7.夏祭りの宵
大正時代、続きます。
折角の祭の夜ですが、ヒネクレモノなので独りでうろついています…
再び娘に逢ふたのは、夏祭りの宵であつた。
山車と屋臺と人混みと、祭の熱氣に酔うた後、人波の来る方来る方、其れが尽きて靜かに成つていく裏道を、或は熱気と酒精に染まり意味も忘れて笑ひ合う人群を掻き分けて、夜道を歩いた。
喧噪を遠く近く聞く。
幾つ目かの暗がりを辿つていくうちにそれらの殆どが意味を失ひ、下駄の音だけが耳に届く、と思うた。
思うたが、違つた。
背後から足音だけが附いて来る。
足音だけの物の怪が居る、と云ふ昔話がふと思ひ出された。
私は脚を止めた。
足音は止まらなかつた。
足音だけが近附いてくる。
私は振り返らなかつた。
振り向けなかつた。
其れでも虚勢を張り、背筋を伸ばし腕組した儘、前を見据えて立つて居つた。
私を追い越していく。
涼しげな青と白。
長い黒髪と水浅葱のリボン。
十二階の乙女であった。
他者の足音に怯えた事よりも、見知つた娘子に追ひ抜かれた事が悔しくなつて、私は速足で娘を追ひ越した。
追い越しざまにちらりと横目で見ると、娘は鹿子絞りの巾着を胸に抱き、少しむつとしたやうな眼をした。
娘が私を抜いた。
私は更に足を速め娘を追ひ抜く。
抜きかへす。
繰り返すうちに、何時しか夜道を二人で走つてゐた。
風も居眠る暑い夜で、星も出てをつた。祭の目玉も直に始まるだらう、そんな時分に往来の真ン中で何をむきに成つてをるのだらう。さう思うた。
思うたが、足が止まらなかつた。
娘が前を走る。白い浴衣の裾が亂れて金魚が泳いだ。—―否、蘭花だろうか?
その娘が急に止まつた。
つられて私も立ち止まつた。
娘が振り向ひた。
私は真つ向から向かひ合うた。
足音にビビったり、追い越されたからとムキになって走ったり。
ダメな人ですね…
でも、この時代、夜は暗いのです。現代の都会のように夜中までピカピカ明るいわけじゃないのですよ。