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百十二話 孤独のレヴィアタン

 一見、人族の子供のような格好をしているが、その耳はまるで悪魔族のように鋭角であり、何よりも特徴的だったのはその角にあった。


 海と水の王、レヴィアタンはいわゆる悪魔という部類に属される魔物ではあったが、その体躯は恐ろしく小柄である。


 恭介の手によって具現化され直したジェネよりも更に小柄であり、青黒く長い髪とその髪の毛の間から生やした二本の角が特徴的な、『少女』だった。


 目覚めた時、自分が何故、今ここにいるのかレヴィアタンにはまるで理解できていなかった。


 最後の記憶は人族による大封印によって、最愛のワイトディザスターと大切な姉、その二人から離れ離れになってしまうという絶望的あの場面。


 それを思い出し、ギリっと奥歯を噛み締める。


 レヴィアタンは自分が封印されてから一体どれだけの時間が経ったのかすらわからない。


 しかしそんなことなど、どうでも良かった。


 今、大きく込み上げる感情。


 それは――。


(ワイトディザスターさまとサラマンドラを探し出す)


 ただ、それだけであった。


 このレヴィアタンが目覚めたのは、アドガルドがアンフィスバエナの襲撃を受けた直後ぐらいのことであった――。




        ●○●○●




「……レヴィアタンの召喚には些か手こずりそうだな」


 アークラウスがひとりごちた。


「何か問題が起きたのか?」


「ええ、恭介殿。召喚の呼び出しに対し、どうやら向こう側が拒絶反応を示しているようなのです」


「拒絶反応?」


 恭介の疑問にアークラウスはこう答える。


 召喚というのは、術師と対象の対等な条件のもと行われる。その際、呼ばれる側は、呼ばれるという条件に対してなんらかの要求を必ずする。


 大抵の場合、それは相応のマナ量であり、術師が練り上げたマナを対象へ捧げて互いの条件クリアとなるのだが、今回レヴィアタンはマナを求めていないとのことだった。


「……なるほど。そういうことか」


 アークラウスが何かに気づく。


「どうやらレヴィアタンは、サラマンドラを探しているようです」


「サラマンドラを?」


「はい。レヴィアタンとサラマンドラは姉妹のようで、共に封印された姉を探すために熱波の塔付近で捜索中らしく、そのため呼び出しには応じたくないとの回答でした」


「……ふむ」


 恭介が考え込むと、ヴァナルガンドとジェネが近づき、


「恭介さま。それならいっそ我が王都で暴れましょうか?」


「私も許可さえもらえるのなら、即死魔法と死体操作で混沌に陥れられますが、いかがでしょう?」


 そう提案した。


「駄目だ。お前たちにそんな危険な役目はさせられない」


 恭介はミネルヴァ王女と対峙してわかっている。


 あの王女は別格の化け物だ。


 アレと渡り合えるのは、自分しかいないであろうことをよくわかっている。


 いくらジェネたちが優れた魔物であろうと、ミネルヴァの手に掛かれば瞬殺されてもおかしくないと思ったからである。


「なあ恭介よ。そりゃあレヴィアタンなら死んでも構わない、ってことか?」


 イニエスタが若干棘のある言い方で尋ねてくる。


「そういうわけじゃないが、命の優先度は低い」


「ドライだな」


「エス、勘違いしないで欲しいんだが、僕は全てを救えるとも救いたいとも思っていない。手の届く範囲、自分の好きなものだけを救いたいと考えている。だから僕は僕の考えに反するものや関係性の薄いものは、どうなろうと知ったこっちゃない。……それがエス、あんたが選んだ王だよ」


