百四十一話 灼熱の女帝
「こ、こいつぁとんでもねぇ化け物だぜ……」
「これほどの魔力とは……」
ペルセウスとシリウスのふたりは、絶大な火力を見せつけられ畏怖する。
「……どう? ウチの火力に恐れいったかしら? ふふふふふ」
周囲の草花を燃やし尽くしながら、燃え盛る炎に囲まれたその中心で、その小さな悪魔は笑っていた。
「参ったぜ……まさかここまで聞く耳ねぇとはな」
「ええ。妹さんの方があっさり恭介王に従ったので、姉の方も話せばすぐにわかってもらえると思ったのは甘かったですね」
ペルセウスとシリウスのふたりは目の前の悪魔、サラマンドラと相対し、危機に陥っていた。
――ふたりが恭介王に命じられサラマンドラの捜索を開始してから三日後。
熱波の塔方面へ向かう道中、シリウスのユニークスキル『魔力感知』が奇妙なマナエネルギーを感知。その場所はサンドルク大砂漠の地下だった。
そのマナがあまりにも荒々しく強い波動だったので、シリウスはサラマンドラに違いないとペルセウスに伝え、どうにかしてサンドルク大砂漠の地下に行こうと考えた。
マナを波動を追いかけつつ、地下に行く方法を模索して砂漠を彷徨っていると、突然砂丘が蠢き砂漠の一部がアリ地獄の様な状態となり、ペルセウスたちはそこに飲まれてしまう。
偶然とは言え目的の地下に辿り着き、地下道を探索していると、ふたりはトロッコレールを見つける。これが以前イニエスタが言っていたサンスルード名物、地下トロッコ道だとすぐにわかった。
地下洞窟はレールに沿って道が出来ているので、先程感知した奇妙なマナの方向へ向かって行くと、突如、前方より炎の柱がペルセウスらを襲った。
幸いシリウスの『魔力感知』でいち早くその魔力を察知し、ふたりはその炎の柱を回避したが、その威力の凄まじさを見せつけられた直後、頭に二本の角を生やした小さな体躯の女子を見つける。その彼女こそが、探し求めていたサラマンドラであった。
ペルセウスはサラマンドラに恭介の事やレヴィアタンの事などを話したのだが、サラマンドラは聞く耳を一切持たず、攻撃魔法を仕掛けてきた。
それをシリウスの『魔力感知』で上手く回避をしながら、延々、説得と説明を繰り返している、という状況である。
「ウチの事、あんまり舐めてたら許さんよ。ウチはレヴィより気が短いんだからね」
「な、舐めてるってなんだ!? 俺たちが何かしたか!?」
ペルセウスが叫ぶ。
「……あんたらわかってないんだね? 自分らが大罪を犯したって事を」
サラマンドラは怒りの表情で、ペルセウスを睨め付けた。
「ワイトディザスターさまの生まれ変わり? レヴィがあんたらの仲間!? 冗談はほどほどにしな! ウチはその手の嘘で騙される程、愚か者じゃないのよッ!」
サラマンドラは真紅の長い髪の毛を逆立たせ、両手を広げて大きな火炎のアーチを作り出す。
「や、ヤバイですペルセウスさん! アレは火炎系魔法最強のイフリートハート! しかも無詠唱で魔法をあんな風に操れるなんて……あんなのかすっただけで致命的ですよ!?」
シリウスが声を荒げた。
「くっそ……! あいつはどんな言い訳をしても聞く耳なんざ持ってくれなさそうだ! なんとか力で言うことを聞かせるしかねえが……ここまでの実力差とは……」
「や、やはり六頭獣を僕たちふたりだけで相手にするのは荷が重過ぎましたかね……」
たじろぐペルセウスらをよそに、サラマンドラは不敵に笑う。
「ウチのイフリートハートは、ただの魔法じゃない。目標を燃やし尽くすまでどこまでも追いかける自動トレース付きよ。愚かな人族め、神様へのお祈りは済んだかしら?」
そう言ってサラマンドラはじわりじわりとペルセウスらに歩み寄る。
絶対絶命か、とふたりが思われたその時。
「……あ」
シリウスが何かに気づく。
それはアイテムポーチに入れておいたマジックアイテム。
サンスルードを出る時に、非常用にとアークラウスに渡されていた遠距離通信用の宝珠『マナトーンクリスタル』だ。
この『マナトーンクリスタル』は、元々サンスルード城の貴重なアイテムであり、城内にたったの3個しか無いものだったが、いつアドガルドからの侵攻があるかわからないので、ふたりをいつでも呼び戻せる様にとアークラウスが持たせたのである。
それが振動と光を放っている。
「呼び出し……?」
シリウスはその『マナトーンクリスタル』の呼び出しを受ける。
「はい、こちらシリウス。何でしょう?」
「フェリシアよ。あんたたち一体どこにいるの!? 探しても探しても全然見つからないんだけど!」
「あ、フェリシアさんでしたか。えっと、今それどころじゃなくて……サラマンドラが見つかりまして……」
「え!? どこよ!?」
「それが砂漠の地下のトロッコ道で……」
シリウスが悠長に話してをしていると、
