百七十六話 強き者たちのプライド
恭介はこの敵をどう処理しようか考えた。
ここでマインドブーストを使う事まではしたくない。
ジェネにも言われている通り、マインドブーストのデメリットが徐々に強くなってきているからであった。
(……とりあえず、この究極強化状態で、少しだけ本気で戦ってみるとするか)
恭介はこの状態で、まだ実力を100%引き出した事はない。
レヴァナントとの戦いにおいては、いくつかの攻撃魔法と即死魔法で戦っただけであった。
「さあ来い、悪魔ども。僕が遊んでやるよ」
「舐めやがってクソガキがぁ……」
グラニスが睨みを効かす。
(文字通り、遊んでやる。その方がこういう奴には色んな意味でダメージが大きいだろうからな)
「行くぞ……最初っからクライマックスだぜッ!!」
恭介がそう思うと同時にグラニスが雄叫び、
「≪パワープラス≫、≪デフプラス≫、≪スピードプラス≫、≪マジックプラス≫」
シグルドがすぐさま強化魔法を自分とグラニスに掛ける。
「ナイスだシグルド! オラァーーッ!!」
そして背の翼を羽ばたかせ、恭介へと突撃する。
「さて……」
(動体視力に集中)
呟きながら恭介は意識を高める。
一気に距離を詰めてきたグラニスは、その右拳を恭介の顔面目掛けて打ち抜く。
それを恭介は顔だけを少しずらして、ギリギリでかわす。
「まだまだ行くゼェー!」
更にグラニスは蹴り技や爪による攻撃などで次々と追撃してくる。
その全てを恭介は受けずに、ひたすらすんでのところでかわし続けた。
(この悪魔、かなりの速度だな。マインドブースト無しだと、結構集中しないと攻撃が当たりそうだな)
「くくく! 今回は必死に避けてるな!? わかってるぜぇ! テメェはこの俺の爪を恐れてやがんだろ!?」
グラニスが笑いながら、追撃を続ける。
「察しが良いのはさすがだなァ! テメェの思ってる通り、俺の爪の猛毒にびびってやがんな!」
「毒だかなんだか知らないが、御託は要らないからさっさと僕に当ててみろ」
「っは! テメェこそこの速度に対応出来んなら反撃してみろやぁ!!」
グラニスは追撃を続け、恭介はひたすらにそれを宙でかわし続けた。
『恭介さま、背後に!』
ジェネが突如、体内で声をあげる。
と、同時に背後から強烈なマナ反応を感じた恭介は、瞬時に更に上空へと飛翔した。
直後、恭介の居たところに、またもや無数の炎の矢が放たれていった。
「あ、アレをあのタイミングで避けるなんて……」
フレアアローを恭介の背後から撃ち放ったシグルドが、まさかの回避に驚く。
「ふう、なんとか避け切れたけど、今のは当たるかと思った」
恭介は少しだけ冷や汗をかいて呟く。
「じゃあこれは避けらんねぇだろ!?」
フレアアローに気を取られた恭介の更に上空に回り込んでいたグラニスが、恭介の頭上から踵落としを振り下ろす。
(早いッー!)
恭介が思うと同時に回避を試みるが。
ドォンッーーーーーーーーッッ!!!
