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銃盾  作者: 鶏卵そば
恋人たちの草原
23/60

シャンバラの門

 二人を乗せた馬は、ゴビ砂漠をさらに南へ下った。

 南に行くにつれ、砂漠は徐々にその東西を山地で挟まれるようになる。

 東西の山地にはまばらに緑が見えるが、二人の行く手には草一本生えない荒れた大地が続いていた。


 ここ数日、オアシスはおろか水たまり一つ見当たらない。


「こりゃあ、シャンバラが幻の国といわれるわけだな」


 この状況でさらに砂漠を南に進もうというのは、自殺志願者くらいだろう。まともな人間なら、ここで引き返すか、東西どちらかの山地に身を寄せるはずだ。

 前もって水だけは多く用意しているものの、安樹の心中は不安でいっぱいだった。

 頼りになるのは田常から譲り受けた古地図だけだ。


(もし、この地図が間違いだったら)


 しばらくして山地の一角に、不規則で急峻な稜線を持った高い山が現れた。


「あれが、天翔山てんしょうざんです。このまま真っ直ぐ進んで行けば、まもなくシャンバラにたどりつくはずです」


 安樹は、リルの後ろで地図と地形を見較べながらほっと息をついた。


 地図によると、天翔山はゴビ砂漠の南端に位置し、このあたりで地形がゴビ砂漠から草地へと切り替わる。

 このまま天翔山を右手に見ながらまっすぐ進めばシャンバラに行き当たるはずだった。ちなみに天翔山の手前で西に曲がれば、西域へむかう交易路の一つ、天山南路に合流することになる。


「そろそろ、地図にあるこの線のあたりまで来ているはずです」


 地図には砂漠地帯とシャンバラとを分けるように太い線が引かれている。

 二人はとりあえずその線を目指して進んでいた。


「おい、アンジュ、地図にある線って、もしかしてアレのことか?」


 リルの指さす先を見て、安樹は目を丸くした。

 二人の行く手に、大きな壁が現れのだ。

 壁は、南へ行こうとするものをさえぎるかのように、砂漠の端から端まで隙間なく連なっている。

 高さは三階建ての建物ほどもあり、簡単には乗り越えられそうもなかった。

 金の中都には秦代に作られたという遊牧民の襲撃を防ぐための長城があるが、これはその長城にもまさるとも劣らない。

 まさに、砂漠とシャンバラを隔てる線だった。


 この巨大な壁の向こうにシャンバラの国があるのだろう。


「アンジュ、これからどうするんだ?」


 リルは馬の歩みを止めて安樹に尋ねた。


「そうですね……ええと」


 よくよく眺めてみると、国境の壁は中央部分が砦のような建物になっている。

 その真ん中には大きな門が取り付けられていた。


「あそこに行けば誰か人がいるでしょう。行ってみましょう」


 二人は、馬を進めた。

 近づいてみると、国境の砦は堅牢なレンガ造りであることがわかる。

 巨大なその姿には、オルド・バリクのような近寄るものを圧倒する威圧感があった。

 安樹は馬を下りて、さらに砦中央の大きな門に近寄った。

 門は鉄製で、中からかんぬきでも掛けられているのか、押しても引いてもびくともしない。かといって他に入れそうなところも見当たらなかった。


 突然、大きな声がした。


「そこの二人、何をしている! これより先はシャンバラの領土であり、手形のない者の通行は許されない。通行手形をみせるか、さもなければ早々に立ち去りなさい」


 それは漢族の言葉だけれど、どこかで聞いたような訛りがあった。

 見回すと、砦の数箇所に物見用の隙間があけられている。

 声はそこから聞こえていた。


 安樹は、その隙間にむかって叫んだ。


「手形などありません! でも私たちはキヤト族に追われているのです! お願いです! 助けてください!」


 やや間があって、声は答えた。


「蛮族に追われるものであれば、わが国としては助けたい。しかし、おまえたちが蛮族の密偵でないという証拠があるか」

「証拠ですか……そんなものはありませんが……しかし、見てください! 私たちは武器一つ持っていません!」


 再度沈黙があった。やがて声は言った。


「馬脚をあらわしたな、蛮族め! もし蛮族の手先でなければ、この砂漠を武器も持たずに渡ってこられるものか! 命ばかりは助けてやる、早々に立ち去れ! さもなくば」


 パンッ!!

 何かが破裂するような音がして、安樹の足元の地面がはじけとんだ。


「アンジュ!」


 リルは慌てて安樹を馬の背に乗せる。安樹は盾を構えて正体不明の攻撃に備えた。


「なんの音だったんだ」

「もしかして、これが鉄砲でしょうか?」


 安樹は門に向かって必死に叫んだ。


「嘘ではありません! 本当にキヤト族におわれてここまで逃げてきたんです! 助けてください!」

「うるさい、まだいうかっ!」


 冷静だった壁向こうの声に、怒気が含まれはじめる。


 パンッ!!

 また、破裂音がした。

 鉄砲の攻撃は、矢と違って一切の目視が効かない。安樹は、ただ音のする方向に向かって盾を構えるしかなかった。


 パンッ!!

 三度目の破裂音とともに、盾を持つ安樹の腕に強い衝撃が走った。

 壁の隙間から勝ち誇ったような声が響く。


「わがシャンバラの鉄砲を盾などで防げるとでも思ったか」


 そう言われて気がつくと、盾には弾丸が貫通したと思われる親指の頭くらいの穴が開いていた。幸い、弾は上手い具合に逸れたらしく安樹もリルもかすり怪我一つ負っていない。

 しかし、安樹に与えた精神的なダメージは大きかった。


「私の……盾が」


 リルを守るために作った盾、キヤト族の強弓にびくともしなかった最強であるはずの盾がこうも簡単に撃ちぬかれてしまうとは。


 四発目が来た。安樹は思わず目をつぶった。

 今度の弾丸は馬の体をかすめた。馬は大きく前立ちになり、一目散に走り出す。

 リルは暴れる馬を必死で抑えようとしたけれど、すっかり錯乱していてどうにもならなかった。


「しっかりつかまっていろ! とりあえずここから逃げるぞ!」


 リルは背後の安樹に声をかける。

 けれど安樹は自慢の盾を撃ち抜かれたことに動揺して、何を聞いても上の空だった。


「しっかりしろ、アンジュ! 落ちるなよ!」


 二人を乗せた馬は、西へ西へむかっていく。

 その行く先には不気味にそびえる天翔山があった。



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