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銃盾  作者: 鶏卵そば
洛陽の出逢い
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夜中に鳶が鳴く

 田常と安樹の加わったキャラバンが延安を出て、数週間が過ぎた。


 一行は西夏国に入り、黒契丹にむかうため河西回廊かせいかいろうを進んでいる。


 河西回廊とは、南北を切り立った山脈に挟まれた細長い平地で、西夏国から大陸中央まで続く通路のような役割を果たしていた。

 ここには大河や山地といった障害物が一切なく、西域までの道中で最も労なく進める場所である。

 しかし同時に、盗賊団による襲撃を最も受けやすい場所でもあった。


 盗賊団の実態は、草原に住む遊牧民だ。

 その主力は騎兵で構成されている。

 細長い平地で足の速い騎兵から逃げ切るのは不可能に近く、そのため盗賊団は頻繁にこの回廊を待ち伏せ場所に選んでいたのだ。


 もちろんキャラバンもそんなことは承知で、一刻も早く河西回廊をぬけるため、夜間も休憩を取らず西へと進んでいた。


 田常たちの馬車は、長い列になったキャラバンの中ほどに位置している。御者はキャラバンの一員が交代で務めていた。


 揺れる馬車の中で、田常は安樹に言った。


「この回廊をぬければ、程なく敦煌じゃ。そこでこのキャラバンともお別れじゃな」

「でも、大丈夫なのかな。この回廊が一番狙われやすいところなんだろ」

「盗賊団だとて、いつ通るかわからないキャラバンをただ待っているわけではない。前もってめぼしい獲物にあたりをつけて内通者を送り込み、いついつにこの回廊を通るということを連絡させるわけじゃ。うちら程度の小さいキャラバンなら、そうそう盗賊に目をつけられるということもあるまい」


 安樹は、延安でリルと話したことを田常に黙っていた。照れもあったし、期せずして祖父の助言通りに行動したことが悔しくもあったからだ。

 けれども彼女が最後に言った言葉が安樹の頭の中にひっかかっていた。


「夜中にトンビの鳴き声が聞こえたら、ってどういう意味だかわかる」

「トンビ? 夜中にトビは泣かんじゃろ。一体誰がそんな話をしたんじゃ」


 ピーヒョロロロロー


 そのとき、馬車の外から甲高く尾を引くような音が聞こえてきた。


「この音は?!」

「トビのようにも聞こえるが、笛じゃな。鳥笛じゃ」


 安樹は外の様子を確認しようと、あわてて馬車から顔を出した。

 しかしそこに見えるのは、青い月に照らされた見渡す限りの草原だけ。ただ甲高い笛の音が、風に乗ってはっきりと安樹の耳に響いた。


(どこからだろう?)

 

 辺りを見回すと、数台離れた馬車の屋根の上に人影があった。


 リルだった。


 少女の口には笛のようなものが咥えられている。


「リル!」


 安樹は大声で叫んだけれど、その声は風にかき消された。


 そのかわり、キャラバンの後方から地響きのような低い音が聞こえてくる。振り返ると、北の地平線に夜目にもはっきりと土煙が上がっていた。


「じっちゃん! あれっ!」


 土煙は次第に大きくなってくる。何か大きなものがこちらに近づいてきているようだった。


「なんじゃっ!」

「あれ、何?!」

「あ、あれは、……騎馬じゃ、一騎や二騎じゃない! 盗賊じゃ、盗賊団の襲撃だ!」

「そんな、じゃあ、リルが……」


(リルが、このキャラバンを襲うために盗賊団と内通してたっていうのか?)


 安樹は自らの目を疑った。


(そりゃ彼女も遊牧民だけど、まさか、そんな……)


「隊長の馬車に並ぶように御者に伝えろ! 早く隊長に奴らのことを知らせるんじゃ! それから荷を捨てるぞ! ちょっとでも馬車を軽くせねば」


 安樹は急いで田常の指示に従った。


 荷を捨てると馬車の速度は上がり、先へ行く隊長に追いつくことができた。

 隊長の方でもすでに異変に気がついており、女真族の青年隊長は自らたずなを取って盗賊団の襲撃から逃れようと必死になっていた。


 しかし、荷をいっぱいに積んだ馬車で出せる速度はたかが知れている。


 田常は隊長に叫んだ。


「この速度では騎馬兵相手に逃げられんぞ! 荷物を捨てろ! 他の馬車にも、荷を捨てるか、馬車を離して馬だけで逃げるように指示を出すのじゃ!」


 しかし、若い隊長は首を縦に振らなかった。


「そうはいくか! なんとしてもこの荷だけは!」

「たかが染料じゃろう! 命あっての物種じゃ!」

「バカ言え! この中身は火薬だ! シリアまで持っていけば、十倍の重さの金になるんだぞ!」



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