と言う、大地を揺るがす程の振動と共に、グラニスの踵がついに恭介の頭にヒットする。
そして。
「っぐ……はッ!?」
その反動で身体が吹き飛ばされて、予想外のダメージを負ったのはグラニスの方であった。
「ど、どうなってやがるん……だ……!?」
そう言いながら、吹き飛ばされつつ、グラニスが怪訝な表情で恭介を睨む。
「な、なんでグラニスが吹っ飛んだんだ!?」
その様子を見たシグルドも驚愕の顔をした。
「……あーあ。当たっちゃったか」
恭介は残念そうに呟き、頭をポリポリとかく。
「あ、当たっちゃったかって……グラニスのあの攻撃を食らって、なんともないのか!?」
シグルドが声を荒げる。
「なんともないと言うより、そのグラニスくんの方がダメージが大きいんじゃないのか?」
恭介が言う通り、吹っ飛ばされたグラニスはその踵落としによるダメージを全て自身で受けていた。
それは単純に、恭介の耐性による『反射』の影響である。
前回、グラニスと戦っている時、恭介は反射を意識しなかった。
なので今回は耐性『殴打』への『反射』を意識したのである。
「……っく。テ、テメェ、一体何をしやがった!?」
吹っ飛ばされたはずのグラニスは、すぐに態勢を整えて、再び恭介の前へと迫る。
「ゲームは僕の負けだなあ」
「ゲ、ゲーム、だと!?」
「ああ、こんなのゲームさ。まあまあ強いかもしれないキミたちの攻撃を、全てギリギリで回避できるかのゲームさ。でも僕の負けだけどね。当たっちゃったからさあ。ははは」
恭介は馬鹿にする様に、グラニスたちを嘲笑ってそう言った。
「「……ッッ」」
グラニスとシグルドは目を見開いて、絶句した。
この子供を舐めていたのは、自分たちだという事を思い知らされてしまったからである。
「……グラニスにシグルド、って言ったな」
恭介は不敵に笑ったまま、言葉を続ける。
「お前たちは所詮傀儡だろう? お前たちのボスはお前たちより強いんだよな?」
「……さあな」
グラニスはその問いにまともに答えようとはしない。
「だが、さっきの女アンデッドの事と言い、今の質問と言い、両方ともちゃんと教えてやっても良い」
グラニスは観念したかの様に、そう呟く。
「へえ? じゃあ教えてくれよ。場合によってはお前たちを殺さないでおいてやってもいいぞ?」
恭介はとことんグラニスたちをこけ降ろす。
「……ッ!」
ギリっと悔しそうにしながら、
「テメェが、この俺に参った、って心から言わせられたらなあ!!」
グラニスはそう叫んで、再び恭介へと特攻した。
(うーん、やっぱりあれだけじゃまだ言う事は聞かないか。だったら――)
恭介は思いながら瞳を少しだけ閉じる。
(少しだけ、恐怖ってやつを教えてやるとしよう)
そして、体内のマナをギュウっと凝縮し、手のひらに集中させるのだった。
●○●○●
「な、なんだ……なんなのだ、この子供は!?」
魔王の玉座でルシフェルが魔水晶を食い入る様にみながら、声を震わせた。
「わ、わかりません! こ、こんな人族の子供が……一体……!?」
アスタロトもあまりに想定外な恭介の様子に、驚愕している。
「……アスタロト、正直に言え。この子供と妾、どちらが強いと思う?」
魔水晶に映し出されているグラニスたちとの戦闘を眺めたまま、ルシフェルは尋ねた。
「わかり……ません……」
「……わからない、か」
「で、ですが! ルシフェルさまには類い稀なるユニークスキルと、伝説の武具がございます! ゆえに総合的に見て、ルシフェルさまの方が上かと……」
「……むう」
アスタロトの言う通り、ルシフェルには武具に関する専門的なユニークスキルを持っていた。
伝説級の魔武具は、ユニークスキルなどでカバーしない限り、まともに扱う事は出来ない。
ルシフェルには稀有なスキルである『全武具装備』というものがあり、これがルシフェル随一の強みであった。
「……恭介、か。かのような恐ろしい人族が存在しうるとはな」
ルシフェルは未知なる強さを持つ人族の少年と、グラニスたちの戦いをジッと見据えるのだった――。
●○●○●
「……な、なんだ……そりゃあ……!?」
グラニスは自身の背後を見て、声を振るわせていた。
何故なら、グラニスの遥か後方にあった大きな雪山の一部が、恭介の放った魔法によって抉れてしまっていたからである。
「何って、見た事あるでしょ。さっきそこのお前……えっと、シグルド、だっけ? そいつが放ったものと同じ、ただのフレアアローだよ」
恭介は右手の人差し指を前方に向けたまま、淡々と答える。
「あ、アレが僕と同じフレアアロー、だって!?」
「そ、そんな低級魔法で、あんな馬鹿げた威力、だと……!?」
シグルドとグラニスが恭介の放ったフレアアローによって、山の斜面が直線上に抉れた跡を見て、震える。
「ちょっとマナを凝縮させたけどね。ちなみに虚勢でもなんでもなく、今の威力はまだ実力の30%ほどだからな」
「「……ッ!!」」
恭介の言葉にグラニスとシグルドは再び絶句する。
ふたりとも、もう充分に理解していた。
恭介のこの言葉が全くデタラメなんかではないと言う事を。
しかしそれでも。
「……それでも、黙って降参なんか、するかよッ!」
元勇者としてのプライド、そして悪魔となって強力な力を得た自分への自信が、安易な降伏を認められなかったのだった。