九十九話 極限のふたり
「お前は一体なんなんだ?」
「……私は、ミネルヴァ。この世界のミネルヴァの生まれ変わり、かしらね」
アドガルドの上空にて、空中でついに恭介の腕を離れたミネルヴァが不敵に笑う。
「……その瞳、黄金の輝き。それがもしかして神素って奴なのか?」
ミネルヴァは空中で漂いながら、こくんと頷く。
「ええ、そう。私はまだ神素を完全にコントロール出来ていない。ですが解き放てば、今のようにアングラビティ技法も使えますの」
「アングラビティ、ね。それで悠々と空に浮かんでるわけだ。あの異常な威力のトールハンマーと言い、もはや化け物だな」
「くっふふふ。それはお互いさまですわね」
しかし恭介はこの王女の余裕さがどうにも怪しく感じていた。
何故だが彼女の心は全く見えない。
だが、この王女が非常に危険に満ちた存在であることだけは容易に理解できる。
その証拠に、地表に大規模なトールハンマーを放った直後、たったの一瞬で、究極強化された恭介の拘束を力で振り解き、こうして宙で対峙しているからだ。
(コイツは本物の化け物だ……)
恭介はいまだかつてないほどの『闇』と対峙していた。
●○●○●
「シルヴェスタ、ここにいてくれたか」
突然の襲撃をイニエスタたちに任せたアークラウスは、ヴァナルガンドの身柄を最優先に確保しようと、自分の館の中心部にある小さな中庭の小屋に来ていた。
「はい。緊急事態の連絡を受け、すぐに館内に隠しておいた全てのスフィアと、アークラウスさまの必要最低限の大切なものをまとめておきましてございます」
「うむ、さすがだシルヴェスタ」
「アークラウスさまもご無事で何より。フェリシアさまは?」
「冷血の勇者が匿ってる。まあ、あのメンツなら問題なかろう」
「それはなによりでございます。ではあとはここだけですな」
シルヴェスタはそう言いながら大きなバッグを担ぎ、小屋の中へと入っていく。
「……このままでは、間違いなく館内を捜索される。そこに六頭獣がいれば確実に処分されてしまうからな。殺されてしまうくらいなら、逃す方が良い」
小屋の中には地下へのハッチがあり、その下にヴァナルガンドは囚われていた。
「しかし予定が狂ったな。ヴァナルガンドともあの恭介という少年が話に混ざってくれていたなら、うまく付き合えたかもしれんが……」
「ここのところ、予定調和は全て狂いっぱなしですな。まさにノストラダムが起きようとしているのかもしれませぬ」
「……ノストラダム、か」
「それよりアークラウスさま。一緒にこのままヴァナルガンドを解放しては危険では? ヴァナルガンドが襲い掛かるやもしれませぬ」
「……いや、俺も行く。少しだけヤツと話しておきたいからな」
「……かしこまりました。では、地下へのハッチを開放致します」
シルヴェスタは隠されたレバーをガコン、っと引き、小屋の中の地下への扉を開く。
アークラウスの館はこの地下シェルターの増設に力を入れていた。
それはとある事態を予測してのことだったが、このような緊急事態にも非常に役に立つ。
館に仕えるメイドたちも、アークラウスの命令通り今はこの地下に隠れているはずだ。
そして物々しく扉は開き、地下への階段をあらわにする。
「……さて、問題はヴァナルガンドがどれほど冷静に話を聞いてくれるか、だな」
●○●○●
「少しお話をしましょう」
ミネルヴァがそう提案してきたので、恭介は少し待てと告げて腕に抱えていたストレイテナーとクライヴを近場にある、背の高い建造物の屋根に置いた。
ストレイテナーはまだ気を失ったまま。
クライヴは相変わらず自我のない瞳のまま虚空を見ていた。
「……あんたは、何をしたいんだ?」
「そういうあなたは何をしたいんですの? アンデッドなんかを偉くお気に入りのようですけれど」
「知っているのか?」
「ニコラス王から聞き及んでおりますもの。それに、あなたも前世が日本人なのでしょう? だったらこの世界の剣と魔法を存分に堪能すればよろしいんじゃなくて?」
「……僕も最初はそう思ってた。でも、それだけじゃない。この世界の歪みを直したいと思ったし、この世界にも護りたいと思えるものができたからな」
「……よくわかりませんけど。まあ、そんなのはなんでもいいですわ。どちらにしても私の言いなりになる気はないのですよね?」
「ないね。そういうあんたは何がしたい?」
恭介の問いかけにミネルヴァはつまらなさそうな顔をして、
「何も」
「……?」
「別にないんですわ。目的なんて。ただ目の前で興奮して、楽しめる何かが起こるのをこの目で直接見たいだけ。ただそれだけですわ」
「そんなくだらない理由でヒトをオモチャにしてるのか!?」
