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百四十六話 義勇軍リーダー クライヴ・ヴァン・アークラウス

「シルヴェスタ、よくやってくれた」


 アークラウスは自室に戻り、シルヴェスタを呼びつけると開口一番にそう礼を告げる。


「……はて、なんでございましょう?」


 シルヴェスタが不思議そうな顔で目を丸くする。


「デッドリースタッフの件だ。アレをレイバンに売らせたのはお前の計略であろう?」


「ああ、先程の会議でクライヴ坊ちゃんが仰っていた杖の事でしたか」


「うむ。会議の後、ガノン大臣が俺の部屋に来てな。デッドリースタッフは恭介王の為に必要だと言ってきたのだ。俺もそう思い、クライヴに尋ねた。そうしたらレイバンの名が出てきたからな」


「そうでございましたか」


「お前が手を回したのだろう?」


 シルヴェスタが笑顔で頷く。


「左様でございます。レイバン卿なら得体の知れない古物や聖遺物(アーティファクト)を好んで買い取るだろうと思いまして」


「俺の目的であるスフィアの為に、クライヴたちに結界を弱めさせる必要があったからな。それには奴らの動機が必要だ」


「はい。その為には結界内部の、危険エリアではないと思われる場所に封じられていたデッドリースタッフを取りに行かせるのが、一番手っ取り早かったですから」


「クライヴたちの動機をどう起こさせるかはお前に一任してしまっていたからな。だが、その杖を買い取らせる相手をレイバンに選んだのはさすがだ」


聖遺物(アーティファクト)ともなれば、何かのタイミングでアークラウスさまに必要になる日が来るやもしれぬと考え、トレーサビリティのしやすく頭の回る相手を選出しておきました」


