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百二十四話 ミッドグランド崩壊

 ミッドグランドではもはや大規模な災害、と言えるまでに被害は波状的に拡大していた。


「た、助けてくれぇーーッ!!」


 逃げ回る人々に、


「……絶対零度の凍てつく氷塊となりて、その生命に終止符を打たん≪ディープフリーズ≫」


 アンデッドたちの魔法による猛攻があちこちで襲い掛かる。


 即死級魔法を扱えるアンデッドはそう多くはなかったが、恨みつらみを溜め込んだアンデッドたちは自分たちの持てる力をふんだんに活用して、人族を片っ端から殺し、そして魂を喰らい尽くさんとしていた。


「や、やめろ、やめてくれカディナ! 俺たちはあんなにうまくやっていたじゃないか!?」


 災禍の炎に包まれた街のとある一角で、中年の男が自分の飼っていたアンデッドに殺され掛け、命乞いしている。


「うまくなんてやってない……虫唾が走る……死ね……!」


 洗脳の呪縛から解放されたアンデッドがここでもまたひとり、今まさに人族を殺めようとしていた。


 カディナと呼ばれた女型のアンデッドが、どこかで拾ってきた剣を振りかざし、それまで飼い主だった中年の男へと刃を振り下ろした直後。


「……?」


 手応えを感じられず、訝しげな表情で目の前を見ると先程まで腰を砕けさせ怯えていた元飼い主だった男が消えている。


 アンデッドが不思議そうに辺りをキョロキョロと見回すが、目的の対象は見つからない。


「う、うわ、わわわわわわッ!?」


 元飼い主である中年の男の声が、上の方から聞こえてきた。


 カディナがそちらを見上げると、そこには巨大な真紅の竜が大きな手の爪先で男をつまみ上げているのが窺える。


「……やめておけ、アンデッド。こんなつまらぬ男を殺したところで何になる」


 真紅の竜、アンフィスバエナがため息混じりにアンデッドを諭す。


「ドラゴン……!? 何故ドラゴン族が人族を庇うの!?」


「別に庇っているわけではないのだが、あまりに弱い者イジメが酷いのでな。お前もこんな矮小なニンゲンを殺しても面白くなどなかろう?」


「そんな事は……ないわ! 私はソイツに散々痛ぶられて……辱められて来た。ソイツを殺す事が私の存在の全てよ……!」


 カディナは憎悪の瞳で宙に舞うアンフィスバエナと元飼い主の男を睨め付ける。


「ち、違う! 俺は純粋にカディナを愛していた! だからアレは愛ゆえの、少し行き過ぎた行動だったというか……」

 

 アンフィスバエナの爪先に摘まれている元飼い主の男が、慌てふためきつつそう言い訳をしている。


「そうなのか?」


 男の言葉に対し、アンフィスバエナはその真偽をアンデッドに尋ねる。


「ふざけるな! 無理やり嫌な物を見せつけられ、嫌な行為をさせられる事の何が愛よ!」


 カディナは泣きながら、怒りを沸き上がらせている。


「そ、それは今まで嫌だって言わなかったから……」


「逆らえなかっただけよ! そういう風に頭も体も強制的に縛られていたから! けど、心の奥ではいつでも憎悪しかなかったわッ!!」


 アンフィスバエナはしばらくふたりの様子を見ていたのだが、どうにも自分には状況も感情も理解ができない。


 その結果、取った行動は。


「……え?」


 男の右腕に噛みつく事。


 そしブチブチ、と強引に腕を引きちぎる。


「ぎ、ぎゃあああああーーッ!!」


 ボトリ、と男の右腕の肩の先がゴミの様に地面へと投げ捨てられ、男の肩から大量の血を吐き出させた。


「よくわからぬが、我も恭介から無益な殺生を禁じられていてな。まあ別に従う必要はそこまでないのだが……それにしてもこのような弱き者を殺すのはさすがにつまらぬ。だからアンデッド、お前の憎しみはこれで許してやれぬか?」


 アンフィスバエナは右腕を失い大量に出血して苦しんでいる男を、カディナの眼前へと見せつける。


「ぅ……う……」


 あまりの激痛に鼻水と涙と涎で顔をグシャグシャに歪ませ、


「痛い……た、助けて……」


 そう命乞いする男を見てカディナは、


「……ざまあないわ!」


 多少は満足したのか、剣を捨てて笑った。


 それを見たアンフィスバエナは、爪先で摘んでいた男をひょいっとゴミクズの様に投げ捨てる。


 アンフィスバエナが周囲を見渡すと、このカディナ以外のアンデッドたちもあちこちで建物を攻撃し、魔法を放ち、破壊と殺戮を繰り返している。


「……愚かだな、人族というものは」


 アンデッドを洗脳し利用してきたそのツケがこのザマだな、とアンフィスバエナは呆れ返っていた。


「ねえ……ドラゴンさん」


 カディナがアンフィスバエナを見上げて話しかけて来た。


「ん? なんだ?」


「私もその背に乗せてもらえる?」


「……何故だ?」


「私、死ぬまでに一度でいいから空を飛んでみたかったの。だけどそれは叶わず、この国で殺され、そしてアンデッドになった後も嫌な事ばかり……。だから、もしドラゴンさんが良いのなら、私も連れて行って欲しいの」