 恭介は冷酷な眼差しをイニエスタに向け、そう言い放つ。


「……っへ、言うねえ。だが、わかってるぜ。おめぇの言ってることこそが現実だってこともな」


「冷たく聞こえるなら、すまない。でも僕は虚勢を張って出来もしないことを声高らかに謳いたくはない」


「ま、そうだな。でもな、王たるもの、そういうのも必要な場面もきっとあるぜ。それを踏まえたうえで現実も見れるようにしとけよ」


「こら! イニエスタ! お前、恭介さまに対して偉そうですよ!?」


 ジェネがぷんぷんして怒っているが、恭介はイニエスタの言いたいこともなんとなくわかっていた。


「いや、いいんだジェネ。エスの言ってることは間違っちゃいないからな」


「う……そ、そうですか……」


 恭介にそう言われ、ジェネは大人しく引き下がる。


「……ただジェネやガンド。キミたちにとってレヴィアタンを捨て駒に使う僕の考えにはどう思うかだけは聞いておきたい」


 同じ六頭獣として彼女らがどう思うのか。


 それだけは恭介の中でも少し引っかかっていたので、尋ねてみる。


「私は恭介さまの考えに大賛成です! 反論なんてそんな余地はございません!」


「我も恭介さまの決定になんの不満がありましょうか!」


 二人はそれを本心から言っているようだった。


「んー……それじゃあ聞き方を変えよう。僕の意思関係なくレヴィアタンが危機に陥っていたら、お前たちは救いたいと考えるか?」


「「いえ、まったく!」」


 ジェネとヴァナルガンドは声を揃えて答える。


「……前から思ってたが、六頭獣同士ってのは仲が悪いのか?」


「いえ、恭介さま。仲が悪いとか良いとかではなく、我々は基本自分が生きるための最善の選択を考えております。ワイトディザスターさまや恭介さまに従うのは、それこそがベストであると理解しているからです。それに私は個人的に恭介さまが好」


「あ、うん。わかったわかったもういい」


「ああん!! 最後まで言わせてくださいましぃ!!」


 ジェネの言いたいことはヴァナルガンドも同じようであった。


「ジェネラルリッチの言う通りでございます。我も我のために恭介さまに従い、ついていきたいのです。レヴィアタンが好きか嫌いか、ではなく、恭介さまの思考と同じく、我にとっての必要優先度が低い、ということです」


 ヴァナルガンドは恭介と似たような回答を返す。


「……うん、それを聞いて安心した。ってわけだエス」


「ま、おめぇさんがたがそれで良いなら、俺様は構わねえよ」


 イニエスタは笑って応えた。


「……恭介殿、すみません。レヴィアタンはどうやらすでにサンスルード地方のハズレ付近にまで移動しているらしく、その近辺でサラマンドラを探したいようで、どうあっても召喚に応じるつもりはないようです」


 アークラウスが困ったような表情をする。


「そうなのか。それじゃあ別の方法を考えるしかない、か……?」


 恭介がそう言うと、


「恭介さま。どうしてもレヴィアタンを呼び出す、というのであれば私にひとつ考えがあります。私個人はあまりやって欲しくない方法ですが……」


 ジェネが提案を申し出る。


「それは――」




        ●○●○●




 レヴィアタンは無我夢中で周囲の植物や生き物を、片っ端から強力な魔法で氷漬けにしていた。


 これをする理由は単純明快。


 サラマンドラを探すのにこれほど簡単な方法はないからだ。


 レヴィアタンのエターナルフリーズは氷系魔法最強だ。これを食らってもそれを燃やし尽くして動きを見せれるのはサラマンドラしかいない。


 レヴィアタンが熱波の塔を見た時、すでに塔からは魔力が消えていた。つまりサラマンドラはどこかに行ってしまっているのだ。


 なのでレヴィアタンは考えた。


 自分が通過する周辺を氷漬けにして探し回れば良い、と。


 仮にもし、行方の知れないワイトディザスターをも、この魔法に巻き込んでしまったとしても、彼ほどの魔力なら自分のエターナルフリーズなど意にも介さないであろうことはわかりきっていたからである。


