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百十四話 実験体11号機

 とりあえず恭介は困っていた。


 何に困っているのかと言うと。


「ああーん! 恭介さま、ほんとカッコいいですね! ウチ、声を聞いた時からこのお方こそが間違いなくワイトディザスターさまの生まれ変わりだと思ったんですよー!」


「てっめー、このクソガキ! さっきから調子良いことばっか言いやがって! っつーか、恭介さまにくっついてんじゃねーよ!」


「レヴィアタン、恭介さまが困っておられるぞ……そろそろ離れるのだ……」


 レヴィアタンが必要以上に恭介にベタベタとくっついてくる行為に、ジェネは憤怒し、ヴァナルガンドは呆れ気味にそう言っている。


(……こ、困った。こうまでいきなり懐かれてしまうなんて)


 恭介は困っていた。


 本当ならレヴィアタンは呼び出して、捨て駒代わりにアドガルドで暴れさせようと思ったのだが、想像以上にあっさりと恭介のこと信用して、懐いてしまったのである。


(ここまで好意を寄せられると……使い捨てみたいにできなくなるじゃないかぁ……)


 そういう意味で困っているのである。


「……しかし驚きましたな。俺の呼び掛けでは一切取り合おうとすらしなかったというのに」


 アークラウスが小さく溜め息を吐く。


「まさかあのひと言で、あっさり信用するんだもんなあ」


 恭介は呆れ気味に言った。


 こうなったのはジェネの提案した呼び出し方、それに意味があった。


「そりゃあウチだって、ただ怪しげな人が自分はワイトディザスターさまの生まれ変わりだーなんて吹聴したら、ソッコーしばきあげますけどね? ウチのこと『レヴィ』って呼んでくれるのなんて絶対絶対ワイトディザスターさま本人以外ありえないですからー!」


 嬉しそうにレヴィアタンは恭介の腕に絡みついている。


 ――あの時。


 恭介が召喚の呼び出し代弁者となって応対すると、レヴィアタンは食い入るように返答をした。


 そしてジェネの言われた通りに恭介はこう言ったのだ。


「レヴィ、キミの力が必要なんだ」


 その言葉を聞いたレヴィアタンはすぐに召喚に応じて、アークラウスの館に現れた、のだが。


 召喚されると同時にワイトディザスターさまの生まれ変わりはどこだと騒ぐので、恭介が返事をすると、すぐにレヴィアタンはベタベタとくっついてきたというわけだ。


「うぐぐぐ……だから本当はこんな手を恭介さまに使わせたくなかったんですよね……」


 ギリギリと憎々しげな表情をするジェネの言葉を聞いて、


「その口振りだと、ジェネ、キミはレヴィアタンのことをよく知っていたみたいだね?」


 と、恭介が勘づく。


「レヴィアタンは……この子はものすごい甘えたがり屋なんです。もし恭介さまじゃない人がワイトディザスターさまだと言ってもすぐに飛んできたと思います」


「ふーんだ。ウチを尻軽女みたいに言わないでよね。そりゃあワイトディザスターさまの生まれ変わりだなんて名乗られたら、とりあえず真偽を確かめに行くのは六頭獣全員同じだと思うけど?」


「……まあ、それは我も否めんな」


 レヴィアタンの言葉にヴァナルガンドが頷く。


「それでもし偽物だったり、あまりにも貧弱そうなヤツだったらぶっ殺して終わりじゃない? でもこの溢れ出るマナと力強さはどう見てもワイトディザスターさまの生まれ変わりに違いないと思ったわ! それにウチのこと、レヴィって呼んでくれるのもワイトディザスターさまとサラマンドラ姉様だけだし!」


 ジェネはそれをわかっていたのだ。


 だから、そういう呼び出し方を恭介に教えた。


 それは見事に成功せしめたというわけだ。


「……ったく、相変わらずお前は甘ったれの寂しがり屋のお子ちゃまですね」


 ジェネがからかうように言うと、


「なーによ! ジェネラルリッチだってワイトディザスターさまにデレデレな癖に! だいたいあんた、昔っからワイトディザスターさまを自分の物のように言ってるけどさー、それ、気持ち悪いからやめたほうが良いよ? ワイトディザスターさまは皆の物なんだから!」


