百一話 人モドキ
「……と、まあそんなわけで、俺様は恭介と共に行動して、なんつーかな、アンデッドたちとの関係性を見直そうとも考えたってわけだ」
イニエスタはだいたいの流れをペルセウスらに話し終えた。
その間、彼らは黙って話を聞いていたが、シリウスだけはいまだ、反抗的な態度を変えずにいた。
「正直、わからねえことだらけだな」
ペルセウスが言った。
「恭介ってガキが化け物みてぇな力を持ってるってのはわかったし、どうやら話の通じるやつみたいだってのはわかった。けど、それを信じる根拠がねえ」
「根拠、だと?」
「ああ。恭介ってガキがそこのジェネラルリッチに操られてる可能性、邪悪の化身と呼ばれるダスクリーパーに操られて人族を滅ぼそうとしている可能性、それとも恭介ってガキ自身が邪悪に狡猾にあんたを騙くらかしている可能性。……それらを考えねえ根拠がねえ」
イニエスタは自分の王スキルである『信ずる者』についても話してある。しかしそれでもペルセウスはこう続けた。
「もし、今の話と俺の話を民に話したとして、多くの奴らはどっちを信じると思う?」
「……ペルセウス、だったか。お前の方だろうな」
「そうだ。そんな安っぽいあんたの言葉じゃ、凝り固まった人族の心は動かねえ。それどころか、むしろあんたがおかしくなったと見られるだけだろう」
「そうだろうな」
「そこまでわかってて、それでもあんたは行動してるんだ。何か考えがあんだろ?」
「……おめぇらは、民を制するにゃあ何が必要だと思う?」
唐突なイニエスタの質問に、
「国を豊かにする方法を考えられる王の様な存在、でしょうか」
シリウスはそう答え、
「いや、民からの信頼や信用だろ?」
と、ペルセウスは答える。
それに対してイニエスタは首を横に振り、
「ちげぇ。いや、厳密にはどちらも必要だが、それよりも必要なのは、圧倒的な『カリスマ性』だ。どんな暴君であろうと、悪女だろうと、カリスマ性のある者に民はついていくんだ」
「カリスマ性、ですか……」
「そうだ。カリスマ性ってのは、具体的に何かが優れてなくてもいいんだ。人を惹きつける何かを、多くの者に感じさせることさえ出来りゃあ良い。それが出来ているのが、現在四カ国の王だと俺様は思っている」
「っへ、言うじゃねぇか。そりゃああんたもそのカリスマ性に溢れてるって自信の現れか?」
「ああ、そうだぜ」
イニエスタは臆することなく言い切る。
「俺様のカリスマ性に惹かれた奴らが、サンスルードにはいっぱいいるってことだ。それは、俺様がそう思ってやってるわけじゃねぇ。結果としてそうなってるわけだ」
「それで、そのカリスマ性溢れるあんたは、魔王の少年やアンデッドと手を組んで何をしようってんだ?」
ペルセウスの問い掛けに、イニエスタは小さく笑う。
「俺様はな、常々思い描いていたことがあったんだ。だが、それは俺様だけじゃ到底叶えられねぇと思っていた」
「……そりゃあなんだよ?」
イニエスタはニヤっと笑い、
「全国統一だ」
堂々と答える。
「サンスルード、アドガルド、ミッドグランド、ノースフォリア、この四国を統一し、ひとつの国にする。それがこの俺様の叶えてぇ夢だ」
「そんなこと不可能ですよ」
「シリウス、おめぇさんはなんで不可能だと思う?」
「当たり前じゃないですか。考え方も、身分も、地位も土地柄も全然違うんですよ? 誰が何を言っても不平と不満は無くなりません」
「だろうな」
「だろうなって……じゃあイニエスタ王はどうお考えなんですか?」
「俺様たち現王たちには無理だろう。だから、それを俺様は恭介に託してぇ」
「な、なんだと? 本気で言ってんのかイニエスタ王!?」
「ああ、大真面目だぜ。俺様はそれが出来んのが恭介だけだと思ってる」
ペルセウスとシリウスは口をあんぐりと開けて、しばし言葉を失った。
「恭介が……それほどに……」
ミリアですら驚きを隠せない。
「なかなか見る目がありますね、イニエスタ」
ジェネだけは嬉しそうに微笑む。
「ちょっと待ってください! そんな得体の知らない子供に全てを託す? 笑わせないでくださいよ!」
シリウスが声をあげる。
「……黙れシリウス」
「ですがペルセウスさん!!」
「いいから黙れ! イニエスタ王の言ったことがどうあれ、そのことを議論する前に、今度は俺たちのことを話すのが筋だろうがッ!」
「……ッ!」
シリウスはまだ何かを言い返したそうにしていたが、そこは大人しく引く。
「さて、今度は俺たちの番だな。俺たちはミッドグランドの兵団の兵士。ニコラス王の忠実な部下だ」
「……ああ、それは聞いたぜ」
「だが、まず俺の心情から率直に言わせてもらえば、今の世界は狂ってるぜ。そしてその最たる国は、うちのミッドグランドだと俺は思ってる」
「ペルセウスさんッ!?」
「まあ聞けシリウス。俺やシリウスはな、それぞれ貴族を親に持つミッドグランドのいわゆるボンボンだった。とある日、俺たちの親は貴族でありながら、優れた技法を買われ、半強制的に兵士にさせられた。それというのも、ニコラス王がアンデッドを利用して経済を活性化させるためだった」
「聞いたことがある。ミッドグランドがアンデッドを利用した交易でうまくいったのは、アンデッドを大量に呼び寄せる迷宮があるからだという話。それが底無しの迷宮ってやつだったか」