「おい、お前! 一体誰と話してるのよ!? ウチの大事なレヴィが仲間だの、そんなくだらない嘘ばっかりついて……本気で殺すわよ!?」
サラマンドラが炎を両手で掲げながら怒鳴る。
「フェリシアさん、声、聞こえました?」
シリウスが小声で宝珠に向かって囁く。
「ばっちり。だいぶお怒りみたいね」
「なんとか恭介さまかレヴィアタンと通話出来ればサラマンドラとも和解出来そうなんですが……」
「わかった。あたしを中継して、レヴィアタンに≪マジックコール≫を掛けてみる。レヴィアタンは転移系魔法も得意としていたから通信系魔法もできるかもしれない」
「お、お願いします。もう一刻も猶予はなさそうなので……」
とシリウスが言い終えると、サラマンドラが両手のひらを合わせ炎を凝縮し、ペルセウスとシリウスに向ける。
「あんたらはもう終わりよ! さあ、死ね、ニンゲンどもッ!」
痺れを切らしたサラマンドラがついに、彼女最大の火炎系魔法≪イフリートハート≫を放つ。
その炎柱はこれまでのものとは段違いの威力だと、見た目だけでも瞬時に理解させられた。
何故なら、このトロッコ地下大空洞の洞穴幅、目一杯に火炎が広がっており、逃げ場など全くなかったからである。
「くそ! やれるだけやるしかないです!」
シリウスはすぐに詠唱を済ませ、マジックバリアーの魔法を展開する。
技法による魔法障壁と、魔法によるバリアーとでは性能が大きく違う。
技法で行なわれる魔法障壁の方が遥かに高い防壁性能がある。つまりマジックバリアーでは基本的な攻撃魔法を防ぐのでも些か物足りないのである。
しかしシリウスは事前に『マジックブースター』という技法を仕込んでおいた。
これは自身の魔法効果を何倍にも引き上げる技法だが、代わりに欠点がある。
それは、『マジックブースター』を使用している状態での魔法は、通常より何倍もマナの使用量が増える事である。
つまり魔法のガス欠を起こしやすくなるのだ。
加えて言うと、『マジックブースター』によるガス欠を起こした場合、術者の体力も削られ、多くの場合はそのまましばらく気絶してしまう。
ゆえに『マジックブースター』状態での魔法は諸刃の刃なのである。
「うっ、く、くく!」
そしてイフリートハートがシリウスらを襲った。
だが、かろうじてシリウスのマジックバリアーが、ギリギリのところで火炎を防いでいる。
しかし明らかにイフリートハートの威力が強すぎる為、シリウスのマジックバリアーは目で見てわかるくらいに劣化していく。
「ペルセウスさんッ!!」
「おうッ!」
ペルセウスはそこシリウスの呼び掛けの意味をすぐに理解し、マジックバリアーを展開しているシリウスの腕を右手で掴む。
「バリアーを多重にすれば耐え切れるかもしれませんッ!!」
「ああ! それしかねぇ!」
「頼みますッ!」
シリウスがそう言うと、ペルセウスはすぐに左手をイフリートハートが放たれている前方へと向ける。
ペルセウスは瞳を閉じて、シリウスのマナの波動を感じ取る。
そして――。
「≪シェイプシフト!≫」
と叫んだ。
すると、ペルセウスの姿形は一瞬でシリウスと全く同じ姿形に変換した。
そしてすぐさま魔法詠唱を済ませ、
「≪マジックバリアー!≫」
と、ペルセウスもシリウスのマジックバリアーに被せる様に魔法防壁を展開させる。
ペルセウスがシリウスと長年組んでいる理由がここにあり、ペルセウスの家に代々伝わる技法『シェイプシフト』が実に彼らにはピッタリな技法であった。
仲間の身体の一部を掴みマナの波動を感じ取り、仲間からもその波動を送ってもらう事により、その仲間と同じ姿形、能力を得れるのである。
ペルセウスは魔法の類いが一切使えない代わりに、この『シェイプシフト』によって仲間と同じ魔法が使える様になる。
しかしこの技法は当然、使用者より明らかに強い者に変身する事はできない。
だが、ユニークスキルではなく技法であるがゆえに、長年修行すれば誰でも覚える事が可能な技術であるが、この技法は使用者と対象が深い信頼関係がないと成立しない技術な事もあり、さほど優れた技法とは認められていない。
それでもペルセウスとシリウスのふたりにとっては、これ以上ない戦力を発揮する。
「く……し、しんどいですが、なんとか堪えられていますッ!」
「ああ! しっかし……なんつー火力だ。俺たちふたりのマジックバリアーでギリギリとはな」
「それでもこの前のレヴァナントの爆破魔法よりはマシですよ!」
「……言えてるな」
ペルセウスとシリウスは苦笑いしながら、サラマンドラのイフリートハートを抑え込む。
「こ、このままなんとか奴のマナ切れを待つしかねぇ……ッ!」
バリアーで直撃を防いでいるとはいえ、それでも業火の熱気は恐ろしく、息をするだけでも喉を焼きそうな程であった。
ふたりはサラマンドラの業火を、ひたすらに耐え抜くのだった……。