 ムキになったレヴィアタンが捲し立てるように言い返す。


「ななな!? なんですってぇええ!?」


「……っぷ」


 恭介は二人のやりとりを見て、なんだかナーガラージャとジェネの会話を思い出して思わず吐き出す。


「……ラージャも救い出してやらないとな」


 ポツリ、と恭介はそう呟く。


「恭介さま! こんなことしてる場合じゃないですよ! さっさとこの子には囮になってもらいましょう!」


 ぷんぷんしながらジェネは本来の目的を告げる。


「あ、ああ……」


 しかし恭介は戸惑っている。


 今までもそうだったのだが、恭介は自分に好意を向けてくれる相手に対し、蔑ろな扱いをするのがどうにも苦手であった。


 特にレヴィアタンはワイトディザスターがよほど恋しかったのだろうと考えてしまっている今では、この子を囮にアドガルドを脱出する、という冷たい行為はとても出来そうにない。


 そんな恭介を見て、ジェネも察する。


「……相変わらず優しすぎます、恭介さまは」


 呆れ気味に言い放つジェネだったが、顔は少し笑っていた。


「え? 何? ウチになんかやらせるつもりだった?」


「ああ、キミを呼び出した理由はさ……」


 恭介は今の自分らの現状、ここが安全ではないことを簡単に説明する。


「……と、そういうわけでなんとかアドガルドの兵たちを目眩しにして、アドガルドから脱出し、このエスが治める国、サンスルードに行きたいんだよ」


 そう言うとレヴィアタンは、


「え? サンスルードに行きたいなら、すぐ行けますよ?」


 と、思いもよらぬ答えを返してきた。


「何? レヴィアタン、それはどういう事だ?」


「ちょっと恭介さま! ウチのことはレヴィって呼んでください!」


「わ、わかった。それでレヴィ、サンスルードにすぐ行けるって言うのはどういう事なんだ?」

 

「ウチもね、サラマンドラ姉様を探したいってのはあるんです。だから、この召喚の呼び出しに応じる前に転移魔法陣を熱波の塔付近に作っておいたんです。ウチならここからすぐにそちらへ飛べるって事です!」


「おお、そうなのか! やるじゃないかレヴィ!」


「えへへー! ありがとうございま……ふわぁ!?」


 恭介がいつもの癖でジェネにやる様に偉い偉いとレヴィの頭を撫でてやった。


「はわわわ! きょ、恭介さまぁ! なんてお優しい……」


 すると案の定、レヴィもジェネと同じ様に喜んだ。


 そんな様子を見ていたジェネとガンドが当然また憤怒していたが、恭介はそれをほっといてレヴィに肝心なことを尋ねる。


「それじゃあレヴィ。ここにいる面子全員をその熱波の塔付近まで転移できるか?」


「うん、無理です!」


 レヴィアタンは笑って答える。


「うんうん、そうかそうか……って、ええ!? 無理なの!?」


 恭介の驚きの声に、アークラウスが反応する。


「……恭介殿。転移というのはなかなかに高度な魔法になります。扱えたとしても、人ひとりを転移させるのには想像を絶するマナを必要とします」


 アークラウスの言葉にレヴィアタンが、ウンウンと頷く。


「そこの鈍臭そうなオッサンの言う通りです。ウチも転移させられるのは自分の他、せいぜいあと二人くらいですね」


「そうなのか……困ったな……」


 恭介が再び困り果てた顔をしていると。


「……なぁ、俺様にひとつ考えがあるんだが」


 それまで黙っていたイニエスタが口を開き。


 そしてとある案を提示。


 その案とは――。




        ●○●○●




「ヴヴ……コロ、コ、コ、コロ、ス……ググ……」


 顔色に血の気は無く、体のところどころは食いちぎられ、心臓はとっくの昔に停止している元々は人族だったらしい存在が、カタコトの言葉でそう呟く。


「コロ……コロス……奴隷ノ……ガガ……キキ」


 その者は足の動きもヨロヨロとおぼつかない感じで、全体のバランスが実に不安定であった。


「……ミネルヴァさま。まだこんなレベルですが、使えるでしょうか?」


 アドガルド城のミネルヴァの自室に呼ばれたミロード・フォン・クラグスルアが王女に尋ねる。


「これではまだ魂の定着がいまいち過ぎますわね……いくら蘇ったとは言え、これではさすがに産廃(さんぱい)ですわねぇ」


 ミロードはミネルヴァに命令され兼ねてより行なっていた、人体実験の成果とも言える数体の奴隷を見てもらっていた。


 ミロードの実験は、不死者を作る、または死した後の魂を別の肉体に宿すというもの。


 これを以前はアークラウスと共に行なっていたのだが、アークラウスは途中からこの実験にはどんどんと消極的になっていた。


 そして気づけば、自分とは手を切る、という一報だけを寄越して音信不通となったのだ。


「うーむ、人体実験11号機もイマイチな結果でしたな。申し訳ございません……。私の方でも何度もテストを繰り返しておりますが、なかなか……。それにアークラウスの奴めが急に裏切りよったので、腕の立つ呪術師もまた探さねばなりません」


