プロローグ 〜ありふれた追放〜
「ハッキリ言うぞ恭介。お前は今日限りで俺たちのパーティから出て行ってもらう」
冷たい眼差しを向け、蔑むように言い放つ男の名はクライヴ。この王都アドガルドの、王立冒険者ギルド上位ランカーでもある、実力派剣士だ。
「え? な、なんで……急に……僕が何かした……?」
恭介と呼ばれた、細身で、小柄な少年は声を震わせ身をすくませる。
「単純にな、お前とはもう一緒にいたくないんだ」
「そ、そんな……確かに僕は奴隷だったけど……それでも僕のことを仲間だって……」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、なんで急に……?」
「あのな、奴隷くん。お前は自分じゃわかってないかもしれないが相当気持ちがわりぃんだよ。仲間、だと? 冗談はほどほどにしとけよ。なぁミリア?」
クライヴはまるで汚物でも見るかのような、蔑んだ眼差しで恭介を見下す。
「そう。恭介、本当にあんたはおかしい。だいたいこれまでも何かの役に立つわけでもない、ただ飯食らいのくせに……ねぇ、ガストン?」
そんなクライヴの言葉に乗じて、パーティの紅一点でもある女魔法師のミリアも、恭介のことを同じように冷たい目で見た。
「そうなんです、恭介さん。あなたの存在理由はもはや失われました。逆にこのまま居られると我々が迷惑被る」
ガストン、と呼ばれた偉丈夫そうな治癒師の男もクライヴとミリアの言葉に重ねる。
「ミリアさんにガストンさんまで……そんな……」
この世界で冒険者を始めて、たったの一ヶ月しか共に過ごしていない仲間だったが、それでも恭介にとっては本当に心から、彼らを信頼していたつもりだった。
「お前と一緒にやってたのは、お前があまりに憐れで可哀想だったからだ。わかるか? 俺の気まぐれの慈悲だったんだよ。だがな、そんな茶番もここまでだ。これ以上お前が俺たちの仲間だと思われんのは迷惑なんだよ」
クライヴたちの言いたいことは、恭介も薄々理解していた。
確かに自分は元奴隷。奴隷と仲間だなんて思われたくない、と思うのは普通のことかもしれない。
しかしそれでも恭介は、クライヴたちがこんな風に自分のことを突然追放するなんて、思いもよらなかった。
「……わかったよ。クライヴさん、今までありがとう……」
恭介は渋々と了承し、肩を落としながらクライヴたちに別れを告げ、宿から出て行った――。
●○●○●
「これから……どうしたらいいんだ」
日中の王都アドガルドのメインストリートは、たくさんの人でごった返している。行商人、冒険者、兵士や貴族。
そして種族も恭介ら人間族のほか、亜人族、獣人族、古竜族、と様々な人種がいた。
そんな人混みの中、恭介は行く先もなく適当にぶらつきながら、ひとりごちる。
「僕にはあても身よりもない。あるのは不便すぎるスキルだけ……」
それもそのはず。
恭介はまだこの世界に転生して、たったの一ヶ月しか経っていない。クライヴらに運良く拾われたからこれまではやってこれたが、この先、一人でどう生きていけばいいのかなど、皆目見当もつかなかった。
そんな恭介にもこの世界特有の固有スキル、というものが一応ある。
そのユニークスキルは『獲得経験値アップ』という、なんともお粗末な底辺のスキル。
おまけにクライヴが言っていた通り、恭介は元奴隷。そんな人間が働ける場所なんて、ここにはどこにもなかった。
『私が……おります。ワイト……ディザスターさま……』
途方に暮れていると、頭の中で声が響く。
「その名はやめろ。それにこんな街中で話しかけるなよ。僕の声は周りに聞こえるんだぞ……」
恭介はなるべく小さな声でそう呟く。
『申し訳……ありません……。ですが……あのクライヴ……という者ら、我らが主、恭介さまに……とんだ無礼を……。魂を食らって……良いですか……?』
「良くない良くない。ちょっとお前は黙っててくれ」
しゅん、としながら(多分してる)脳内に響く声は言いつけ通りしゃべるのをやめた。
確かに自分には、ユニークスキルではない『異端な能力』がある。
だが、それを行使したところで、何を成すべきかもわからない。そもそもまず、目先の衣食住すらどうすれば良いのかわからないのだから。
恭介はこの世界ではやり直したかった。
以前の世界では取り返しのつかない失敗をした。
だからこそ、運良く『転生』出来たこの世界でこそ、やり直したかった。
漫画やアニメ、ラノベの主人公らのように、やり直したかった。華々しい主人公になりたかった。
「今度こそうまくやれる。人の役に立てると思ったのに……」
ゴミ溜めのようなところから救ってもらった恩義に報いる為、クライヴらにこの身を捧げると誓ったのに。
『……殺せば、良いのでは……』
また脳内の声が響く。
