8.赤煉瓦の足元で
とは言え、浅草のこの周辺は、昼も夜も賑やかだったそうです。
街燈の下で、娘が拳を握つた。
「如何して附いて来るの」
怒つた聲であつた。だが心外である。私の赴く方向に娘が向かつたのである。
その旨を告げると、然し娘は信じてゐない風で、ぷいと横を向ひた。
ところが私が越さうとすると、娘は更に私の進路を遮つた。
私は特に女性蔑視をするわけではない。民主主義大いに結構。が、だからと云ふて特別に似非女性崇拝者振る氣もない。大體、所謂西洋式女性崇拝などと云ふものは、暗殺を恐れた貴族や騎士が、照明の乏しい室内に女性を先に入らせて安全を確認した時代の惡習の名残に他ならぬ。大和男子たる者、斯様な野蠻な眞似は出来ぬ。
兎に角、此處は譲る氣にならぬ。
私は娘を越した。
と、思うた。
軽々と、さう、過日日傘をあしらつた或の軽い動作で娘は身を翻し、たたらを踏む私を後目に小走りに赤煉瓦の建物へ駈け込んでしまつた。
入口近くに屯する男女が一瞬、飛び込むやうに駆け抜けていく若い娘の姿に驚いた様子で互に見交わし、けれど直ぐに忘れてしまつたかのやうにくすくす笑ひながら、頬を肩を寄せ合い手にした硝子杯を打ち合わせた。
何だ、と思うた。
此の娘も十二階へ登るのか。
莫迦々々しくなつたが、だからと云うて私の特等席を諦めるのも癪だ。で、娘に又何か云はれるのを承知で私も階段に足を乘せた。
いわば現代の新宿歌舞伎町的な感じだったという意味で。
ダメでしょ、若い女学生さんが一人で歩いてちゃ…