いつまでも可愛い君へ。
『今日も好きだよー』
僕がそう言うと、君は決まってこう返してきます。
『あなたの言葉は、軽くて信用出来ません』
君は、寝転びながら足をパタパタさせて。
こちらに顔も向けず、否定的な言葉を言いながら、なぜそんなに嬉しそうなのでしょう。
好きだと言っている僕に向かって、ひどい扱いだとは思いませんか。
出会った頃とは、ずいぶんと変わってしまいました。
あの頃の君は高校生で、一つ年下でした。
歳の差は、今でも変わらないけれど。
とても明るく、人懐っこい様子でしたね。
春に新入生として知り合い。
夏には輝くような笑顔で手を振ってくれるようになって。
秋には、付き合い始めていたように思います。
『じゃなくて、付き合い始めたんです。そーゆー曖昧にしか覚えてないところがダメなんです』
むぅ、と膨れる君に、僕はこれも曖昧な笑顔で、ははは、とごまかしていました。
日付や季節を覚えるのは、大変苦手なのです。
付き合い始めてから一年を共に過ごして、卒業式には泣いていましたね。
『あの頃は素直で可愛かったなー』
『どーせ今は素直ではありませんよー』
『素直じゃない君も可愛いよー』
『説得力がありませーん』
どうやら、ふてくされてしまったようです。
まぁ分かってて言ってたりもするのですが、それはそれとして。
翌年、同じ大学の別の学部へ入学した君と過ごした三年間は、結婚して子どもが生まれるまでの間と比べて、どちらがよく遊んだでしょうね。
色々なことをしました。
就職前後の上手くいかなかった時期もありましたね。
そんなに気に入らないなら、と別れ話をしても、好きだから真剣に話し合っているんだ、と怒られたこともありました。
のらくらと生きてきた僕に、そうした体験は初めてのことでしたよ。
『思ってることをなかなか言わない、あなたが悪いのです』
『いつも言ってるよー。好きだよー』
『だから軽いんです! 言ってることが羽みたいに軽いんですよ!』
『フットワークが軽いのはいいことだよねー』
『軽いのは口です!』
キッと睨まれましたが、そのキツい表情が好きな僕にはご褒美ですね。
そんな君と結婚して、子どもが生まれた後。
『太ったー痩せないとー』
『なんで?』
たしかに少しふっくらしましたが、そんなこと気にしててどうするのでしょう。
子どもが生まれて我慢することも増えたのに、これ以上増やしてどうするのです?
ダイエットなんて我慢の最たるものではないですか。
食べたいものも食べれないような生活なんて、イヤな生活ではありませんか?
『そういうことじゃなくて、オシャレとか色々あるんです! 少しは気にしてください!』
『僕は興味ないしなー』
別にすっぴんでもジャージでも、君は可愛いのです。
『あなた、何してても文句言わないから、逆に役に立たないですよね……』
『言いぐさがひどいなー』
夫婦でも、子どもに関すること以外はお互いの行動を束縛する権利はない、と思っているだけです。
その子どもも手を離れて、お互いに好きなことをしている今の生活が僕は気に入っています。
たまにこうして、休みが被って二人で家にいるのも良いものです。
すると君は、体を起こしてわざわざ正座すると、ぷっくーと頬を膨らませた。
シワが増えて、お互いに歳を食っても、二人の時は昔と変わりません。
『あなたに一つ尋ねたいことがあります』
『なんなりと』
『今日は、休みが被っているのではありません。被らせたのです』
『そうだねー。結婚記念日だからねー』
『分かっているのなら、何かないんですか! プレゼントを買ってあるとか、サプライズを準備してあるとか!』
『僕にそれを期待するー?』
そうした類いのことは全て苦手です。
言いたくなっちゃうし。
そもそもセンスがないので、結婚記念日を覚えていただけ褒めて欲しいものです。
『ふ つ う で す !』
『そっかー。どっかご飯でも食べに行くー?』
『……お店を予約していたりしますか?』
『してない』
当たり前ですよ。
だって君も僕も気まぐれなのですから、当日になってやっぱり気分が変わって『そこで食べたくない』とか、なりかねません。
なら、その時食べたいものを食べればいいのです。
『もういーです!』
くちびるを尖らせながら、それでも出かける準備する君を眺めつつ、僕はバイクの鍵を手に取ります。
知っています。
別に欲しくないものだったとしても、僕からプレゼントを貰うという事実が、君にとっては嬉しいのだと。
もう何十年も一緒にいるのですから。
でも、そういうのは記念日以外の、なんでもない時にやりたいのです。
すぐに渡したいし。
そういう僕を選んだ君の責任です。
でも、君は気付いていますか。
そんな僕を、今でも好きだと。
今までずっと、態度でそう示してくれる君だから、僕はどんな君でも可愛いと思うのだと。
だから、何度でも言いますよ。
君が欲しくないと言っても、伝え続けます。
『今日も好きだよー』
羽のように軽い僕から、いつまでも可愛い君へ。
ーーー心から、愛を込めて。