百七十三話 勇者たちの邂逅
「お前、恭介ってヤツとどういう関係だ?」
グリーンの髪色の悪魔がロクサンヌに詰め寄って来る。
「わ、私は……た、ただの野良のアンデッドよ!」
ロクサンヌはこの得体の知れない悪魔に下手な情報を与えてはいけないと思い、はぐらかす様にそう答える。
「ああ? んなわけあるかよ。テメェ、さっき恭介さま助けて、とかって言ってやがっただろうがよぉ。だいたい野良のアンデッドでそんなに知性が高い奴がこんな所を彷徨いてるわきゃねぇだろうが」
ロクサンヌはなるべく小声で恭介に助けを求めたのだが、悪魔たちに聞かれてしまっていたようだった。
「……ま、テメェが答える気がねえなら、殺すだけだがな」
グラニスがそう言って、右手の爪を鋭く伸ばして構えたその時。
「おい、グラニス」
寡黙な悪魔のひとりが、ロクサンヌに近づく悪魔の名を呼んだ。
「……そんなアンデッドの事などどうでも良い。それより貴様、私の言葉をどう思っているのか、と先程から再三、尋ねているだろうが」
そう言いながら、体躯の良い悪魔のグラニスの元へと寡黙な悪魔が歩み寄って来る。
ロクサンヌが見ていたのはこれである。
この黒いジャケットスーツ型のフォーマルな着こなしをしている悪魔が、ふたりの悪魔と言い争いっていたのだ。
「ああ!? しつけーな、クロフォード。テメェは何様のつもりなんだよ!?」
グラニスがクロフォードと呼んだその悪魔に向き直る。
「私は先程から聞いているだろう。貴様はその力を何の為に使いたいのか、と」
「んなもん、自分の為に決まってんだろうが! 俺やシグルドはテメェとはちげえんだよ!」
「そういう事だね。僕らには僕らの考えがある」
グラニスの言葉に、脚の長い白髪の中性的な男の悪魔が会話に混ざる。
「貴様らの考えがあるのは大いに構わん。だが、我らはいまやルシフェルさまに逆らえない身。心までは奪われておらずとも、力の振るい方ぐらいはわきまえよ」
グラニスが眉間に激しくシワを寄せて、クロフォードに詰め寄る。
「……ぁんだあ? テメェ。俺らに説教しようってのか? 俺らはこれでも勇者だ。戦闘能力もテメェとは段違いなんだぜ? そこんとこわかってんのか? あ?」
「……愚かな。戦闘能力の差は技術と魔法、そしてスキルで補えば良いだけの話」
「っは! じゃあ何か? テメェは本気でやりゃあこの俺に勝てるってのか!?」
「……ふ。造作もないだろうな」
ブチブチィ! っとグラニスの頭の血管が切れるのではないかと思う程に、その顔を紅潮させる。
「……クソがよぉ。同族の掟って縛りがなけりゃあテメェなんざ秒で殺してやってるぜ」
グラニスはクロフォードの眼前に迫って、腹の底から湧き出るかのようなどす黒い声で、そう睨みを効かす。
「それは残念だな。どちらにせよ、私はこの力を可能な限り、有効活用させてもらう」
「はあ? じゃあ逆に聞くが、テメェは一体何がしてぇってんだよ?」
「……私は人族を殺す。それも各国の政界有権者や無思慮な冒険者たちを主軸にだ」
「なんだぁそりゃ? それで何をするんだ?」
「ルシフェルさまを王にする。オルクラの王にだ」
「へえ!? 悪魔になった途端随分とあの化け物魔王に惚れてんだなあ!? テメェはああいう女が好きなんだな!?」
「……そうではない。ルシフェルさまは強大な力を持っているだけではなく、思慮深いお方だ。元我が母国アドガルドの王族たちよりも、王に相応しい」
「そうかよそうかよ! 勝手にしろ! どっちにしても俺とシグルドはルシフェルとアスタロトのヤツらを認めねえよ。アイツらは勝手に俺たちを改造しやがったんだからなぁ! 同族の掟ってのがあるからよ、ルシフェルやアスタロトに攻撃はできねえが、その呪縛から解き放たれる方法を俺たちは探す!」
グラニスがそう叫ぶと、クロフォードは小さく溜め息を吐いて、
「……貴様の低俗な考えはわかった。せいぜい勝手にするが良い。私は行く」
そう言うと、背中の翼を広げ、その場から飛び去って行ってしまった。
「……っち! たかが元アドガルドの魔法師だったくせに、生意気なヤローだ」
