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2.メッセンジャー

図書館を出た。

暫くイベントシーンが続きます…的な。


書いた当時は、コロナも東京オリンピックも震災も…全く想像もしていなかったので。

当然彼らの生活に関わって来ません。

「見たぞ」

 耳元で(ささや)き声。

「~~~っっ」

 歩道ブロック四つ半、跳び退いて振り返る。因みに新記録だ。

 立っていたのは、高校生ほどに見える少年だ。それも、実ににこやかに笑いながら。

 彩夏(さいか)は『ロウ』という彼の名しか知らない。

 彼が『何』なのか知らない。

 ある夜、ふと傍に来た。何処か遠くから。

 年齢を訊いてみたことはあるが、笑って答えなかった。

 一見、高校生くらいに見える。

 一見、少年に見える。

 今年も、去年も。

 もしかしたら、ずっと前から。

 もしかしたら、ずっと先まで。

 怖くて、あれ以来訊いたことはない。

 間違いないのは、彼と知り合って以来、異様な体験が増えたこと。

 櫻に喰われかけたり、夜中に何かがやってきたり、延々と萱原を彷徨ったり。不忍池で『呼ばれ』かけたときには、もう勘弁して欲しいと切に願った。

 こいつとは手を切ろう、その都度そう思っているのだが。何時の間にかまたつるんでいる自分がいる。

 何故だろう。時々自問する。

 今のところ、答えは出ない。

 一生出ない気もするし、多分それが正解だろう。

 つまりはそういうものなのだ。

 謂わば、怖いもの見たさ、というやつかもしれない。

 後悔先に立たず。自縄自縛。そんな諺はもう擦り切れた。後は野となれ山となれ、と言ったところか。

 少女めいた白い(かお)。人を惑わす酷薄な笑み。

 時折覗く白い牙。不吉なまでに(くろ)い眸。

 その眼差しに不安を感じる。

 それでも、不思議なものだ。 

 何故此処にいるのだろう。

 何処から来て、何処へ行くのだろう。

 何故自分の側に来たのだろう。


 そして。


 何時、去ってしまうのだろう。


 初めて逢った、そのとき。

 氷雨に濡れそぼった彼は、飢えた野良犬の眼を、していた。

 夜の似合う、否、凝った夜陰の欠片(かけら)そのもの。

 少年の姿をとって、人間の世界に紛れ込んだ来訪者。

 彼は、夜から来たのだ。

 そう思った。

 そうだと、信じた。

 その、彼が。いま。

 皮肉な笑みでも、昏い嗤いでもなく。ただ可笑しいと。夏の日差しの下で笑っている。笑い転げている。夜陰の気配などどこにもない。

 奇異なものでも見たかのような眼で見返したのも束の間、彩夏は口角泡を飛ばす勢いで喚いた。

「いきなり、人の背後に立つなっ」

「いきなりって、ちゃんと先に声を掛けたじゃないか」

 涼しい顔で、否、口元がまだ笑っている。

「『見たぞ』って」

 違う違う、何かが違う。

 彩夏はその場でしゃがみ込んだ。

 脱力した、というより、寧ろ安堵感に膝が萎えた。

 安堵感?

 何に?

 ふと差し込んだ疑念は、瞬時に強い日差しに漂白される。

「で?」

 焼けた歩道にしゃがんだまま彩夏は恨めし気な目でロウを見上げた。

「この暑い中、わざわざ俺をおちょくりに来たのか、ロウは」

「そうそう、思い出した」

 彩夏の嫌味をさらりと(かわ)してロウは続けた。

「みしろがね、花火買ったから暗くなる迄に帰ってくるようにって言ってたよ」

「――花火?」

 どきり、と心臓が揺れる。その分一拍遅れた返事。

 目の前に、虚空に。開く大輪の。

 赤、青、金色に輝く。

 奔流。

「でね、さいかの本だが」

 その遅れに気付かなかったのか、そのままロウは彩夏の手許に大仰に目を向ける。玄い目が愉しそうに笑っている。

 彩夏も自分の手許を見遣った。

『豆腐百珍―古くて新しい江戸の味―』

『鉱物』

『クイズ百科じてん』

 かぁっと彩夏の顔が赤く染まる。道理で受付係が(嬢ではない)妙な面持ちで見た筈だ。

「これは…間違いだ」

 慌てて手当たり次第に拾ったからだが、余りにも無秩序だ。

 通常、図書館では書籍を分類し、秩序立てて並べている。それが、ほぼ同じ棚から取った筈の本がここまでバラバラの内容とは。誰かが元の書架に戻さず適当に突っ込んだからだろうが、図書館だってこれだけ別分類の書籍の混入をそのまま置きっぱなしにしているのが悪い。

 そういうことにしておこう。無体な言いがかりであるが。

 ……正直、戻って借り直すのは、非常に格好悪いし。

「どうでもいいけど」

 思ったよりもあっさりとロウは彩夏を解放した。

「じゃ、伝えたから。俺はこれで」

 そう言って黒シャツの背を向ける。

 ?

 彩夏は浮かんだ疑念をそのまま口に出した。

「ロウが、図書館に?」

 おかしいか? とロウ。彩夏はこくこくと頷いて、直後、あ、と口元を覆う。

「なに、彩夏と一緒さ。午睡(ひるね)に来ただけでね」

 バイ、というように背を向けたまま片手を肩の辺りで低く振り、そのまま彼は図書館に入っていった。

 彩夏はまだ転寝(うたたね)から覚めきらぬような心持のまま、三冊の本を抱えてただそれを見送った。

 蒸し暑さを増す午後の熱気に溺れながら。


この後、彼らの行動は?

さいか君はあきらめて暑い下宿に戻るようです。

ロウ君はお昼寝でしょうか…多分違うと思うんですけどね。でも追跡は止めておきましょう。

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