十四話 絶望のヴァナルガンド
コープスパーティでガルドガルムの死体を操り、襲い来る敵のガルドガルムを退けつつ、ウルティメイトデスで倒す、という一連の流れは順調にことが進んでいた。
「恭介さま! お体に異変、異常等ございませんか!?」
「うん、問題ないみたいだ! むしろアドレナリンでも出ているのか、妙に高揚してるよ!」
「アドレナ……? というのはよくわかりませんが、さすがは我が主にございます!」
だいぶコープスパーティによるガルドガルムの操作にも慣れてきた。
クールタイムを終えてはジェネと交互にウルティメイトデスを放ち、順調にガルドガルムの死体の山を築き上げていく二人。
「残りはわずかだ!」
周囲に山ほど居たガルドガルムの群れも、もはや生き残りは数えるほどしかいない。
ウルティメイトデスの使用回数猶予は恭介残り一回、ジェネが残り二回を残している。
このまま順調に掃討しきるか、と思った矢先。
「ゥウァォォオーーーンンンンンンンンッッ!」
という、これまでのガルドガルムの遠吠えとはまた少し違う雄叫びが辺りにこだました。
「なんだ!?」
その異様な雄叫びに、えも言われぬ悪寒を感じる。
「不味いです恭介さま……この声はヴァナルガンドです!」
――ヴァナルガンド。
ガルドガルムらの上位種であり、ガルドガルムらより更に大きな個体だ。基本的にヴァナルガンドは群れずに単体でしか現れないが、環境によってはガルドガルム等の低級ケモノタイプの魔物らをまとめていることもあるのだという。
「ジェネが不味いって言うってことは、かなり厄介なのか!?」
「はい。ヴァナルガンドは知性も高く、非常に狡猾で、かつ優れた魔法も扱います」
「でもそいつもウルティメイトデスに巻き込んじゃえばいいんじゃないのか?」
「巻き込めればもちろん一撃ですが、奴はさきほど申し上げた通り非常に狡猾です。今の雄叫びは、私たちを必ず殺すという強い意思の表れかと」
「ど、どういう意味だ!?」
「つまり奴は、我々がウルティメイトデスを使い切るのを見計らっているのです。それまでは近づいてくることはないでしょう」
それは相当に厄介な相手だ。
しかしこのままここでガルドガルムたちを倒さなければ、結局は同じこと。
「クソッ! 手詰まりか……」
残すウルティメイトデスの使用回数は合計で残り三回。
これが終わった時にヴァナルガンドは奇襲をかけてくるのだろう。
しかし絶望は、それだけではすまなかった。
「……え?」
と、小さな疑問を声に出したのはジェネ。
遠目で窺えたヴァナルガンドは一体だったのだが、それとは別に、更なる脅威を感知してしまったからだ。
「なんてこと……」
「こ、今度はなんだよ!?」
驚愕しているジェネの表情を見て、恭介も異常事態だと察する。
「……まだ視認は出来ない距離ですが、ナーガの軍団がこちらに向かっております。数はこちらも優に百を超えています」
――ナーガ。
低級の爬虫類系モンスター。個々の能力は低いが、その体型を活かした、締め付けや拘束、牙からの猛毒で対象を死に至らしめる。
「な、なんだって……そんなのもう処理しきれないぞ!?」
「申し訳ございません。更にお伝えしなければならない良くない情報もございます……」
「まだあんの!?」
「ナーガは基本的に群れておりますが、このように何かしらの目的を持って行動している時は、必ず統率者がおります。まだ私の感知に入っておりませんが、まず間違いなくナーガラージャがいるでしょう」
――ナーガラージャ。
ナーガたちの王。爬虫類系モンスターの上位種で上半身は人型をしている。身体能力と魔力はそれなりだが、それを補ってあまりある知性の高さを持っている。
「な、なんだって……なんでいきなりこんなクソゲー化したんだよ!?」
「クソゲー……? というのはよくわかりませんが、状況は絶望的です!」
そうこうしているうちに、恭介の最後のウルティメイトデスが使い終わった。
なんとかガルドガルムは一体残らず駆逐し終わったが、残す即死系魔法の使用可能回数は、ジェネのたった一回きりだ。
「ヴァナルガンドが来ますッ!」
ジェネが叫ぶ。
遠目に見える森の木々の隙間から、ヴァナルガンドが恭介たちの元へと走り寄ってくるのが窺えた。
「やれることをやるしかない! ジェネの残った一回分の即死系魔法をヴァナルガンドにぶつけるんだ!」
「奴はまだ私が即死系魔法を残しているのを理解していますから、素直に範囲内に入ってくるとは思えません。なんとか隙を見つけたら放ってみますが……」
ジェネの言う通り、ヴァナルガンドは恭介らとの距離、およそ五十メートルほどでその脚を止めた。
そして、大きな口元で何かを呟き始める。
「最悪です! 奴は、雷撃系最大魔法、トールハンマーを放つための詠唱を始めております!」
「この距離で届くのか!?」
「少々想定外でした……申し訳ございません」
「アレの威力は?」
「一瞬で恭介さまと、マナで構成されている私めも消し飛ばすほどの大雷撃にごさいま――」
そこまでジェネが言うと同時に。
たったの一瞬だけ響いた。
ゴゥッ、っと。
周りの音を全て掻き消して、極太の雷撃が恭介の近くに天から降り注いだ。
「……ッッ!」
ほとばしるように放たれたそれは、本当にたったの一瞬でジェネを消し飛ばしてしまった。
