5.花火をしよう
花火で遊ぶなら、事前準備は万全に。
キャンプなどで花火をしたら。
翌朝明るくなってから再点検&ゴミ拾いを。
『折角遊びに来たのにゴミが~』とか言う人には特に気をつけて欲しいもの。
それ、アナタが先般放置したものですよ!
ブリキのバケツに水を汲み、蝋燭に火を点けた。ついでに、蚊遣り線香にも。その香が秋の気配を追いやって、まだ夏なのだと声高に主張する。
「手持ち用から行こうか?
あ、駄目だ。このセットには打ち上げと吹き出ししか入ってないじゃないか」
スイムバッグのような花火セットのビニール袋は、筒状の大きな花火で膨れている。長崎の精霊流しならともかく、都心近い住宅街では顰蹙を買うどころか警察を呼ばれてしまう。
「だぁーいじょーぶ。まぁーかせて」
満を持して、といった様子で海城が板状のものを取り出す。
『よい子のはな火セット』であった。
(こいつ、)
彩夏は思った。
(只者ではない)
ただの間抜けかもしれないが。
でも折角だからな。
得意そうな海城を横目に、早速封を切って適当に選び、蝋燭から火を移す。
薄の穂を思わせるススキ。線香花火の親玉はスパーク。絵型花火の代表と目されているが最近めっきり減った鉄砲。
適当とは言えその順番は重要だ。最初は少し大人し目に入り、徐々に派手なものに進んでいく。華やかな手筒は終盤に、線香花火は締めに決まっている。
個人的にはねずみ花火も大好きだが、前述と同じ理由で、そう気軽に遊べなくなっているのが残念だ。ロケット花火だって、最後に景気良く弾けるのが良いのであって、近年のひゅうっという笛吹だけで尻すぼみなのは、それこそ尻が落ち着かない。
紅色の薬筒を小さな炎が舐める。着火の瞬間抑えていた息を、白く輝く火花と共に吹き出した。
橙色から赤、白、緑へと次第に色を移していく火花。
次第に興が乗って来て、最初の袋も開けてみた。打ち上げ、吹き上げ、手筒と派手なオンパレードだ。
あ、バッグの底にパラシュートめっけ。これは昼間に残しておこう。
一列に並べた吹き上げ花火に順に点火していく。蜜柑の房の内部のような、美しいおれんじの粉が舞う。
僅かに吹いて焔を揺らす夏の風。じわりと浮く額の汗を押さえた。暦の秋など知らぬというように、夜風は未だ融けたアスファルトの臭いを運んでくる。
白く青く辺りを染める煙。
花火と火薬の匂い、と。
もう、ひとつ。
記憶の残滓。
ふと迷ったのは、目か、指か。
彩夏の手から手筒花火が逃げた。軽い音を立てて地面に転がる。
花火。
風。
金蜜色の粉末。
甘い香り。
転がっていく、花火の筒、
破滅の前兆。
破壊の律動。
それが、停まる。
筒を押し留めた小さな闇。
ではなく、銀のラインがシャープに入った黒い靴。
鮮やかな赤と黄に彩られた花火の筒を取り上げたのは、異様に白い手。
「ろ、う」
立ち止まったロウが、拾い上げたそれを彩夏に投げた。そして。
左手を、突き出す。
その手に握られた。
香。
花。
金蜜色。
—―憶い出した。
次話から大正時代頃の書き言葉になります。
一話ごとの掲載量が少なくなります。
変換とルビ振り、結構多い。