「サラマンドラ……どこにいるの……?」


 周囲を氷結させながら、大好きな姉の顔を思い浮かべてレヴィアタンは呟く。


「ワイトディザスターさま……会いたい……」


 そして自分が当時、全てを捧げた君主の顔を思い出す。


「二人ともきっとどこかで生きてるはず……会いたい……会いたい……」


 レヴィアタンは何よりも孤独を嫌った。


 ワイトディザスターと出逢うまで、レヴィアタンはいつも独りだった。


 何故なら姉のサラマンドラとは共にいられる時間がほとんどなかったからだ。


 それというのも、この姉妹には悲しき定めに呪われているからであった。


 レヴィアタンとサラマンドラは悪魔族の姉妹の癖に、互いが正反対の属性を力強く持って生まれてしまった為、近くにいるだけで互いのマナや体力を消耗してしまう。


 ただそれだけなら良いが、反発し合う属性マナエネルギーが強大であればあるほど、何かのきっかけでそれが弾けてエネルギーの大爆発が起きる可能性がある、と言われていた。


 この為に、幼少期は周囲から二人は隔離を余儀なくされ、成人したのちマナエネルギーの制御を上手く扱えるようになってからも、会って話せるのはごくわずかな決められた時間しか与えられなかったのである。


 レヴィアタンは姉のサラマンドラが大好きだった。それなのに話す機会が少ないことをいつも嘆いていた。


 だがレヴィアタンは、その他の仲間には一切心を開いたりはしなかった。


 何故なら周りの者は、自分の魔力を恐れ、まるで腫れ物を触るように扱うからであった。


 そんな折、ワイトディザスターは寂しがっていたレヴィアタンの良き話し相手になってくれた。


 なのでワイトディザスターとサラマンドラの二人が恋しくてたまらないのだ。


 孤独は辛いとよく知っているから。


「……それにしても……うざい」


 だが、孤独は嫌いでも、自分の求めていない声はとても煩わしく感じる。


 レヴィアタンは先程から呼び出そうとしてくる召喚術師に対し、苛ついていた。


 自分にはやることがあるというのに、何度も何度も呼び出そうとしてくるのだ。


 最初は無視をしていたが、途中で煩わしくなり理由を話し、呼び出しには応じない旨を簡単に説明したのだが、それでもあまりに何度も呼び出すのでまた無視を続けていた。


 しかし無視をしていても懲りずに何度も呼び出そうとしてくるのでだんだん腹が立って来ていた。

 

 なので次にまた呼び出しの術式が頭の中で響いたら、


「……怒鳴りつけてやるわ」


 と、彼女は考えている。


 そんなことを思いながらイライラしていると、案の定、再び頭の中で呼び出しの声が聞こえ始める。


『オーナー、アークラウスがあなたの召喚を希望しています。交渉回線を開きますか?』


 何度も呼び出されるたびに、このガイダンスが流れ、いい加減我慢の限界であった。


 なので今度は文句を言ってから拒否してやるとレヴィアタンは意気込み「回線を開く」と答える。


『了解しました。回線を開きます』


「……お、繋がった」


 回線向こうの声を聞いた直後に、


「しつこいわねこの馬鹿!! 行かないって言ってるでしょ!? なんならそっち行ってあんたのことを真っ先に殺すわよ!?」


「おわ! 声でかっ!?」


 先程の男の声とは違う男の声がしたが、そんなことなど気にも留めずにレヴィアタンは怒鳴り続ける。


「あんたがしつこいからよ、この変態召喚術師! どんだけウチを呼び出したいのよ!? ウチはやることがあるって言ったでしょ!? 殺すわよ!?」


「ははは、元気がいいなあ」


「あんた、ウチのこと舐めてんの!?」


「あー、ごめんごめん。えーっと……」


「何!? 本当に殺すわよ!?」


 しかしこのあと返される言葉に、レヴィアタンは頭の中を揺さぶられるほどの衝撃を受けることになる。




「僕はワイトディザスターの生まれ変わりだ、レヴィ」




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