「断る。我の背はそんなに安くはない」


「……そう」


 カディナは悲しそうに俯く。


「なーにケチくせぇ事言ってやがんでヤンスか! キョースケさまのペットの分際で! 無駄に馬鹿でかい背中をしてるんだから、乗せてやるでヤンスよ!?」


 アンフィスバエナの背でクルポロンがポカポカと身体を叩く。


「え!? コロボックル……!?」


 カディナはその存在に驚き、目を見開く。


「……全く、五月蝿くて敵わん」


「初めて見た……御伽噺の中だけの存在かと思っていたわ……」


「ねーちゃん! オイラが許すでヤンスよ。乗りたきゃ乗るといいでヤンス!」


「え……でも……」


 カディナが困った顔をすると、


「……乗れ」


 アンフィスバエナは顔を背けながらも、アンデッドの少女を乗せる事を受け入れる。


「い、いいの?」


「このちんまいのが、五月蝿くてな。背に乗せてやるから、我の代わりに相手をしてやってくれ」


「あ、ありがとう!」


「だが貴様はアンデッドであろう? 我に触れる事ができるのか?」


「あ……えっと……そう、よね……」


 試しにカディナがアンフィスバエナの身体に触れようとしたが、やはりすり抜けてしまう。


「世の中にはライダーって職があるのを知ってるでヤンスか?」


 突然クルポロンが、自信たっぷりの表情で語りだす。


「そいつを想像すれば、この難解な問題もあっという間に解決でヤンス!」


「ど、どういう事……?」


「ふふふ、それはでヤンスね……」




        ●○●○●




 ミッドグランドでアンデッドたちの暴動が起きてから、たったの数日。


 すでに都市は人の住める地ではなくなってしまっていた。


 人口の半分以上は暴動によって殺され、なんとか生き残った者たちもミッドグランドの都市を離れ、別の土地へ移住し始めている。


 滅びた都市となったミッドグランドでは、多くの死体と、たくさんの瓦礫、そして多くのアンデッドが徘徊する、まさしくゴーストタウンに成り果てたのだ。


「全く。人族というのはどうしてこう、愚かなのだろうな」


 日の当たらない国、ミッドグランドの都市の上空を飛び回りながら、アンフィスバエナが呆れた様に呟く。


「仕方ないでヤンスよ。彼らも彼らで生きる為に必死で模索した方法だったんでヤンスから」


 悟った様にクルポロンが返事をする。


「……それでも私は許せない。ミッドグランドのニコラス王と、マスターオルゴウムは人族の中でも最低だわ」


 カディナもアンフィスバエナの背でこれまでの事を思い返しながら応えた。


「それにしても、クルポロンが作ったドラゴンライド用のシートはなかなか居心地が良さそうだな、カディナよ」


「ええ、とっても! ありがとうクルポロンさん!」


 アンデッドが生命体に触れないのなら、無機物を間に挟めば良い、という単純なクルポロンの発想は、あっさりとカディナの願いを叶えたのである。


「なーに、オイラに掛かればこんなのチョチョイのチョイでヤンスよ!」


「コロボックル種は手先が器用だとは聞いていたが、本当なのだな」


 アンフィスバエナも自身に取り付けられたライダー用シートの出来具合に感心している。


「それにしても本当に気分がいいわ! 空を舞うってこんなにも気持ちがいいのね!」


 カディナはとても嬉しそうにはしゃいでいた。


「これまでの辛い過去なんて綺麗さっぱり忘れるでヤンスよ」


「うん! 本当にありがとう、クルポロンさん、ドラゴンさん!」


 彼らはそんなたわいも無い会話をしながら、ミッドグランドの都市が崩壊した後も、しばらく周辺を上空から探索していた。


 その目的はもちろん恭介とストレイテナーである。


「……恭介たちは一体どこへ消えたと言うのだ? 彼奴等がこの程度の災禍で死ぬとは思えぬ」


「そうでヤンスねぇ。もしかしたらもう別の国に移動している可能性もあるでヤンスよ」


「移動、だと? どういう事だ?」


「ミッドグランドは移動手段として転移魔法を得意としている、という話を聞いた事があるんでヤンスよ。もしかすると、キョースケさまは何かしらの事件に巻き込まれて、別の国に転移させられた、という可能性も考えられるってわけでヤンス」


「……なるほどな。ではいつまでもこんな所に居ても時間の無駄、か」


「そうでヤンスねぇ。でもどこへ行けば良いのかさっぱりでヤンスけど……」


 アンフィスバエナとクルポロンが恭介らの居所について頭を悩ましていると、


「ね、ねえ。さっきから言ってる恭介って言うのはなんなの?」


 カディナが会話に混ざってくる。


「我が認めた数少ない強者よ。見た目は人族の子供だが、恐ろしいマナと能力を秘めている」


「へえ……? よくわからないけど……その人を探しているの?」


「うむ。あとはストレイテナーというサンスルードの英雄だ」


「そうなんだ。それなら、私の故郷に行かない? ミッドグランドの都市からは少し遠い辺境地の、ラダ村ってところ」


「何故だ?」


「村の長がね、高名な呪術師なんだけど、その人は稀有な千里眼の法を使えるの。だから、人探しするならその人に聞くのがいいんじゃないかなって」


「ふむ……。まあ我は行くあてもないし、そこに行ってみるとするか」


「そうでヤンスね。んじゃ、ラダ村目指してレッツらゴーでヤンス!」


「ちょっと待て。クルポロン、貴様ずっとついてくるのか!?」


「ん? 当然でヤンス。オイラもキョースケさまにまたお会いしたいでヤンスし、今度はキョースケさまの手助けをオイラがしてあげたいでヤンスからね」


「……っち、どうせ駄目だと言っても背から離れんのだろう?」


「トーゼンでヤンス!」


「……仕方ない。ではそのラダ村とやらに向かうとしよう。カディナ、案内を頼むぞ」


「はーい!」


 一匹の竜と一人のコロボックルと一体のアンデッド。

 



 奇妙な三者の恭介を探す旅が始まる。





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