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十六話 理外の存在

 耳障りな声がする。


 声、というより生物の喚き声、鳴き声とも言うべきものか。


 それが煩わしいな、と思い始めると同時に恭介はゆっくりと瞼を開いた。


「……ぅ……あ、ここ……は」


 目覚めると、すぐ近くで奇妙な光景が目に入る。


「ヴァナル……ガンド……?」


 どうしてこうなっているのかは、よくわからない。


 しかし今、眼前で、ヴァナルガンドに絡み付いているたくさんの紐のような何かに、この魔物が苦しめられている、ということだけはわかる。


「ヴヴヴ……グルァーーアッ!」


 その苦しむ鳴き声が響く。


「どういうこと……だ?」


 恭介が不思議そうにそれを見ていると、


『恭介さま!』


 と、脳内で響くジェネの声が聞こえた。


「ジェネ! よかった、無事だったか」


『はい! 体を構成するマナの大部分を顕現に使っていたので、再生にかなりの時間が掛かるかと思っていたのですが、恭介さまのお体が再生されるとすぐに、恭介さまの体内で自我を取り戻すマナを集約できましたおかげにございます』


 ジェネの元気そうな声(脳内)が聞けて、ホッと安堵した。


 ひとまず上半身を起こして状況の整理に入る。


「とりあえず今の状況、ジェネのわかる範囲で簡単に説明してくれるか?」


『はい!』


 ジェネの話では、恭介を殺したのちヴァナルガンドはこの場を去ろうとしたのだが、その直後、周囲にナーガの大群が現れたそうだ。


 ナーガらは、ヴァナルガンドを確認するや否や、襲いかかったらしい。理由はわからない。


 ヴァナルガンドも徹底交戦していたが、ナーガの数が多く、またナーガ特有の拘束スキルで体の自由も魔力も使えない状態にさせられているらしい。


『ナーガの拘束には、マナの発現も戒める効果もあります。だからヴァナルガンドは今、魔法の類いが使えないのです』


「しかしただ拘束されているだけにしては、ヴァナルガンドはやけに苦しんでないか?」


『ナーガには徐々に対象を衰弱させる猛毒も持っています。ヴァナルガンドはたくさんの毒をナーガらから受けているせいもあるのでしょう』


 目の前で拘束と毒に苦しむヴァナルガンドが、少し憐れに思える。


 ヴァナルガンドはとても強力な魔物ではあるが、やはり相性というものはある。


 このナーガの大群との相性は非常に悪かったのだろう、と恭介は推測した。


「……なんだか不憫だな」


『何を仰るのです恭介さま! 此奴めは、恭介さまを死に追いやった不届き者にございます! このような者に憐れみなど不要かと!』


 ジェネが脳内で憤っている。


 確かに言う通りなのだが、こうも目の前で苦しみ続けるヴァナルガンドを見ているのは、あまり気分が良いものではないのも事実。


「それにしても、このナーガとかいう蛇どもはなんで僕を攻撃しないんだ……?」


 と、疑問に思い、そう呟くと同時に。


「うぐっ!?」


 突如、体内全体の脈が強く打ち始めた。


「なん……だ……?」


 起こしたばかりの上半身に力が入らず、再びその場に倒れ込む。


 息もし辛くなり、視界もぼやけてきた。


「……うぇ! うげぇええええええええっ!」


 突然、胃の内容物が一気に逆流し、堪えきれずに嘔吐する。


「はぁっ! はぁっ! あ……れ……」


 苦しくて、気持ちが悪い。全身が痙攣し始め、悪寒もする。


 まるで風邪を酷くこじらせたかのような症状。


「……いっ……ひゃい……にゃに……が……」


 そしてついに呂律すらも満足に回らなくなってしまう。


『恭介さま! 恭介さま!?』


 脳内で恭介を案じるジェネの声が響く。


「……」


(駄目だ……しゃべれない……)


 体調は物凄い早さで悪化の一途を辿り。


 やがて。


(眠い……)