「うむ、さすがだシルヴェスタ。そんなわけで今度はレイバンのところからそのデッドリースタッフをもらって来てもらえるか?」


「かしこまりました。すぐに伺って参ります」


「うむ、頼んだ」


 シルヴェスタはアークラウスに一礼をし、部屋を後にする。


「……巡りめぐるものだな。物も人も」


 自室の中で、アークラウスはひとりごちる。


「まさかダグラス大商会の得意先だった、レイバン卿のもとにデッドリースタッフがあるとはな」


 レイバン伯爵はサンスルードの上流貴族であり、アドガルドの品をダグラス大商会から直接卸させてもらっていたお得意先でもあった。


 レイバンとのやりとりはダグラス大商会の末端の者が承っていた為、当然アークラウスもシルヴェスタもレイバンの顔は知らないし、レイバンも知らない。


 だが、名簿には貴重人物として記されていた為、アークラウスはよく知っているのだ。


 名簿に記された内容では、その人柄は実直で物品や人をとても大切にする、貴族の中でも好感度の高い人族であったが、いかんせん少々ケチな性分でもあった。


 それゆえにクライヴからデッドリースタッフを買い取る時、相当に金を渋ったのである。


 しかしこれはレイバンの、というより長けた商人の常套手段なのだ。


 その結果、交渉術が上手く、自分を納得させられる相手には当然レイバンも敬意を払い相応の金を払う。


 クライヴは試されたのだ。


 そしてクライヴにはその才能がなく、チンケな金を掴まされた、というだけの話である。


 ともかくレイバン卿に根回しをしたシルヴェスタの先見性は実に素晴らしかった。


 レイバンは貴重な品を粗末に扱わず、安易に手放さないからだ。


「……問題はいくらふっかけられるか、というところだな」


 それだけは覚悟をするアークラウスであった。




        ●○●○●




 ――明朝。


 ペルセウスらと合流したフェリシアからマジックコールにてアークラウスへと通信連絡が入り、サラマンドラと共にサンスルード城へ帰還中であるとの報告を受ける。


 しかしペルセウスが思った以上に負傷し、帰還には少し時間が掛かるとの事だった。


「……クライヴ。どうだ?」


「どうもこうもねぇな。正直俺なんかがそいつらをまとめるリーダーとか、荷が重いぜ」


 クライヴはギルドの冒険者たちが集っている兵たちの仮宿舎(かりしゅくしゃ)へと向かう城内の廊下で、アークラウスにぼやいていた。


「戦闘能力で言えば、お前より格上の者たちもかなりいるしな」


 アークラウスが薄ら笑いを浮かべて、クライヴを煽る。


「……本当だぜ。なんだかんだ冒険者ってのは実力主義だからな。俺の戦闘能力が知れたら、誰も言うことなんざ聞きゃあしねぇかもしれねぇぜ?」


「それはなかろう」


「あん? なんでだよ?」


「……皆、恭介王の為に集った者たちだからな。その直属の配下である『ナイツオブグロリア』のお前の言う事は聞くだろう」


「ふーん? そんならいいけどよ……俺が義勇軍統括責任者、なんて大それた立場は似合わねぇにもほどがあるぜ……まったく」


 アークラウスはそう言ったが、ウィルヘルミナより聞いて知っていたのだ。その冒険者たちで構成された義勇軍が皆、クライヴとミリアに憧れてこの城に集ったのだと言う事を。


 しかしアークラウスもウィルヘルミナもその事を直接クライヴやミリアには伝えていない。


 その方がクライヴらの気が緩まないだろうと踏んでいるからである。


「しっかりするんだな。お前はもう、ただのしがない一介の冒険者ではないのだからな」


「へいへい……ま、せっかく拾ってもらった命だ。それなりに貢献するつもりで頑張るわ」


 別の部屋へと進むアークラウスを背にし、手をひらひらと振りながら、クライヴは義勇軍の待つ仮宿舎へと向かって行く。


「……っふ。お前はやる気がある時こそ、足を広げて歩く癖が相変わらず変わらんな」


 アークラウスはその背を見て、笑いながらそう呟くのだった。




        ●○●○●




「あー、お初にお目に掛かる。俺がお前たち義勇軍の統括を任せられたリーダーのクライヴ・ヴァン・アークラウスだ」


「私がその代理兼補佐を務めさせてもらうミリア・ミラクラスタです」


 クライヴとミリアが、仮宿舎の前の広場で整列している、ギルドから名を上げて条件をクリアした冒険者たちに向けて言い放つ。


「……最初に言っておくが、俺は勇者でも何でもないし、特別優れた能力もユニークスキルもない、ただのパンピーも良いところだ」


 クライヴは頭をポリポリと掻きながら、照れ臭そうにスピーチを続けた。


「だから小難しい事とかは言えねえし、言わねえ。俺が主にやんのは、単純な戦況、目的、それから恭介王の決定とかを皆に伝達するくらいだ」


「そしてクライヴがその任をまっとう出来ない場合は、代理として私がそれを行います」


 クライヴの言葉の後にミリアがそう言った。


「……アドガルド軍が侵攻を開始して、このサンスルード城下町手前の戦線に辿り着くまであと数日だ。お前たち義勇軍は斥候部隊の後に続く、第二陣の部隊となる。第二陣はお前たちと城の一般兵、上級兵を合わせたおよそ1000人の部隊となるが、主な目的はアドガルド軍の残党狩りだ」


 クライヴの説明にひとりの兵士が手を挙げる。


「……アドガルド軍の部隊と戦力はどのような感じなんすか?」


「敵さんの数はおよそ3000。その中でもギルドのトップランカークラスの戦闘能力を持つのが20名くらい、って話だ」


 クライヴがそう答えると、今度は別の男が質問を続ける。


「こちらが1000の部隊と少なく見積もっているのは、斥候部隊だけで2000近くを片付けられる、って計算かい?」


 クライヴはその男の言葉に頷く。


「そうだ。斥候部隊にはあの冷血の勇者がいる」


 クライヴの言葉に、義勇軍がざわつく。


「レオンハートって言えば有名だよな。アイツがいればまぁ1000人力だって話だ。だが、それでもアイツだけに頼るわけにはいかねぇし、抜けがないとも限らない。そこで俺たち第二陣が撃ち漏らした残党兵をしっかり迎撃するって事だ。それに斥候部隊にはレオンハート以外にも優れた精鋭が複数いる。奴らが様子見がてら戦力を大きく削いでくれるって事だ」