グラニスは飛び去っていくクロフォードを見ながら悪態をついた。
「……ほっとこうグラニス。僕らは僕らのやりたい様にやればいい」
「ああ、そうだなシグルド」
「で、グラニス。このアンデッドはどうするんだい?」
シグルドがそう尋ねると、
「……アイツから受けたストレス発散に……」
グラニスがロクサンヌの方をギロリと見た。
「コイツを痛ぶらせてもらうとするかぁーッ!」
「っひ!」
そう言いながらロクサンヌに突如、襲い掛かる。
グラニスは右手の伸ばされた爪で、ロクサンヌを切り裂こうと振りかぶった。
ロクサンヌは急に襲い掛かってきたグラニスに驚き、恐れたが、爪での攻撃なら自分には当たらないだろうと思った。
が、しかし。
「え……?」
ロクサンヌの幽体であるはずの左腕が切り裂かれ、それと共に強烈な痛みが襲う。
「き、キャァアアーーッ!!」
ロクサンヌはあまりの痛みに、思わずその場へ座り込む。
「う……ぅ……」
まるで生身の身体の様に、痛烈な苦しみを感じさせられていた。
「アンデッドに物理攻撃は効かねえ、なんて思って油断してやがったな? そう、たかを括ってやがったなあ!? くはは! 馬鹿めが!」
グラニスは声を大にして笑った。
「そりゃあ完全な物理攻撃なら、当然ダメージは通らねえよ。だが、それが物理攻撃じゃなく、魔法攻撃ならなんら問題はねえだろうがよぉ!」
切られた左腕を抑えながら、ロクサンヌは混乱していた。
爪や剣による物理攻撃がアンデッドに通じないのがオルクラのルールでありシステム。
逆に言えば魔法攻撃だけは通ってしまう。
「ま、まさか……魔法剣、みたいな攻撃なの……? でも、それにしてもこれは……うぅ……」
熱と痛みがロクサンヌを襲う。
アンデッド相手の場合、基本は魔法や技法で戦うのである。イニエスタなどが扱う魔法剣なども魔法ダメージとして有効な手段だ。
「……くくく。ご明察の通り俺の爪に魔法力を乗せてカバーはしているが、当然それだけじゃねえのはわかんだろ?」
ロクサンヌが一番困惑しているのは、この異常なまでの『痛み』だ。
もちろんアンデッドが魔法攻撃によるダメージを負った場合、多少なりとも苦しさ、痛みを感じる事はあるが、生身の肉体を失ったアンデッドは、そこまで強い痛みを覚える事はない。
しかしこのグラニスの爪に切られた腕は、異様なまでに強烈な痛みを与えられているのである。
「そりゃあな、魔法だよ。お前らは知らねえだろう? 悪魔族の一部のヤツだけに使う事が許された魔法『ペイン』をなあ!」
「ぺ、ペイン……?」
「ペインって魔法はな、掛かった対象に強烈な『痛み』を与えるんだよ。本来なら痛点がほぼないと言えるアンデッドも、この『ペイン』の前じゃ生者の肉体が裂かれる痛みと同等の苦しみを味わえるってわけだ。生身の人族なら痛みだけでショック死する事すらあるんだぜ?」
グラニスは簡単にそう説明した。
「さあ、覚悟しやがれ……」
グラニスはニヤっと笑ってロクサンヌの眼前に立ちはだかる。
「……『ペイン』の魔法が掛けられたこのデーモンクローで、テメェの身体をバラバラにしてやるぜ。さっき以上の痛みに悶え苦しみながら、昇天しろや」
ロクサンヌはこれで殺されれば恭介の元へ還れるはずだ、とはわかっているものの、この痛みよりも強い痛みに苦しめられるのかと思うと、恐ろしくてたまらなかった。
「や、やめ……恭介さま、助け……!」
「じゃあな、アンデッド」
ロクサンヌは思わず瞳を閉じた。
グラニスは不敵な笑みと共に、その爪でロクサンヌを切り裂く。
――事はなかった。
キィイインッ! という音と共に、グラニスの爪は何かによって折られ、飛ばされていったからである。
「……なん、だと?」
まさかの状況にグラニスが目を見開く。
グラニスとロクサンヌの間に入って現れたのは、
「……それ以上は私が相手だ。悪魔よ」
細身の剣をグラニスへと向けて、声をあげるメタリックグリーンの軽鎧を着たミッドグランドの勇者。
カシオペア・グランクルースであった――。