「だからジェネ、お前は喋んなって言っただろ」
ジェネ、と呼ばれた脳内に響く声は、それでも話すのをやめない。
『ですが……私には我慢……なりません。ワイトディザスターさま……いえ、恭介さまは……王です……』
「違う」
『六頭神であらせられる……かのダスクリーパーさまは……そう仰いました……。私も……恭介さまこそ、王に相応しいと……』
「だから違うって」
『統べる者になるのは……お嫌いなのですか……?』
はぁ、と溜め息を吐きながら恭介は少し人混みから外れた裏路地の方へと行き先の方向を変える。
「……あのな、僕はできるだけ平和で楽しい生活が送りたいんだよ。争いとか、苦しいのとかはもうこりごりなの。わかるか?」
人気の少ない通りに入って、脳内の声を説得する為に、恭介は懇々と自分の思いの丈を話す。
『ですから……我々の……王になれば……良いのでは……』
「お前たちの王になって、なんか良いことがあるのかよ?」
『とても……平和に……魂を食べられると……』
「僕は人族だ! 魂は食べない!」
『とても……平和に……色んな死体を……愛でられると……』
「僕はネクロフィリアか!?」
『では……どうすれば……?』
恭介は、はあぁ、と更に大きな溜め息を吐く。
「なぁジェネ。頼むから、お前たちアンデッドの主観でモノを言わないでくれ。僕は人間。人族だ。生きてるんだよ。わかるか?」
と、中々自分の言いたいことを汲み取ってくれない、厄介な相棒に呆れ気味にそう言っていた矢先。
「おい! ガキ! そこを動くな!」
目の前に、ナイフを構えた野党のような男が路地に立ち塞がっていた。
話に夢中で、この男の存在に気づくのが遅れたようだ。
この辺りの裏路地は治安がとても悪い。
「へへ、馬鹿なガキだぜ。ここは俺の縄張りだ。通りたきゃ身ぐるみ全部置いていきな!」
恭介は、はあぁぁ、更に更に大きな溜め息を吐く。
「ジェネ……お前のせいだぞ」
『私のせいでは……ないかと……』
「おい! 何ひとりでぶつくさ言ってやがる! 殺されたくなかったらさっさと金目のもんを置いてけって言ってんだよ!」
野党らしき男は、しきりに怒鳴りあげてくる。
「わ、わかった。わかったから、ナイフをぐいぐいするなよ……」
「わかりゃあいいんだ! さっさと出せ!」
しかし困った。
恭介には、金目の物はほとんどない。あるのはわずかな銅貨だけだ。
これを渡してしまうと、いよいよ今晩から食べる物すら買えなくなる。
「……こ、これでいいかな?」
恭介はおずおずと、銅貨を手渡す。
「ばっ、馬鹿野郎! 銅貨一枚とか舐めてんのか!? パンすら買えねぇ! 俺はありったけ出せって言ってんだよ! その腰の袋ごと全部よこしやがれ!」
そう言いながら、痺れを切らした野党は恭介の腰に身につけた小さな布袋に手を伸ばし、強引に奪おうとする。
「や、やめろって! この中には貴重なあれが……!」
残りわずかな携帯食料がある。
「ほら、なんかあんじゃねぇか! このクソガキが! さっさと寄越せ……って、この……ッ!」
恭介が抵抗をすると、布袋を取り合って二人は揉み合い始めた。
(くそ、この身体じゃチカラもバランスもうまく取れない……っ!)
「この……しつこいガキが……! 黙って……寄越せ! こっの、クソガキがぁ!」
そしてついに、苛立ちを募らせた野党の右手のナイフが無慈悲に恭介の腹部を突き刺す。
「っう!」
「このガキ! ガキィ!!」
恭介が呻くと、野党は何度もザクザクと腹部を突き刺してきた。
ナイフが腹の肉を抉ると、激しい出血を伴って強い痛みが恭介を襲う。
「ごふっ!」
内臓に溜まった大量の血が、堪えきれずに恭介の口から溢れ出る。
(痛……熱……くる……し……)
ズキズキと、腹部を気が狂いそうになるほどの痛みが襲う。
「はぁ! はぁ! 馬鹿ガキが!」
野党は、倒れた恭介の腰から布袋を奪い取り、その場から逃げるように立ち去っていった。
刺された部位を手で抑える。
何か柔らかな感触があるな、と思ったそれは、ナイフで幾度も刺され、破かれた腹部から収まりきれなくなった臓物が、腹の肉の外にはみ出していたからだ。
「……ゴボッ」
むせ返るように血の塊を吐き出し、視界はぼやけ。
(内臓が……真っ黒な血が……溢れ……て……)
血溜まりの中、薄れ行く意識の中でそんなことを思い――。
それからほどなくして、恭介は息絶えた。
『レジスト。フィジカルピアシングを取得しました』
ここまでご拝読賜りまして、まことにありがとうございます!
この話を読まれてみて、純粋に「面白かった」「続きが少しでも気になる」と、思われてくださったなら、お手数かもしれませんが、この下の広告の下にある、☆☆☆☆☆のところで評価をいただけますと、ありがたく、励みになります。