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銃盾  作者: 鶏卵そば
オルドバリクの虜囚
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軍師、盾作りに問う

 翌日。

 安樹は多くの弟子たちと一緒に、工房で盾の修理におわれていた。


 戦が終わると、兵士たちの使っていた盾が全てこの工房に戻されてくる。

 直せるものは修理してまた使うが、直せないものは使える部品だけを取って破棄する。一見大したことのない傷が実戦では致命的になることもあって、その見究めはまだ安樹にしかできなかった。


 安樹がせわしなく工房内を飛びまわっていると、軍師シギが訪ねてきた。


「これはシギ様、いかがなされました。盾に破損がありましたか」


 そう訊ねられて、シギは動かない義手の右腕を擦ってみせた。


「私はリルディル様と違ってこの腕からな。せっかくの君の盾だが出番はほとんどないよ」


 この五年間、リルほどではないけれどシギも頻繁に安樹のところへやってきた。

 二人で話すときは自然に漢族の言葉になる。

 洛陽育ちの安樹と違いシギの言葉にはやや訛りがあったが、それでも慣れ親しんだ言葉が通じるのは心地よいものだった。


 はじめのうち、安樹には、なぜキヤト族の軍師が自分のような盾作りに目をかけてくれるのかわからなかった。

 しかし、今ではなんとなく得心している。

 シギも安樹と話すことで故郷の言葉を懐かしんでいるのだろう。


「ところで、この工房もすっかり手狭になったようだ。どこかに移転することを考えた方がいいな」


「しかしシギ様、移すといわれましても、このオルド・バリクの中ではそうそう広い場所をいただくわけにも参りませんでしょう」


 あくまで控えめに話す安樹に、シギは含み笑いを浮かべた。


「リルディル様から聞いたよ。君もキヤト族の人間になる決心がついたって」


「決心がついただなんて、そんなたいそうなものではありません。もし偉大なるハーン様のお許しがいただければ。私には他に道がありませんから」


「君の作る盾のおかげで我が軍の負傷者は格段に減少した。君には十分、キヤトの民になる資格があるだろう。そうなれば、工房の場所はオルド・バリク内にこだわることはない。土地は腐るほどある。どんと大きな工房を建てて、君はそこの親方におさまるといい。そうすれば、リルディル様ともそこそこ吊り合いが取れるようになる」


「そんな、リルディル様と吊り合いだなんて……」


「今更隠すことはない、というよりリルディル様はもうすっかりその気だからな。それに――」


 戸惑う安樹に、シギは声を潜めた。


「私としても、君たちには早くくっついてもらわねば困るのだ。実は、最近リルディル様は偉大なるハーン様にあまりよく思われていないところがあってね」


「姫様が? なぜです、何か失策でも?」


「その逆さ、あまりに勝ちを重ねすぎる。最近の赤き狼の人気はうなぎのぼりだ。偉大なるハーン様としては、それが面白くないのだろう。これだけキヤト軍の勢力が拡大した今なら、リルディル様抜きでも戦には勝てるからね。そろそろ結婚でもして引退してもらいたいというのがハーン様の本音らしい。しょっちゅう、私にリルディル様との結婚を勧めてくるのだ」


「姫様がシギ様と!」


 突然の打ち明け話に、安樹は驚きを隠せなかった。

 安樹からみて、シギは非の打ち所のない人物だ。

 優れた業績を上げながら驕ったところがなく、兵士や役人たちからも尊敬を集めている。風貌もやや優男風だけれど、キヤト族の男たちからすると垢抜けていて、ひそかに彼を慕う女性も多い。


 軍師シギとリルディル万人隊長ならば申し分のない組み合わせだった。

 強いて不釣合いな部分をあげれば、二人の年の差とシギが隻腕であることくらいか。シギは三十歳半ばでリルの年齢の約二倍。しかしその程度の差はこの時代珍しい話ではない。隻腕であることも軍人であれば名誉の負傷といえた。


 複雑な表情を浮かべる安樹を見て、シギは思わず噴き出した。


「もちろん私にはセトゲル様がいる。それに第一、私はキヤトの赤き狼を嫁にもらうような命知らずではないよ。あのじゃじゃ馬を乗りこなせるのは君しかいないだろう。とにかくそんなわけで一刻も早く、君にはキヤト族に帰化してもらいたい。私もできる限りの力添えをしよう。まあ、あの偉大なるハーン様が素直に認めてくれるかはわからんがね」

「ありがとうございます」

「実を言うと、セトゲルさまは生前のリルディル様の母君に大変お世話になっていてね。リルディル様のために力を尽くすようにとセトゲル様から常々言われているんだ」

「そうだったんですか」

「無論、私自身も君の役に立ちたいと思っているよ。同族意識の強いキヤト族の中で、他民族出身者は同志みたいなものだからな。しかし、盾というのは功績の評価が難しい。本当は、君のお師匠が鉄砲を防ぐ盾を作ってきてくれるのが一番なんだが」

「それは……」

「無理そうか? どうだい、君の腕も、もう師匠と遜色ないだろう。その君の目から見て、鉄砲を防ぐ盾というのはできるものなのか」

「はあ……」


 シギの問いかけに、安樹は言葉を濁した。

 自分の腕が師匠と比べてどうかなど安樹はこれまで考えたこともなかった。

 何事にも聡明なシギが言うのなら、田常と遜色ないというのもあながち間違いではないのだろう。

 しかし不思議なことに、そう言われても嬉しいという気持ちは少しも湧いてこなかった。


「私は、その鉄砲というものを見たことがありませんので」

「……それはそうだな。バカなことを聞いた。バカなことついでにもう一つ。前から聞いてみたいと思っていたのだが、いいか?」

「はい」


 シギは、いつになく真剣な顔になった。


「なぜ、君は盾作り師になったのだ。君くらいの技量があれば、矛でも剣でも作ることができるだろうし、そっちの方が商売になっただろう」


 安樹は、シギの質問に意表をつかれてとまどった。

 なぜ盾作りになったのか? そんなことこれまで考えたこともなかった。


「私は赤ん坊の時に親に捨てられ、たまたま盾作りの師匠に拾われて育てられました。子供の時から盾を作る以外のことは何一つ教えてもらえませんでしたので」

「そうか、それは悪いことを聞いた。忘れてくれ」


 そう言うと、シギは安樹の工房を後にした。



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