 強烈な眠気と共に恭介は意識を失う。


 目覚めたと同時に生命反応を感知していたナーガは、恭介の意識が戻る前にすでに、その毒を流し込んでいた。


 ナーガたちの僅かな誤算は、恭介の皮膚に噛み付けなかったこと。なぜかはナーガたちにはわからない。


 仕方がないので、再生してから目を覚さない恭介の口の中に毒を流し込んでおいた。牙から滲ませた毒をポタポタと流し込んでおいたのだ。


 目覚める頃には、全身に毒は回り。




 ――そして、また、恭介は同じ場所で再び生き絶えた。




『レジスト。ベノムを取得しました』




        ●○●○●




 ――また会えて嬉しいよ。


 ――この限定的な夢でしか僕はキミと話せないからね。


 ――多分この機会は奇跡の産物だと思う。


 ――そもそもキミが入ってくれたこと自体が、奇跡だというのにね。


 ――ああ、ごめん。キミの声を無視していたね。


 ――うん。ここだと自分の声は聞こえないんだよ。


 ――え? どうしろって?


 ――キミはキミが与えられた役割をこなすべきだと僕は思うよ。


 ――何をしろって?


 ――出来ることだけをすればいい。


 ――いつでも不条理と不合理は表裏のように、すぐ傍にある。


 ――安心するといい。『無限転生』は僕ら(・・)だけの理外の特権だ。


 ――ごめん、どうやら僕も起きなくちゃいけないみたいだ。


 ――安心して欲しい。僕は僕の役割を全うする。

 

 ――だからあとは頑張ってくれ、狭間 恭介。




「……てって」


 いつか見た時と、同じ夢。


「……待てって!」


 去ろうとする声の主に、聞きたいことがたくさんあった。だから、呼び止めた。


「……うっ、ゲホッガハッ! ぅ……あ……れ?」


 しかし目覚めるとそこは、また先程と同じ場所。


 目の前には、拘束と毒によって苦しめられているヴァナルガンドと、無数のナーガたち。


 今の状況を思い返すと同時に、


『恭介さま! お目覚めになられましたか!』


 瞼を開くと、脳内からジェネの声が響いた。


「ジェネ……僕は……」


『恭介さまは、ナーガらの毒によってまた生き絶えてしまわれました。今はお加減はいかがですか……?』


「……うん、大丈夫だ。相変わらず、死後の目覚めは強い頭痛がするし、喉も痛いけどね。ちなみにどのくらい時間は経ってるんだ?」


『死ぬ前から、という 意味でしたらさほど経過しておりません』


 やはり死後の再生はかなり早いのだ。


 体が再生されたそのあとは、寝ている状態に近いらしい。それで妙な夢を見るのだろう。


「……僕のやれることを、か」


 夢の中の声を思い出す。


 一体誰なのかはわからない。でもなぜか放っておきたくない。そんな声を。


 しかし今の自分に何が出来るのか。


 いや、必ず何かやれるはずだ。自分には何か意味があるはずだ、と自身を鼓舞する。


 その時、ふとジェネの言葉を思い返す。


 ――お体が再生されるとすぐに。


 ハッとした。


 自分という存在が、いい加減この世界のルールから逸脱しているのはわかっている。


 それでもこの世界にもある程度の秩序はあり、基本的には恭介もそれに抗えない。


 しかし、だからといって、ルールはルールだからと決めつけるのが正しいのか。


 否。


 そもそも自分はルールの外側にいるはずだ。


 そう考えた恭介はとあることを試みるために、その場でゆっくりと立ち上がった。


『恭介さま!?』


 体はもう問題ない。


 先程から周りでナーガたちが自分に対し、攻撃を仕掛けているが、その全てを弾き返している(・・・・・・・)


