十三話 ガルドガルム掃討戦
ジェネに、あばら家の外を静かに見てほしいと言われ、物音をなるべく早く立てないように見回してみると、この建物周辺のあちこちに、たくさんの何かがいるのが窺える。
「な、なんだ……? オオカミか?」
辺りは薄暗くなり始めた、夕刻から夜へと変わる頃。
恭介の居たあばら家の周りは、そのオオカミのような四足歩行の生物に取り囲まれていた。
『さすがは人間。汚いことを考えますね』
体の中に戻ったジェネが憤りをあらわにしている。
『なぜ恭介さまをこんなあばら家に置き去りにしたのか、合点がいきました。少し周囲の匂いも気になっていましたが、ここはどうやらガルドガルムの縄張りだったようです』
――ガルドガルム。
人族には決して懐かず、その種のみでしかコミュニティを形成しない、肉食で好戦的なケモノタイプの魔物。知性は低いが力と素早さが高く、単体の大きさは全長二メートルほどと、人間の大人以上の大型四足歩行種である。
「……なるほどね。僕を永久追放して、ついでにここでコイツらの餌になれっていうことだったのか。この周辺には建物なんか一切ないし、この場所は格好の的だ」
『人間ども……またしても我が主をこのような目に……私は怒りしか沸きません』
「まぁまぁ。それよりジェネ、この状況ってどう? 結構やばいかな?」
『ガルドガルムをサーチしたところ、一体あたりの総合戦闘能力は53と出ていますから、単体なら恭介さまの敵ではないでしょう。しかし、いかんせん数が多すぎます。優に百体以上はおります』
「そんなにいるのか。ちなみにウルティメイトデスの効果範囲と最大効果対象数は?」
『今現在の、恭介さまの最大マナ保有量から逆算しますと、範囲は恭介さまを軸にして円状およそ半径三十メートルほど。範囲内で可能な対象数はだいたい二十体くらいかと』
一度の魔法で二十体もまとめて倒せるのは、やはり強力無比ではあるが、問題は連発できるかだ。
その疑問にもジェネが続けて回答してくれた。
『ウルティメイトデスは約五分ほどのクールタイムが必要です。私のスキル熟練度は最大ですが、それでもクールタイムはそれ以下にはなりません。私だからこそゆえに詠唱もたったあれほどで済みますが、本来なら発動までの詠唱だけで十分以上は有します』
そうなると、一発打つごとに最低でも五分以上の時間稼ぎをしなければならない。
『また、他にも制約があります。一日に即死系魔法を打てるのは五回までです。これはコールドデスを打とうと、ウルティメイトデスを打とうと、一回として数えられてしまいます』
安易にチート技を使えない設定になっているのか。どうやらそんなに甘くはないようだ。と、恭介は頭を悩ませる。
「ちなみに制約を無視して六回目を打とうとするとどうなる?」
『単純に魔法そのものが発動しません。多分ですが、この世の理に触れるのでしょう。ダスクリーパーさまなら色々おわかりかもしれませんが……』
あれ以来、ダスクリーパーは全く何も話さない。やはり神々であるがゆえに、個人に肩入れはしない、ということだろうか。
「しかしそうなると、どうやってもガルドガルムを全滅させることはできないな……ウルティメイトデスをうまくやっても百体倒せるかどうか。対してガルドガルムは百体は優に超える数、か」
『私をまた顕現させて、二人でウルティメイトデスを打つという手があります。これなら多分合計で十回は打てるかもしれませんが、果たして恭介さまのマナが持つかどうかがよくわかりません』
「マナは尽きるとどうなる?」
『魔力を使う類いの技術は使用不可能になります。生命活動に必要なマナは最低限自動的にセーブされるらしいので、生命活動に危機は及ぼしません。ちなみにマナは自然環境にもよりますが、時間経過で少しずつ回復していきます』
「コールドデスとウルティメイトデス以外に、ジェネは、つまり僕は、あとなんの魔法が使える?」
『コラプションという対象を徐々に腐食させる魔法と、サクションという対象の生命エネルギーやマナエネルギーを吸収する魔法が使えます』