「おい! ジェネ!?」
反応はない。
ジェネの本体は恭介の中にあると言っていたが、それでもジェネが無事かどうかの保証なんてなかった。
しかしジェネのことに気を回す余裕など、与えてはくれない。
ジェネの存在が消えたことを確認したヴァナルガンドは、恭介の元へと走り寄ってくる。
「ジェネ……ジェネ! 返事をしてくれ! くそ! くそぉ!」
恭介はコープスパーティで操っている五体のガルドガルムを、猛進してくるヴァナルガンドに向けて走らせた。
しかし戦闘能力の差は歴然だった。
ヴァナルガンドの右前脚のたったひとなぎで、操っていたガルドガルムは引き裂かれた。五体のガルドガルムはあっという間にバラバラにされてしまう。
「な、なんてパワーだ……」
その様子を見て茫然自失とする。
そしていよいよ、恭介の眼前にまでヴァナルガンドは立ち塞がった。
「く、くそ……足が……」
目の前の絶対的な強者からの、逃れられない死が目前に迫り、恐怖で足がすくみ上がっていた。
「……よくも、我が子らを無慈悲に屠ってくれたのう。貴様だけは簡単には殺さぬ。八つ裂きにして、苦痛を与えきった末に食い殺す」
ヴァナルガンドは怒りをあらわにして、恭介に対し人の言葉でそう告げてくる。
「な、何を勝手な……襲ってきたのはそっちが先じゃないか!?」
「勝手な、だと? ふざけたことを。お主ら人族の方がよほど身勝手であろうが! 我らを捨て駒のように扱い、居場所さえ散々奪い取ってきたであろうが!」
「な、なに……? どういうことだ?」
「とぼけるか、人族め。貴様らが犯した罪、忘れたとは言わせぬぞ!」
「ぼ、僕たちの罪、ってなんなんだよ!? 僕は本当に何も知らない!」
「どちらにせよ貴様は我が子らを殺戮したに変わりはない。楽には殺さぬ!」
ヴァナルガンドはそう言うと、もの凄い速さで恭介の右肩に噛み付いた。
「うぁ! う、ぁああああああーーッ!!」
大きな牙が恭介の肩を貫く。
強烈な痛みと熱さで声を荒げる。
そして――。
ブチブチィッ! と右肩の肉を食いちぎった。
「ぐぅぁあああああああーーーーッ!!」
あまりの痛みに、声が枯れてしまうほどの絶叫をあげる。
「くっくっく、痛かろう。貴様らの罪を思い知るがいい!」
ヴァナルガンドは続けて、恭介の左肩から胴体に向け、大きな右前脚の爪を振るった。
バリバリッ! と服ごと肉を裂かれ、恭介の右腕すらも皮一枚残して引きちぎられ、胸からは大量の血が噴き出す。
「あぎゃああああーーーーッッ!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい――。
「どうだ? 人族よ。これが我らが受けた痛みの一部よ。引き裂かれる痛み、少しは理解したか?」
「……っは……っは」
恭介は今、ただひたすらにこの痛みから解放されることだけを願った。
「苦しいか? 苦しいだろう。くっくっく。ひと思いに頭を噛み砕いて殺してやろうか? 貴様が心より我らに謝罪をしたら、楽にしてやろうぞ?」
「……い、痛いのは……もう、いやだ……た、たすけて……」
あまりの痛みに涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃだった。
恭介は今更ながら後悔していた。
異世界でこんな辛い思いをするなんて想像もしていなかった。
この辛さが、痛みが、より一層、ここが夢まぼろしなどではなくて、今自分がいる現実の世界なのだと思い知らされる。
「……なんという憐れで愚かな生き物よ。何故貴様らのような種族がこの世界の頂点を気取っているのか、理解に苦しむ」
ヴァナルガンドは侮蔑したように、言い捨てる。
「おね……がいだ……苦しくて……痛くて……頭がおかしくなりそうだ……ひと思いに……僕が悪かったのなら……謝る……」
恭介は精一杯の懇願をした。
一秒でも早く、この地獄から解放されたかったのだ。
「……良い気味だ。貴様の無様な姿を見て、我も些か気は紛れた。よかろう、ひと思いに殺してくれる」
恭介はそのヴァナルガンドの慈悲に感謝した。
「あり……がどう……」
激痛と大量の出血で意識が朦朧とし、もはやまともに言葉を紡ぐことすら適わない。
だが、まだだ。まだ死ねない。次の言葉だけでも言わなくては。
「ど、どう……か……ジェ、ジェネと……同じ方法で……殺して……」
「ほう? あの半幽体のメスと同じ方法とな? そもそも何故貴様は、人族のくせにアンデッドと共にいるのかは気になっていた。まぁ我らに牙を向いた者は、何者であろうと殺すだけだがな」
「おねがい……だ……」
「くっくっく……よかろう。貴様の苦痛に歪む顔に免じて、その最期の願いだけは聞いてやろう」
苦痛の中でも恭介は自分のできる限りの抵抗を試みた。これが功を奏すかどうかはまだ、わからない。
だが、今は何よりも、一刻も早くこの地獄が終わって欲しかった。
そして――。
天から眩い閃光がほとばしり――。
高出力による大雷撃によって、一瞬で恭介は完全に死に絶えた。骨すらも残さずにチリと化して。
『レジスト。フィジカルバイトを取得しました』
『レジスト。フィジカルクロウを取得しました』
『レジスト。サンダーマジックを取得しました』