 一部のナーガたちは、恭介に対し、噛みつきが効かないと理解したのか、口元を一度絞ったあと、牙を剥き出して毒液を飛ばしてきた。


 が、それを皮膚に受けようと、目に入ろうと、口に入ろうと、すでに今の恭介にとってなんら恐れるものではない。


 そのことを、もう理解していた。


 自分には、噛みつきと毒。それらに対する完全な耐性ができていることを。


 だからあとはただ、この鬱陶しい蛇の群れをどう駆逐すれば良いかだけを考え、そして試そうと思ったのだ。


「ジェネ。多分僕は、『できる』よ」




        ●○●○●




 トールハンマーの衝撃は凄まじく、その雷撃が落とされた場所は地面すらも抉ってしまっていた。


 そして当然、その魔法の対象となったものは、幽体であったとしてもその存在の存続を許しはしない。


 ヴァナルガンドは怒って見せていたが、実は知性の高い魔物の中でも、特に慈愛に満ちている。


 なので怒りはありながらも、罰を与えた少年の、苦痛に歪む表情を見て憐れみを感じ、せめて最期は楽に死なせてやろうと思ったのだ。


 そして望み通り慈悲なる死を与え、少年は間違いなく生き絶えた。


 では、今、自分が見ているこの光景は一体なんなのか。今、ここで何が起きているのか、聡明なヴァナルガンドにすら、まるで理外の出来事であった。


「……なんだ、なんなのだ、これは?」


 ヴァナルガンドは問うた。


 理外の存在である、その少年に。


「お前も散々見ただろ? 僕の最強の魔法だよ」


 その少年、恭介は答える。


 自身を軸とし、黒き霧を渦を巻いて拡散させながら。


「おまけにコツも掴めてさ。僕が意図した相手には、この魔法の効果を与えないようにもできるみたいだ。感謝しろよ?」


 恭介が発動させた即死系最強の魔法、ウルティメイトデスは近くにいるヴァナルガンドとナーガらを包み込みつつも、ヴァナルガンドだけは魔法の効果を与えないようにコントロールしている。


「……どういうことなのだ」


 ヴァナルガンドの中に渦巻く疑問は多様だった。


 何からこの少年に尋ねれば良いのかわからず、ゆえに次に紡ぐ言葉が定まらない。


「どうもこうもない。ナーガを駆逐してやってるんだよ。僕とジェネでね」


「そういうことです。お願いですから邪魔をなさらないでください。と言っても、ナーガの毒が効いているでしょうからどうせ動けないでしょうけど」


 顕現した少女姿のジェネが冷たく言い放つ。


「っていうか、あなたはその毒で死んでいいですよ。そのまま死になさい」


 ヴァナルガンドは理解が出来なかった。


 殺して滅したはずの存在が目の前で何故か復活しており、かつその者らは制約による五回制限を超えての即死系魔法を放ち、更には少年らを殺した相手でもあるこの自分を助けているこの者らのことが。


「よし、いいぞ! コープスパーティの操作感覚、だいぶ掴めてきた!」


 ガルドガルムの死体を五匹操り、ウルティメイトデスの合間に襲い来るナーガを屠る。


 単純な物理ステータスではガルドガルムの方がナーガより上のようで、コープスパーティで操っているガルドガルムでも、上手く戦えばナーガを倒していける。


「さすがです恭介さま! やっぱり最高にカッコいいです! 愛しております、我が主!」


「いやいや、それほどでも……って、ぉおい! なんかドサクサに紛れて言ってるよね!?」


「こうやって共闘することで、互いに愛が芽生えゆくのは、生きとし生きる者みな、すべからく共通ではないでしょうか!」


「いや、お前は死んでるからね! あんたはアンデッドだから!」


「ぁあん! いけずな恭介さまも好きです!!」


 いけずとか今の子らには通じないぞ、と突っ込むのはめんどくさいのでやめた。


 そんな漫才みたいなやりとりをしつつも、ジェネはきっちり仕事をしている。


 おかげで取り囲んでいたナーガの群れも、ほとんどが死体の山となっていった。



「さぁーて……山場はここからだな」


 



 ここまでご拝読賜りまして、まことにありがとうございます。


 この話を読まれてみて、純粋に「面白かった」「続きが少しでも気になる」と、思われてくださったのなら、お手数かもしれませんが、この下の広告の下にある、☆☆☆☆☆のところで評価をいただけますと、作者のモチベが激しくあがります。


 また、更新はほぼ毎日行う予定ですので、ブクマの方も、僭越ながらよろしくお願い申し上げます。

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