百四話 因縁の決着
確実にミリアは殺されるはず、だった。
だが、大量の血飛沫を飛ばしたのはミリアではなく。
「ッが……は!? ば、馬鹿……ナ……!?」
ミリアの背後から彼女の首を切り落とそうとしていたサキエルは、まさか自分の首が切り落とされるなどとは夢にも思わなかった。
「……え!?」
遅れてミリアが振り向く。
そしてバタリ、とサキエルの胴体が倒れ込んだ。
「ふうー、今のはギリっギリセーフ、って感じだったかな?」
サキエルの首を切り落とした少年が、そこには居た。
「「恭介ッ!」」
「恭介さまッ!」
「今度はだれ!?」
ミリアとイニエスタとジェネとフェリシアが叫んだ。
「遅れてごめん。でも聞こえたよ、ミリアさんが僕を呼ぶ声。おかげで間に合ったよ」
「きょ、恭……介……なの? ほ、ほんと、に?」
「本物だよ。正真正銘、元奴隷の僕さ」
ミリアは涙目で恭介を見て、
「あ、あ、ありがとう……ありがとう、恭介ぇー!」
勢いよく恭介に抱きつく。
「おわっ!? ど、どうしたのミリアさん?」
「うう……わ、私、今度こそ本当に死んだと思ったの……絶対助からないって……だ、だから……」
「てめぇー! クズ女! 何勝手に恭介さまに抱きついてんですか! ぶっ殺すぞ!?」
そんな様子を見たジェネが怒り叫ぶ。
ジェネも相変わらずの状態であることに恭介は安堵した。
「そっか。良かった間に合って。でも……」
「……?」
恭介は表情を険しく、目つきを鋭くして、
「まだ終わってない」
「きゃあッ!?」
そう言って、ミリアの身体をイニエスタの方へと投げる。
「エス、彼女を頼む」
「お、おうよ!」
イニエスタがミリアを受け取ると同時に、
「……へえ? まだ俺が生きテルってわかったのカ? 奴隷クン?」
「当然だろ?」
首を切られた頭部だけで、サキエルはその口を開いて話しかけて来た。
「って言うかさ、そろそろ茶番はやめないか?」
「茶番、だト?」
「そうさ。お前は一度だって、お前本体で戦ったことがない。そうだろう? 陰影のサキエル」
「……」
それまで饒舌だった頭部だけのサキエルは、突然少しの間無言となる。
「なんだ? 図星か?」
「……カカカ! 勝手にそう思って、意味も分からずに、ただ、理不尽に、無意味に、無知のまま死ネェーッ!」
サキエルの頭部が突如、そう叫ぶと同時に倒れていた胴体がその両手に暗器を携えて恭介へと斬りかかる。
だが、当然の如くその暗器は恭介を斬ることも、突くことも出来ずに弾かれた。
「僕のこと、忘れたのか? どんな物理攻撃も僕を傷つけることは不可能だ」
「……ッチ! 相変わらず厄介なガキだナ! だけど、こうしたらどうカナ!?」
恭介に斬りかかってきた胴体が今度は、そのままイニエスタのところへと襲う。
「離れてろミリアちゃん! うおらぁあーーッ!!」
咄嗟に判断したイニエスタが、バスタードソードでサキエルの身体を素早く横一文字に、真っ二つに切り裂いた。
だが。
「ヒャーハハハッ! 残念ザンネン!」
「いやぁーッ!?」
イニエスタによって更に切り裂かれたサキエルの胴体の、首のない上半身だけが浮遊し、そのままミリアの首元に絡みつく。
そして暗器の短剣をミリアの首元にあてがった。
「ほーら、動くナヨー? 可愛い子ちゃんの無残な姿は見たくないダロ? ヒヒヒヒヒッ!」
恭介の近くに落ちているサキエルの頭部が、ケタケタと不気味に笑う。
「く、こ、この野郎! 女を人質に取るたぁなんて卑怯な奴だ!」
「ヒャーハハハッ! 卑怯もクソもないんだヨ! 遊びじゃないだからサ! それにどの道この女は殺されるんだからネ。それが俺の手なのか、ミネルヴァさまの手なのかの違いなだけダヨ!」
サキエルがそう言うと、ミリアの首元にあてがっているナイフをグリグリっと押し付ける。そのミリアの首元から薄らと血が滲む。
「ひ……」
ミリアは青ざめた表情で、言葉を失った。
「てめぇ! やめやがれッ!」
「おっと! 動くんじゃねぇヨ、イニエスタ王! ちょっとでも動けば、この女の動脈を切り裂くヨ?」
「ぐっ……」
誰もがこの異常で異様な襲撃者の行為に対し、動けずにいた。
と、ひとりを除く全員が思っていた。
「ヒャーハハッ! 奴隷のクソガキ! てめぇも動くな……ア、アレ?」
ほんの一瞬だった。
「ア、ァアアーーッ!? どどど、どどッ!?」
ミリアに絡み付いていたはずの上半身は、サキエルが目を離したほんのわずかなひとときで、すでにその場から無くなっていた。
そして。
「……これが本体、か」
恭介は手のひらに収まるほどの、小さな人型で悪魔の様な顔をした小人らしきモノを指先でつまみ上げていた。
「キ、キキキ、キサマぁ!?」
「前にお前と戦った時からずっと違和感があったんだ。その人の形をした身体に中身がないことに。で、スキャンを掛けてみた」
「さすが恭介さまです! その者の魂を見抜いていたのですね!」
ジェネが声をあげる。