「アークラウスはすっかり恭介さん側に着いてしまいましたからね」


「全く、あやつめ。私が散々金になる話と奴隷を横流ししてやったというのに、恩を仇で返しよって……」


 ミロードはギリギリと奥歯を噛みながら、忌々しそうにぼやき、眉間にシワを寄せる。


「それより、クラグスルア。私、ちょっと新しいことが出来るようになったんですの」


「ほう? さすがはミネルヴァ王女さまでございます。して、それはどんなことでしょうか?」


「うふふ。エキスパンション・マインドジャック、というのが出来る様になったんですの」


「……っな、なんと」


 ミロードはすぐに察した。


 ミネルヴァ王女がニコラス王を文字通り『喰った』のだと。


「そ、それは素晴らしいです。さすがはミネルヴァ王女さまでございます……」


「うふふふ……」


 ミネルヴァの不気味な笑みにミロードは心底恐怖を感じていたが、その感情を必死に押し殺す。


「……な、なるほど、私にも理解できましたぞ。もう死体にわざわざ魂を入れたりする必要がない、ということですな!?」


「……半分正解ですわ、クラグスルア。確かに戦争用の戦士については私のエキスパンション・マインドジャックを使って増やせばいいのですけれど、魂の定着は別件で必須になるの。だから今後も変わらず実験を続けてちょうだい」


「か、かしこまりました」


 ミロードが深々とこうべを垂れる。


「ココ、コココ、コロコロ、コロシタイ……ど、奴隷ノ……ガキ……」


 ミネルヴァの自室にて、ミロードの実験体となった先程の産廃呼ばわりされた存在は、そればかり繰り返している。


「……うーん、セシリアの粘着質なこの怨恨だけは、とても素晴らしいのですけれどね」


 ミネルヴァは残念そうに呟く。


「ミネルヴァさま、この女はあの奴隷のガキに何か強い恨みでもあるのですか?」


「ええ。彼のおかげで地位も名誉も、プライドもズタズタにされてしまったのですわ。だから、私がニコラス王を喰らう前に、この生き地獄から救ってあげたのですわ。あなたのこの実験用にとっておいた死体なのですけれど、少しだけつまみ食いしちゃったんですの」


「ど、通りでこの死体は新鮮な割に、保存状態がよろしくなかったわけですな」


「まぁせっかく作ったのですし、この産廃も処分せずに何かに利用しましょう」


「かしこまりました。では私の人族用のケージアイテムにでも収納して、ミネルヴァさまにお渡ししておきます」


「ええ、お願い」


「それとミネルヴァ王女さま。その……私のことですが……」


「大丈夫ですわ。あなたのことは私が責任を持って味方になりますので、お父様にもあなたのやることは全て不問にしてくださるよう話してありますから」


「そ、それはありがとうございます!」


「……っふふふ。クロフォードが天敵ですわね?」


「う……お、仰られる通りです。以前、奴隷制度撲滅を謳っていたのはゴルムア王様でしたゆえ、側近のクロフォードの奴めがニコラス王と共に私のところにいらした時は、もう終わりかと思いました……」


「大丈夫ですわ。今はお父様も私があなたに奴隷をもっと増やさせようと依頼していることを知っていますし、クロフォードもお父様から説得させてありますもの」


「そ、そうだったのですね。ありがとうございます」


「あなたはあなたで奴隷を使った商いを頑張っておりますものね」


「……はい」


「ああ! いいんですのよ! あなたの才覚は優れているのですから、そんなに怯えないでくださいまし。以前、私が与えた実験用の屋敷は確か燃やされてしまったのですよね? また私がお父様に言って、あなたに実験しやすい研究施設を設けますわ」


「あ、ありがとうございます!」


「それにしても……なんだか楽しくなってきましたわぁ」




 ミネルヴァは様々な思惑を胸に、これから起こるであろう大戦を心から待ち遠しく感じていたのだった。




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