「ああ。そこにいるアンデッドどもを大量にとっ捕まえて、洗脳し、人族が扱いやすい様にするって作戦だ。だが、そのダンジョン攻略中、無茶な捜索を命じられた俺とシリウスの親は迷宮内のアンデッドと魔物に殺されちまった」
「……おめぇらの親は戦士じゃなかったんだろ? なんで徴兵された?」
「さっきも言った通り技法を買われたからだ。その技法ってのが『マインド・ジャック』の技法だ」
「……うちのストレイテナーが掛けられてる洗脳か」
「いや、あんたのとこのストレイテナーが掛けられているのは、ニコラス王のもっと強力なやつだ。さすがに勇者レベルのやつには生半可なマインド・ジャックは効かねえからな」
「そうなのか」
「話を戻す。親を殺された俺たちはアンデッドを憎んだ。だから俺たちはそれぞれ修行を重ね、アンデッドや魔物を根絶やしにしてやると誓ったってわけだ」
「……なるほど、な」
「更に言えば、このシリウスはすでに随分昔にアンデッドに殺されちまってるんだ」
「なに?」
シリウスは顔を伏せた。
「……これから話すことは絶対内緒で頼む。このシリウスは本質的にはアンデッドに近い存在だ」
「な、なんだと?」
「正確にはアンデッドになるであろう魂を、人型の器に定着させることが出来た世界にただひとつの存在だ」
「な、なんだそりゃあ!? 俺様も初めて聞いたぜ!? どういうことだか、きっちり説明してくれ」
「わかってる。少々長くなるぞ」
シリウスも観念したのか、ただ黙って俯く。
そしてそれから語られたペルセウスの言葉は、イニエスタだけでなく、アンデッドでもあるジェネにとっても信じ難いものであった。
シリウスはとある日、ある程度力をつけた自分を試すために底無しの迷宮へ、単身赴いた。
だが、アンデッドによって殺されてしまった。
しかしどういうわけだが、シリウスの魂はすぐに喰らわれることはなく、気づいた時にはミッドグランドのとある技術士のもとにあった。
その技術士の名をツェペットと言った。
ツェペットは少し変わり者の技術士であり、とある研究を行なっていた。その研究とは、アンデッドの魂を物質に定着させるというもの。
そしてさまざまな経緯を得て、ついにシリウスの魂を人族そっくりの人形に定着させることに成功。
こうしてシリウス、という魂は新たな器を得て人族のフリをして生きてきたというわけだった。
「魂が物質に定着する、なんてことは本来はありえねぇ。だからシリウスの様なやつは他にいねぇ。コイツは世界にただひとり、魂から蘇った存在なのさ」
「……なるほど、そういうことだったんですね」
ジェネが口を開いた。
「今、落ち着いた状態でスキャンしました。シリウス、お前の魂は、心臓部の少し下にある、魔水晶にあるのですね。てっきり完全な傀儡かカラクリの類いかと思っていました」
「そうだ、そこのアンデッドの言う通りだ」
ペルセウスが答える。
「シリウスの核はその魔水晶にある。だから、お前さんの即死魔法がキチンとそこを捉えていたら、シリウスは殺されてただろうな」
「……魔法は対象を正確に認識しないと、器である身体を狙うだけになりますからね」
「そういうことだ。俺は、俺やシリウスみてえな奴らを作っちまう原因はアンデッドとの終わらねえ憎しみ合いにあるんじゃねえかと思ってる。それをうちの国みてえなやり方じゃますます悪化する一方だと、そう思ってるってことだ」
「……」
シリウスは顔を伏せたまま、一言も発さなかった。
「なあ、シリウス。おめぇのことは誰にも言わねえし、おめぇを変だとも思わねえ。だから教えてくれ。なんでおめぇはそんなにアンデッドを憎む?」
イニエスタがそう尋ねると、
「そんなの……ッ!」
シリウスは険しい表情で顔をあげた。
「……コイツをある意味蘇らせてくれたツェペットもまた、アンデッドに殺されちまったから、だ」
再びペルセウスが口を挟む。
「ツェペットは自分の研究をもっと役立てようと、更にアンデッドも研究しようとした。その際に、アンデッドに殺されちまったんだ。シリウスからすりゃ、二度も親を殺されたも同然さ」
「……そう、だったのか」
イニエスタもさすがに言葉を失う。
「……僕は今は人モドキです。ですが、それでもやれることはやりたい。ただそれだけです」
「わかった。おめぇらのことはよくわかったぜ」
イニエスタはポンっとシリウスの肩を叩いた。
「わかった上でおめぇらに頼みたい。俺様たちに力を貸してくれ。そんでもって、世界を変えねぇか?」
「……僕たちにニコラス王を裏切れ、と?」
「まあそういうことになる。もしノーと答えても別に殺す気はねえ。ここで拘束したまま俺様たちは逃げるがな」
「イニエスタ王。話は聞く約束だったが、手を組むかどうかという話はまた別問題だぜ?」
ペルセウスが言った。
「ああ、わかってる。だから、ここから先はおめぇらの自由で良い。好きに選べ。俺様たちに協力するも、ミッドグランドとニコラスに忠誠を誓い続けるも自由だ」
ペルセウスとシリウスはしばし黙り込む。
と、その時、突如彼らのすぐ傍の空間が歪んだ。
そして。
「あー、疲れた。よくもまあこんなにずっとしゃべっていられるね」
「はん! あんたが勇者だって言うから、あたしが実力見てやるって言ったのに、あんたがちっともやる気出さないからよッ!」
歪んだ空間から姿を現したのは、アナザースペースによって姿を消していたレオンハートとフェリシア。
「……あれ? これどういう状況?」
二人はボロボロになった応接間と、謎の二人組を見て目を見開いたのだった。