「二人交互でウルティメイトデスをばら撒きつつ、サクションの魔法で単体ずつ処理しながら、僕のマナ回復も担うのはどうだ?」
『悪くはないですが、サクションは対象一体に全力で集中して、少しずつエネルギーを吸収する魔法です。時間も掛かりすぎるので、ウルティメイトデスの合間の時間稼ぎとしては、あまり現実的ではありません』
「うーん……ほかに何か手はあるか?」
『魔法ではなく技法が二つ。ディープミストという獲物を徐々に弱らせる広範囲の霧が出せる技と、コープスパーティという技が扱えます』
「ディープミストはなんとなくわかるが、今の状態じゃ実用的じゃなさそうだ。コープスパーティというのは?」
『意識がすでに無い状態の、生物の死体などに自分の意思の欠片を植え込み、操ります。単純な命令しか聞けませんが、マナの消費も少なく、体が欠損するまでずっと下僕になります』
「……それを使って倒したガルドガルムを操り、僕らを守らせつつ、もしマナが尽きかけたらサクションでマナ補給をすれば、なんとかいけるか?」
『それは可能かと。問題は果たして合計十回のウルティメイトデスでガルドガルムが駆逐しきれるかどうかでございますね』
「それと初めて使う技法を僕がどこまで使いこなせるか、だな……」
『コープスパーティは少々癖が強いので、慣れるしかないですね』
とりあえずやってみるしかない。
周囲にいたガルドガルムたちも、じわじわとこのあばら家に近寄ってきている。襲いかかってくるのも時間の問題だろう。
「……よし、それでやってみよう。ダメなら、死んで、転生するしかないな」
『御意』
(出来れば死にたくないけど……)
こうして恭介の、異世界での初戦闘はなかなかハードモードの幕開けとなった。
●○●○●
あばら家の外に出ると、すでに大勢のガルドガルムが餌を喰らおうと涎を垂らしながら唸りを上げて、恭介を睨んでいる。
ジェネに一通りの魔法と技法の使い方を簡単に教えてもらい、頭に叩き込み、準備は完了。
「よし、出でよジェネ!」
恭介の命令と共に具現化された少女のジェネが顕現される。
「作戦通り僕から大型魔法は行くぞ! 魔法が切れたら次を任せる!」
「御意! 恭介さま、ご無理なさらずに!」
そう言うと、恭介とジェネはあばら家の外に出て、臨戦態勢を整える。
「ガルルルルルルル……」
恭介らの動きを察知し、ガルドガルムたちも警戒を高めた。
「さぁて、僕のデビュー戦だな」
恭介は高ぶる緊張を抑え込む。
スゥ、っと深呼吸し詠唱を開始する。
「生と死の輪廻……」
魔法詠唱の口火を切った恭介に反応し、ガルドガルムの数体が、ついに恭介とジェネに襲いかかる。
(だが、距離と詠唱速度に差がある。先手はもらった)
「軸を我としあまねく精霊の負の力ここに蹂躙せんがため我が願いを聞き届けたまえ!」
「≪ウルティメイトデス!≫」
恭介の体を軸に黒い霧が渦を巻いて沸き立つ。
攻撃の遅れたガルドガルムたちは、恭介まで残り数メートルというところまで近づき、その黒い霧に巻き込まれ次々と倒れていった。
「よし! まずはうまくいったぞ!」
ウルティメイトデスの黒い霧が恭介を中心に、限界範囲まで広がり、そこに巻き込んだガルドガルムの数十体を倒すと、黒い霧が薄くなり始めた。
「恭介さま! 魔法の効果が切れます! 私めと交代を」
「わかった!」
今度は背中合わせにいたジェネの出番だ。
そして次々に襲い来るガルドガルムを近づけさすまいと、詠唱をすぐさま唱えたあげたジェネのウルティメイトデスが発動。
そして同時に恭介は次の手の準備を開始する。
(ここでコープスパーティの技法準備だ)
基本的にこの世界の技法と呼ばれるものも、魔法と同じく詠唱の用に準備が必要だ。
ただし技法の場合、その多くは詠唱ではなく儀式が必要だ。儀式のスタイルは技法ごとに異なるが、魔道具が必要なものもあれば、体の所作だけで行使できるものと、その用法は多岐に渡る。
(コープスパーティの所作……)
恭介は自分の親指の皮膚を少し食いちぎり、その血を顔の両方の頬になぞった。
そして握り拳を作り、トントントン、と三回おでこを叩く。
