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十五話 クラグスルアの奴隷

「……くだらぬ」


 ソファーでくつろぐ恰幅の良い男が、自分のメイドに身の回りの世話をさせながら呟く。


「いかがなさいました? ミロードさま」


 メイドらしき女性の言葉を無視してミロード、と呼ばれた男は不機嫌そうに彼女を睨みつけると、


「貴様には関係ない!」


「キャアッ!」


 気を遣って傍に寄ってきた女を鬱陶しく感じたのか、ミロードは女を突き飛ばし、壁に掛けてあったガウンを羽織りその部屋をあとにした。




        ●○●○●




 ミロードは実に強欲な男であった。


 このアドガルドにおいても、可能な限り自分が欲するものは強引に手に入れてきた。


 金、女、地位と名誉、宝石、奴隷。


 それらを様々なチカラやコネを使って手に入れてきた。


 何か不祥事があっても、そのチカラで全てうまく揉み消してきた。


 それがここ最近、ほつれ始めてきていた。


「……っち! 何故私がこんな目に合うのだ……!」


 そのイライラが募っていた。 


 それというのも、ミロードが在籍しているアドガルド政界の、次期幹部議員候補から外されかけているからである。


「くそ、全てあのクロフォードの奴めが、あんなことを言い出したからだ……!」


 ワインセラーから高級ワインを取り出し、グラスに注いでそれを一気に飲み干す。


「……何が人権の尊重だ。何が平等な世界だ。笑わせるな! この世界がそんな綺麗事で成り立っているとでも思ってるのか!? 馬鹿馬鹿しい!」


 ガチャン! と怒りに任せて投げ捨てたグラスが割れた。


「おい!」


 そう叫ぶと、召使いの女が小走りで寄ってきて、割れたグラスを片付け、新しいグラスをミロードへと手渡す。


「……貴様、見ない顔だな。新入りか?」


 召使いの女は会釈をして、


「はい。本日よりミロードさまのお世話をお手伝いさせてもらうことになりました、マリアと申します」


 粛々と答える。


「……ふん」


 ミロードはマリア、と名乗った女の体を舐め回すように見た。


「明日は貴様だ。夕食のあと、私の部屋に来い」


「……光栄にございます」


 マリアはそう言って、ミロードのいる部屋をあとにした。


 この世は自分を中心に回っている、とミロードは常々思っている。


 それが最近は妙に思うようにいかない。


 全てはクロフォードという、平民あがりの王室お抱え相談役とやらのせいだった。


 このクロフォードという男は、世界で一番ミロードが嫌っている男だ。容姿端麗で性格は温和。情に熱く、国王からの信頼も厚い。まさにミロードとは正反対の性格であり、ミロードからすれば目の上のたんこぶであった。


「……だが、いつまでも調子に乗っているなよ、ガキめが」


 どうにかしてこのクロフォードを失脚させたかったのだが、なかなかどうして隙を見せない。


 このアドガルドは、ミロードらのような傲慢な特権階級の貴族らが住みやすいようにルール化されている。


 それに不平不満の声をあげる者も少なくはなかった。


 そこを改善しようと動いているのがクロフォードだった。


 クロフォードがあげている政策のひとつで『隠れ奴隷の解放』というものがあった。


 ミロードにとっては、これが一番に気に入らない。


 ミロードの財源のひとつに奴隷売買があった。このアドガルドでは表向きは、一切の奴隷制度が御法度ではあったが、裏ではほとんどの貴族が奴隷を囲っている。


 その事実を知っているクロフォードは、持ち前の正義感を剥き出しに、隠れ奴隷のシステムを全て潰そうと画策しているわけだ。


「そんなことされてたまるか……」


 ギリギリ、と歯軋りをする。


 しかし、最近ひとつ良いネタを手に入れていた。


 それはクロフォードが近々、この王国に謀反を働くのではないか、という噂話だ。


 そしてその謀反の内容をミロードは知っている。


「それにしても、アンデッドと対話など馬鹿馬鹿しいにもほどがある」


 その内容とは、人族永遠の敵と言われているアンデッドたちや魔族たちと対話をして、無益な争いをやめないか、というものであった。


 しかしこれはどうみても国家反逆罪に問われる案件でもあった。


 この国は古くより、アンデッド族や魔族に苦しめられてきた。だからこそ、先の大戦でも彼らを大規模な魔法で封印しているし、今も冒険者ギルドにて治安維持という名目で、それらを駆逐するクエストがあがるわけだ。