「……ひとついいっすか? なんでクライヴさんたちはその精鋭の斥候部隊メンバーじゃないんすか? 『ナイツオブグロリア』なのに」


 また別の男がクライヴに質問した。


「単純な話、役割分担だ。……それに最初にも言った通り、俺は特別強えわけでも、優れたユニークスキルがあるわけでもねえ。知ってる者もいるとは思うが、俺の戦闘能力なんざ49程度だ。多分お前らの方がよっぽど強いんじゃねえかな……。だから、まあ俺なんかが精鋭部隊に混ざっても足手まといってわけだ」


 義勇軍のメンバーのざわめきは更に増していく。


「……確かに……」


「戦闘能力49か……」


「本当に私よりも弱いんだ……」


 そんな、がっかりしているかの様な声があちこちで湧き出す。


 それを聞いていたミリアは次第に不安になり始める。


 クライヴは「やはりこうなったか」と半分わかりきっていた反応を目の当たりにしたが、ここまでは元から言うつもりであった。


 義勇軍のリーダーがメンバーの誰よりも弱い、という事実が後から発覚した時よりも、トラブルは起きにくいと考えていたからである。

 

 もしそんな事実が戦闘中にでも露呈すれば、どのように義勇軍が綻んでしまうかわからない。そのせいで戦況が大きく変わってしまうかもしれない。


 そんな事になるくらいなら、初めから自分の弱さは打ち明けておくべきだとクライヴは思っていたのだ。


「……もし、こんな俺がリーダーを務める軍になんかいられないってんなら今からでも参加を辞めても構わない」


「ちょ、ちょっとクライヴ!?」


 ミリアはクライヴがそこまで言う事はないんじゃないかと思い、声をあげた。


 この勇志たちはウィルヘルミナが直接ギルドに依頼して、来てもらった優秀な戦士たちだ。


 それを帰してしまっては、ウィルヘルミナや仲間たちに全員に面目なさすぎると思ったのだ。

 

 だが。


「……何言ってんだ、クライヴさん。俺たちゃあんたで良いぜ。いや、あんたが良いんだ」


 ひとりの強面の男が突如、そう言った。


「ええ。私もクライヴさんがリーダーの、この軍で戦わせてもらうわ」


 続けて魔法師らしき女も笑顔でそう言った。


「俺もだ。むしろ俺たちはそんなあんたの活躍に憧れて集まってんだぜ?」


 更に細身で筋肉質の剣士らしき男も続けた。


「俺たちは、この前のレヴァナントって化け物に襲撃された時、即死魔法を使う災害級のアンデッドだってだけで怯えて、逃げて、縮こまってた連中ばかりだ。実際に奴の即死魔法で殺された民や仲間たちをこの目でも見た。だがあんたたちは、圧倒的に勝てない相手だったレヴァナントに、一歩も引かずに戦ってたんだろ? そんなボスの強さに憧れて、俺たちは義勇軍に入ったんだ。誰も辞めるわけがねえ!」


 剣士の男はその瞳を輝かせて、声を大にしてクライヴへとそう告げた。


「「そうだぜ、ボス! 俺たちはあんたに着いていく」」


 そして全員が同じように声をあげた。

 

 クライヴは正直、そんな言葉が返ってくるなんて想像だにしていなかった。


 クライヴの予想では、自分に呆れて何人かは義勇軍を抜けるだろうぐらいに考えていたからである。


 それがまさかの反応に、クライヴはただただ声を出さずに目を見開いていた。


「……クライヴ」


 代わりにミリアが涙を浮かべてクライヴを優しい瞳で見た。


「……ッ」


 クライヴも泣きそうだった。


 先の自分の発言など、何度思い返してみても、少し前の強がりばかりで傲慢な自分からは絶対に出ないだろう弱音もいい所だ。


 それを素直に打ち明け、そしてそれでもなお、ここにいるメンバーは全員自分を受け入れてくれたのだ。


 クライヴはグッと溢れそうな涙を堪えて、


「……ありがとう、みんな。こんな俺を……よろしく、頼む」




 顔を下げ、体を震わせたのだった――。








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