次にその親指で両肩、両腕の関節、両足の関節の計十二箇所に触れた。
(これで不死者を動かすための儀式が整ったはずだ)
最後に、操作対象に自分の血を付着させてトリガーワードを加えれば発動する。
恭介は一番近くにあったガルドガルムの死体に、親指の血をなぞる。
「さぁ、動いてくれよ! ≪コープスパーティ!≫」
恭介のその言葉で、倒れていたガルドガルムの一体がむくり、と起き上がった。
「よし! 成功した!」
リボーンしたガルドガルムをテストがてら操ってみる。
(なるほど、僕の意思と思考次第で、自分の手足感覚のように操れるみたいだ。しかし複雑な操作には思考のキャパシティを圧迫されそうだな)
そして、二体目、三体目と続けてガルドガルムの死体にコープスパーティの技法を掛けていく。
(……ここら辺が限界だ)
六体目を操ろうとしたが、うまく操作が効かないのを把握。どうやら五体目までが現段階では限界数のようだ。
「恭介さま! 私のウルティメイトデスの効力が切れます!」
周囲を見渡すと、恭介とジェネで合わせて三十体以上のガルドガルムは倒されているのが確認できた。そのうちコープスパーティで操作されている五体は、恭介とジェネを囲むように待機している。
なかなか上出来だと恭介は思った。
しかし恭介のクールタイムは、まだ三分以上は必要だ。
「ジェネ! 僕のコープスパーティで五体まで操れた! こいつらで次の襲撃を凌ぐぞ!」
「っは! 私も可能な限り死体を操ります!」
そしてジェネの黒い霧が完全に晴れると、また数十匹のガルドガルムたちが恭介たちに襲いかかってきた。
「ガルルルル……ッ」
恭介は操ったガルドガルム五体を使い、唸りつつ襲い来るガルドガルムたちの攻撃を受け流す。
とはいえ同時に動かすには、まだ操作はぎこちない。
しかしそれでもなんとかガルドガルムたちを近づけさせない程度に威嚇出来ている。
「……っく、本当に結構難しい、な!」
例えるなら右手で文字を書き、左手で絵を描き、右足でリズムを取り、左足でボールを蹴る、という動作を同時に行うマルチタスク感覚に近い。
「いえ、素晴らしい死体捌き、お見事にございます恭介さま! 初めてで一度に五体をここまで動かせるのは正直驚かされました! さすがは我が主です!」
「そ、そうかな」
ジェネの褒め言葉を素直に受け取り気分を良くする。
「私めも今しがた、準備が整いました!」
そしてジェネも同じくトリガーワードを唱えた。
「≪コープスパーティ!≫」
恭介の周囲で新たに十体のガルドガルムが起き上がって、防衛に参加し始めた。
「ジェネの方が凄いじゃないか! 十体も同時に、しかもこんなにスムーズに操れてるし」
「私めは幾度も使っておりますから。しかしそれでも十体が限界です。恭介さまなら訓練次第で百体ものコントロールも容易になりましょう!」
「百って! そんなの無理無理」
「私がコープスパーティで同時に五体を操れるようになるまで、それは恐ろしいほどに時を重ね研鑽致しました。初めての時は一体が限界でしたから。ゆえにいきなり五体も操れるのは恭介さまの天賦の才にございます!」
それほどに難しい技法だったのか、と改めて驚かされた。
とりあえず今のところは実に順調だ。襲い来るガルドガルムを、こちらでコントロールしているガルドガルムで応戦し、恭介はダメージを負わずに戦えている。
ジェネはそもそも半幽体のアンデッドタイプなので、物理攻撃は一切効かない。このため、恭介の身を守ることだけを最大限に集中できる。
そして恭介のクールタイムが完了した。
「よし、そろそろ僕のウルティメイトデスが打てそうだ!」
「かしこまりました! お願い致します!」
再びウルティメイトデスの詠唱を行ない、そして発動。
黒い霧がまた、ガルドガルムたちを屠る。
コープスパーティで操っているガルドガルムたちで敵の攻撃をいなすことはできるが、動きの素早いガルドガルムたちを倒すまではできない。あくまで倒す方法は、ウルティメイトデスでしかない。
(あとは使用回数のリミットまでにガルドガルムたちが全滅するかどうかだ……)




