニスに対し、恭介はパンチを打ち込むスパンを更に短く、連射する。
パパパパパッと、もはや音を置き去りにする程の速度で、恭介のパンチによる連打がグラニスを痛めつける。
「はあッ! はあッ! ……ぅ……く、ば、化け物か……」
その様子を、遠目で見ていたシグルドがそう呟く。
「ほらほらどうした? まだ参らないのか? ん?」
恭介は右手の連打を繰り出しながら、グラニスに問いかける。
「……ぅ……ぁ……」
グラニスの呻き声を聞き、そこで恭介は一度、攻撃を止めた。
「まだ生きてるな。さすがは戦闘能力1000超えてるだけある。で、どうだ? 参ったか? もう時間稼がれても面倒くさいし、これで参ったって言わないなら、次の一撃で確実にお前を殺すぞ。そして……」
恭介はチラリ、とシグルドの方にも視線を送り、
「その直後、シグルドって方も、一撃で殺す」
そう呟く。
「いいか? グラニスくん。ちゃんとよく考えて答えろ。もし万が一、これでも参っていないと言うのなら、お前とシグルドを殺す」
恭介は一際声のトーンを落とし、そう脅しを掛ける。
「さあ! 答えろ悪魔ども!!」
そして声を大にして怒鳴り上げた。
その威圧は、本物の殺気であるとグラニスもシグルドもすぐに理解する。
そして。
「……ま、まい……った……」
グラニスはついに心折れ、敗北を宣言したのだった。
●○●○●
「まさか本当にグラニスとシグルドがやられてしまうとはな……」
ルシフェルが呟く。
「はい……しかもこの子供、まるで本気ではありません」
アスタロトが冷や汗を流して答えた。
「うむ。まるで赤子の手を捻るかの様に、弄んでいただけであったな……」
「……この子供相手では、私も間違いなく瞬殺されるでしょう」
アスタロトは冷静に自身の実力と比較する。
「そうであろうな。妾とて、わからぬ」
「い、いえ! ルシフェルさまはそんな事はございませぬ!」
「……どうであろうな。ちなみにアスタロト、お前の見立てでこの子供の戦闘能力はいかほどに見積もる?」
「……そう、でございますね」
「妾に忖度などするなよ。正直に申せ」
「……は。おそらくですが、3000くらい、かと」
「3000、か……。このオルクラでそんなレベルの人族が存在しようとはな。今のこの妾より上、か」
ルシフェルは小さく笑う。
「あ、あくまで私の見立てに過ぎません! ですが、敵は強く見積もる方が手を打ちやすいかと考えまして……」
「うむ、気にするな。妾もそのくらいではないかと見ている」
「……実に恐ろしき子供です」
「あの子供がなんの用でこのデーモンパレスを目指して来ているのかわからぬが、このままでは妾たちと正面衝突するのは必至……」
「はい。ですのでまことに勝手ながら、些か卑怯ではありますが、私が手を打たせてもらいました」
「ほう?」
「……クロフォードに奴の仲間を襲わせましてございます」
「なるほど、それでクロフォードの奴めはグラニスたちと別れたのか」
「はい。事前に手は打っておこうかと」
「うむ。さすがは我が忠実なるしもべよ」
ルシフェルとアスタロト。
悪魔たちの計略が、恭介の仲間たちを襲う――。
●○●○●
「恭介さまッ!」
ヴァナルガンドが声を上げて走り寄ってくる。
「どうしたガンド? 僕は待っているようにと言っただろう?」
「そ、そうなのですが、大変な事が……! 緊急事態と考え、我らのみ、恭介さまの元へとやってきたのでございます!」
そのヴァナルガンドの言葉通り、恭介のもとにやって来たのは、ヴァナルガンドとアンデッドのマリィとフレデリカだけだったのである。
恭介は降参したグラニスとシグルドから、ロクサンヌたちの情報を聞いている最中に、その緊急事態を知らされる。
そしてその内容は。
「エスたちが……攫われた、だと!?」