「くだらなくなんかないですわ。私はこの世界では王族として生まれているんですもの。その権限を大いに利用して『遊んでいる』だけですのよ」
恭介はギリっと奥歯を噛み締め、
「……ふっざけるな! お前のそんな理由で多くの悲しみが生まれてるってことがわからないのか!?」
「わからない? いいえ? わかっていますわ。でもそれが私の楽しみなんですもの。仕方ありませんわよね」
ギュゥと右手に力が入る。
「……ここであなたと争っても、つまらないのでやめましょう? どうせあなたが死ぬだけですわ」
「そんなのわからないだろ?」
「わかりますわ。だからこれだけ答えてくださいまし。私のしもべとなるか、それとも敵となるか。前者ならこの世界で幸せを、後者なら地獄をお見せすることになりますわ」
「……それこそくだらない。後者に決まってる」
「それじゃあ……」
ミネルヴァは楽しそうに笑う。
「戦争、ですわね」
●○●○●
アドガルドでは未曾有の大災害に、人々は大きく混乱していた。
突如天から降り注いだ、極太の光の柱が一瞬で多くの命を奪っていったからである。
それが上空にいるミネルヴァ王女の仕業であることなど当然誰一人知る由もない。
「……派手にやってるネ」
この男を除いては。
アドガルド王都、ミネルヴァ王女のトールハンマーが降り注いだ地点のすぐ近くで周辺を散策していたサキエルが遠視の技法で、上空の恭介とミネルヴァを見ていた。
「それにしてもミネルヴァさま、飛ばしてるネー。大丈夫カナー?」
サキエルはそんな言葉とは裏腹に、楽しそうに二人の様子を眺めている。
「あーあ。あんなに神素を解放しちゃっテ……まだ俺は遊びたりナイんだから、メルトだけは放たないで欲しいナー」
ポリポリ、と頭をかきながらサキエルは困ったような身振りをする。
「どっちにしても、俺もさっさと自分の仕事をしに行くカ。馬鹿なレオンハートのケツ拭きとか、やる気出ないけどネェ」
サキエルはそう言うと、トプンっと地面の中へと潜るように沈んでいった。
●○●○●
背後を見て、ゴクリ、と唾を飲んだ。
恭介はこの日こそ、自分の完全耐性というものを多少なりとも理解してあって良かった、と心底思った日はなかった。
「あらあらぁ……」
ミネルヴァは楽しそうにクスクスと笑っている。
戦争だ、と告げてきたミネルヴァがスッとその細い右腕をあげて、手のひらを恭介の方に向けた瞬間。
無詠唱で放たれた何かしらの魔法が三本の光線となって、襲ってきた。
それを見た直後、これは確実に『反射』で受けては駄目だと感じた。
そしてその予感は的中した。
放たれた二本は完全に恭介の心臓部と脳を狙っていたが完全耐性が見事働き、それを綺麗に『掻き消した』。
しかし外れた一本は、そのまま恭介の背後に位置するガルド山脈の一角に直撃。
山岳に当たった直後、それは先ほど穿たれたトールハンマーの更に数倍の規模の大爆発を起こして、山の一部を抉った。
もし、恭介が意識して耐性を『掻き消し』にしなければ、あさっての方向へ反射したそれが、下手をすれば王都を壊滅させていただろう。
「な、なんて魔法だ……」
「恭介さん、よく避けませんでしたわねぇ。偉い偉い。くすくすくすッ」
ミネルヴァは本当に楽しそうにただ、笑う。
「……も、もし城に被弾したらどうするんだ!?」
「え? 何か問題があるんですの?」
「お前のお父さんだっているだろう!?」
「居ますわね。愚かな王が。死んだところで、世界は何も変わりませんわ」
「そんな問題じゃないだろ!? いくら転生者とはいえ、お前を育ててくれた親だぞ!?」
「親……ねえ」
ミネルヴァは突如、つまらなさそうな顔になった。
「私を制限して、封印するのが親だとしたなら、私にとっては邪魔以外の何者でもないですわね」
「なんだと……?」
「お父様のおかげで、私はやりたいこと全てを封じられてしまいましたもの」
「ゴルムア王が……!?」
「……ま、それはいいですわ。どちらにしても、少し面白いことになりそうですわね」
「なんだよ、面白いことって?」
「圧倒的すぎた私の力とあなたの力。私たちはどちらも他人を糧として高みを目指す者同士。こんな素晴らしい二つの力をチンケな舞台で終わらせるのは、さすがにもったいないですわ」
「……だったら、どうするっていうんだ?」
「先ほども言った通り、戦争をしましょう?」
「戦争……だと?」
「ええ、あなたと私というこの世の神同士の戦いを。あらゆる駒を使って」
ミネルヴァは目を見開く。
「そして、私たちの戦力を互いにふんだんに使って、殺し合いをしましょう! 私はそのために使えるものを全て使いますわ」
ミネルヴァ王女は恭介に今後の自分たちの在り方を説明し始めた。
それは――。