「ああ。僕には人の生命エネルギーが、その人の形をふちどって色として見える。サキエル、お前の形を探していたら、足の太ももの部分に小さな人型の色が見えたのさ」
この場にやってきてミリアを救った瞬間から、恭介はサキエルを凝視していた。
しかし最初、どれほど目を凝らしてもサキエルという人の形をしたものに、生命の健康状態を示す色が全く見えなかった。
だが、サキエルの上半身は活発に動き回るのに対し、下半身の動きが消極的なことに気付いた恭介は、イニエスタに斬られたあとのサキエルの下半身を凝視してみた。
すると、小さな人型の色がついに見えたのだ。
それは、下半身の太ももの内部に埋め込まれていた。
それを察知できたのち、少し無理をして再びマインドブーストでわずかの間だけ加速。
ミリアを捕えていたサキエルの上半身を細かく分解するほどに切り刻み、その後、太もも部分に隠れている本体を切り取ったところ、このような小さな悪魔らしき者が出て来た、というわけだ。
「な、なんだト……!? き、キサマのその目、まさかアンデッド……!?」
指先で摘まれた小さなサキエルの本体が、驚愕の表情で恭介を見る。
「お、おい。そいつは……まさか、リトルデビル族か!?」
イニエスタが声をあげた。
「……ック」
サキエルはバツが悪そうに顔を歪める。
「お前はその小さな身体で人や物を操っていたわけだ。傀儡は本物の人の肉体のようだけど、これに魂がないところを見ると、お前は死体を操っていたんだな?」
「……ク……ッグ」
「そうなると、レオンハートと共にアナザースペースに巻き込ませたのはお前の傀儡か」
「……」
サキエルは完全に黙り込んでしまった。
「傀儡……やはりそいつは間違いない、リトルデビル族だ。リトルデビル族は力を持たない代わりに天才的なマナコントロール技術を持つと聞く。新鮮な死体であれば、それを生きているかのように動かすことは造作もないんだろう」
イニエスタが簡単に説明をする。
「……」
サキエルは黙ったまま、顔を伏せる。
「お前がいつも仮面をつけていたのは、操っているのが死体だったからか」
「……」
黙り込むサキエルの顔を恭介はぐいっと指先でつまみ上げた。
「ぅグ!? な、なにをスル!?」
「おい、お前やミネルヴァ王女は何が狙いなんだ?」
「そんなノ、俺は知らないヨ!」
「……そうか」
恭介は目を細くして、サキエル本体である小さな小悪魔の更に小さなその手を指で掴んで、プチっと潰す。
「ギャァッ!!」
「ふーん。やっぱり痛みはちゃんとあるんだ」
「ウグググ、や、ヤメロ! 下等な奴隷メッ!」
「やめて欲しけりゃ素直に答えろ。お前やミネルヴァ王女は何を企んでる?」
「シ、知らないヨ! 俺はただ王女の遊びに付き合ってるだけダ!」
サキエルのその言葉にジッと恭介は、その目を見つめて、
「……ふう。嘘か」
「ナ!? う、嘘じゃないヨ! 俺は何も知ら……ギャァッ!!」
恭介は更に、サキエルの別の手の指もひとつ潰す。
「なあサキエル。お前は楽に死にたいのか? それとも苦しんで死にたいのか?」
「ど、どっちにしても殺す気なのかヨ!?」
「ん? 当たり前だろ? お前はあまりにも邪悪すぎる。殺さないわけがないだろ」
「ク……グ……」
「さあ、答えろ。お前らは何を企んでる?」
「い、言うわけないダロ!?」
「ふーん」
恭介は冷静に、慎重に、丁寧に、サキエルの小さな指をまたひとつプチっと潰した。
「ギャァーッ! や、ヤメロォ!」
「ん? やめないよ? お前が隠してる全てのことをここで言うか、全ての指が無くなるまでずっとこれを繰り返す」
「テ、テメェ! それでもニンゲンカ!?」
「っぷ! 笑わせるなって。お前にだけは言われたくないよっ……と」
言いながら恭介はまた、サキエルの指をプチっと潰す。
「ギャッ! イテェー!」
「あはは! 痛いんだ? こんなゴミみたいな身体のくせに痛がり方は一丁前なんだな」
「ウグググ! こ、この外道野郎ッ! ブッコロしてヤル!」
「おーおー、やってくれよ。今の僕を殺せるものなら、ぜひやってみてくれっ……と!」
プチプチっと、また二つ。
「ギァー!」
サキエルがその顔を苦痛の表情に歪ませる。
「あーあ、もうほとんどの指が残ってないじゃないか。潰す指が無くなったらどうすると思う?」
恭介はサキエルにそう問いかけた。
「コ、殺すんダロウ!?」
「ぶっぶー。正解は、しばらくそのまま放置する、だ!」
「ナ、なんでそんなコトを!?」
恭介はニコっと笑って。
「いつ殺されるかわからない恐怖。いつまでも痛み続ける潰された指。それらを長く長くお前に味わわせてやるためだよ」
サキエルにそう言い放った。
「――ッ!!」
こうして、かねてからの因縁のひとりでもあったサキエルに報復できたことに、恭介はある程度その気持ちは報われた。
サキエルはその恭介の表情に、ただただ恐れを抱いたのだった。