 そんなモンスターらと対話をしよう、などと公に謳えば、すぐこの国のトップらが「クロフォードが謀反を起こすのでは」と叩かれるだろう。


 だからこそクロフォードは奇をてらっていた。それを謳うには何かしらのきっかけがいる。それまでは迂闊にこのことを外部に漏らすことはできないと思っている。


「……くかかかッ! しかし私はそれを知ってしまった! クロフォードめを失脚させるのにこれ以上ないネタだ!」


 ミロードは今、人を使って、少しずつ街中に噂を流し始めていた。


 その内容とは、クロフォードはアンデッドらと和平を結びこの街にアンデッドや魔族を往来させるつもりだ、というもの。


 そして更にミロードは、この王都アドガルドの近くにある墓所に目をつけた。


「あの墓地周辺は、古くからアンデッドどもの巣窟だ。だが低級アンデッドどもでは国を脅かすには物足りん」


 アンデッドどもは世界を脅かす存在でなくてはならない。


 しかし、昨今のアンデッドどもはなにぶん弱すぎる。


 先日もギルドにクエストとしてあげた、レイス三十体討伐をたったの数時間で終わらせられてしまった。


 今やこの国では、アンデッドも魔族も恐るるに足らず、といった風潮だ。


 それではいけない。


 それではクロフォードを失脚させるのに、弱すぎるのだ。


「だからこそ、私は封印を解いてやったのだ。六頭獣(ろくとうじゅう)が一体であるジェネラルリッチのな……」


 そしてジェネラルリッチに王都を襲わせ、アンデッドの危険性を声を大にして訴えるつもりであった。


 しかしその画策は水泡と化す。


 封印を解いて復活させたはずのジェネラルリッチがいなくなってしまったのだ。


 しかしミロードが手を回し、配備させておいた衛兵二人は、しっかりとそのジェネラルリッチを目撃している。


 ミロードはこの衛兵らに状況を尋ねた。すると、浮かび上がったのは謎の少年だった。

 

 その少年について調査を進めたところ、どうやら冒険者ギルドの『エンジェリックレイザー』というパーティメンバーであることがわかった。


 ミロードは部下の密偵にこのパーティのことを探らせたところ、そのパーティリーダーはクライヴという男で、この男が何やらその少年を使って悪巧みを考えているようだと知った。


 ところがある日、クライヴらはその少年を突然追放した。


 その理由はわからなかったが、その少年がどうしても気になったミロードは、部下の密偵を使い、少年をしばらく尾行させることにした。


 すると、密偵はそこでとんでもないものを目撃してしまう。


 なんと、その少年は運悪く野党に襲われ殺されてしまったのだ。


 密偵がその少年を助ける義理などない。ただ、死んでしまったならそれを確認し、ボスのミロードに報告する義務はあった。


 だから、野党が逃げ出したあと、少年の元へと駆け寄って脈を確認した。


 脈も心臓も確実に止まっていた。


 しかし直後、にわかに信じがたいことが目の前で起きる。


 死んだはずの少年の体が眩い光に包まれたかと思うと、腹部の大量の傷口がみるみる回復し、破れた服さえも修復された。


 何かの魔法かと焦った密偵は、急ぎ、その場から離れて影に身を隠し直した。


 そして少年を見据えること数分。


 少年はなんと起き上がったのだ。


 密偵にはこの現象が全く理解できなかったが、ただごとではないことだけはわかった。


 その報告を受けたミロードは、直感した。


 その少年は不死に関する重要な存在である、と。


 もしかするといなくなったジェネラルリッチとも何か因縁があるかもしれない、と。


 ならばこの少年を確保して、自分の手元に置いておかなければ、と思った。しかし。


「……まさか、奴隷だったとはな……」


 少年を調べた密偵は、首元に奴隷紋があることも確認していた。


 奴隷紋は、ある種、誰の奴隷かを区分けする印でもある。この少年の紋章は、クラグスルアの物で間違いなかった。


「まさか、我がクラグスルア家の奴隷だったとは……」


 そう、その少年は、ミロード・フォン・クラグスルアが飼っていた奴隷だったのだ。


 こうなるとますます不味い。奴隷は基本的に白日のもとに顔を晒してはいけない。だが、あの少年はギルドにも顔を知られ、一部のパーティメンバーにも顔を知られてしまっている。


 もし万が一、その少年がクラグスルアの奴隷だと繋がってしまったら、クロフォードの失脚どころか、ミロードがそもそも王に裁かれる立場となってしまう。


 奴隷というのは秘密裏に使い、そして処分しなければならない。


 そこでひとつの疑問が浮かび上がった。


「しかしなぜ、私の奴隷が生きて外の世界にいるのか……?」


 ミロードの奴隷たちが外の世界に出る時は、別の誰かに買われて奴隷紋を塗り替えられるか、死んで死体山に捨てられるかでしかない。(補足だが、一般人には首元の奴隷紋を見ただけでは、ただの奴隷だとしか判断がつかず、誰の奴隷かまではわからない)


 生きているなら、奴隷紋がそもそも塗り替えられている。しかしそれが成されていないということは、あの少年は死体山から逃げ出した、ということ以外に他ならない。


「つまりだ。あのガキは私の元から捨てられたあとに生き返った、という以外に考えられないのだ」


 とにかくこのままあの少年を、王都にのさばらせるわけにはいかなかった。どこでいつ、自分と繋がるかわかったものではない。


 なので、早急に国の自治体に通報し、あの少年を永久追放という名目で、魔物が集まるであろう時間帯に罪人の休息所へ置き去りにし、暗に殺処分するよう促したのだ。


 しかしミロードはここで、とある仮説を思い描く。


 あの少年が実は、自分らの実験の末による奇跡の産物なのではないのか、という仮説。


 ミロードは高名な呪術師の男に頼んで、自分が所有している奴隷を横流しし、とある技法を奴隷たちに施してもらっていた。


 その実験結果の副作用で、偶然死なない身体が出来上がった存在なのかもしれないのだ。


 もしも。


 もしも本当にそんな状態であるなら。


 死なない体の戦士であるのならば。


「――それは、どんな兵器よりも価値のある奴隷だ。絶対に取り戻さなければ」


 だからミロードは兵士の一人を買収していた。少年を追放する際に連行する兵士を。


 買収された兵士は、偵察に向いている補助魔法が扱えた。


 その魔法はシーカーと言い、その対象となった生物がその目に映す映像を、まるで自分の瞳で見ているかのように映像として水晶玉に映し、見ることができる。


 このシーカーの魔法をその兵士が飼い慣らしている一羽の鳥に掛けていた。その鳥は兵士の命令通り、ずっと少年を見張っている。


 もちろん理由はただひとつ。


 これから襲い来るモンスターたちに殺されたあと、その少年がどうなるかを、実際に再確認するためだ。


「その兵士から送られてくる内容次第では、そのガキをすぐに回収して閉じ込め、実験をしなければな……」


 少年が死してなお、動ける生き物であるのなら。


 これを利用し、クロフォードを失脚させることも容易になるのだ。


 それだけではない。国を動かす大きな力にすらなりうる。




「……くくく。報告が楽しみだ」




 

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