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銃盾  作者: 鶏卵そば
オルドバリクの虜囚
13/60

草原の赤き狼

青年編、はじまります!

安樹とリルのラブストーリーをお楽しみ下さい!

 キヤト族の戦勝を告げる銅鑼の音が聞こえ、凱旋の部隊が帰ってきた。

 部隊を率いているのは、もちろん不敗の万人隊長リルディルだ。

 五年の間に、リルは少女から大人の女性へと変貌していた。

 手足はあいかわらず細長くやせこけていたが、つややかな髪は腰まで伸びている。日に焼けた顔に浮かぶ眼差しは鋭さを増し、リルに睨まれると味方の兵士ですら縮み上がるほどだ。


 安樹と田常がオルド・バリクに捕らえられたあの日、リルはボドンチャルから一年間の謹慎を命じられた。だが実際に彼女が戦闘から離れていたのは約半年ほどだった。

 リルの謹慎中、ボドンチャルがじきじきに戦闘の指揮を執っていたのだが、これが上手くいかず何度か手痛い敗北をこうむったのだ。

 ボドンチャルもけっして戦下手ではない。

 しかし軍師を務めるシギとの相性が今ひとつだった。

 シギは、大将がボドンチャルだとどうしても萎縮がちな作戦しか立てられず、ボドンチャルはボドンチャルで、シギの立てた作戦に忠実に従うことができなかった。


 その結果リルは半年で戦線に復帰することになり、キヤト族はまた不敗神話を取り戻した。復帰してからのリルの戦いぶりは凄まじく、韃靼人や、同じ蒙古族でもキヤトに敵対する一族をことごとく討ち滅ぼした。


 彼女の行くところ血の雨が降り、ついたあだ名が「キヤトの赤き狼」。

 リルの活躍でキヤト族は蒙古族全体を率いる立場となり、ボドンチャルの世界制覇はにわかに現実味を帯びはじめていた。


 リルは、いくさから帰るといつもすぐにオルド・バリクにむかった。

 オルド・バリクでは父であり族長であるボドンチャル・ハーンが戦勝報告を待っているが、リルはそれには眼もくれず囚人区へ走る。


 その姿は、まさに狼だった。

 

「アンジュ! 勝ったぞ! 裏切り者に灼熱の報いを、『ナイマン族高原生き地獄大作戦』大成功! 我らの勝利だ!」


 囚人区に着くと、リルは盾作りの姿を探した。

 囚われの盾作りは万人隊長の突然の訪問にも慌てることなくキヤト式の作法正しいお辞儀をして、それから彼女にだけわかるように笑顔をみせた。


 安樹もまた、少年から立派な青年へと成長していた。

 ほぼ一日中城砦内にいるので肌は真っ白だが、毎日の作業で筋骨は鍛えられている。


「おめでとうございます。姫様」


 この頃になると、安樹はキヤト族の言葉をすっかり使いこなせるようになっていた。


「姫様じゃなくて、リルと呼べって言ってるだろ」

「そんなことをしたら私の首が飛びます。もう子供じゃないんですから」


 泣く子も黙るキヤトの姫は、漢族の若き盾作りをどういうわけかいたく気に入っていた。かたや囚人、かたや姫君と立場の全然違う二人である。

 しかし周囲は大人ばかりという環境で、年代の近い二人は自然と馬が合ったのだろう。リルは、謹慎中の間、ほぼ毎日のように安樹を連れまわした。万人隊長に復帰し戦に出るようになってからも、オルド・バリクに帰るごとに安樹のもとを訪ねることを欠かさない。


「アンジュは硬いなあ。まるでおまえの作る盾みたいだ。まあ、そういうトコがアンジュのいいトコなんだけどな」


 そのため安樹は、身分こそオルド・バリクの囚人だけれど、姫君の友人として実質的にかなりの好待遇を受けていた。

 住居も石牢ではなく、それなりの部屋を与えられている。

 それだけではない。数年ほど前、リルの提案でキヤト兵の装備に盾が正式採用され、盾の製作に安樹が携わることになった。

 もちろん、兵士全員の盾を安樹が作るわけではない。

 オルド・バリクの囚人区内に盾の工房が建てられ、安樹はそこでキヤト族の若者たちに盾作りを教えることになった。安樹は、囚人でありながら、盾作り職人の棟梁も兼ねるという奇妙な立場に立っていた。


「そうだ、またおまえの盾に助けられたぞ」


 そういって、リルはあちこちに傷を受けた自らの盾を誇らしげにみせた。

 一般兵の盾は安樹の弟子が作るが、リルやシギといった幹部たちの盾だけは安樹が手作りしている。

 リルの盾を手に取ると、安樹は喰い入るように観察した。

 それから盾についた傷をそっと指でなぞる。一緒に戦いに出れない安樹にとって、盾の傷は大事な人を守った証だった。


「次の戦には新しい盾をお持ちください。もう用意してあります」

「そうか? まだ大丈夫だと思うけど」

「姫様の盾は、兵士たちの盾に比べ倍の強度に設計しております。鉄も木も最上級のものを使っている。なのに、なぜ兵士たちの三倍の早さでダメになるんでしょう。あまり無茶をなさらないでください」


 安樹の言葉に、リルはプウと頬を膨らませる。


「いいじゃないか。どうせ、おまえの盾が守ってくれるんだから」


 そこへ、隻腕の軍師シギが現れた。


「アンジュ、君からも言ってくれ。どうもリルディル様は、君の盾の性能を誇示するためにわざと危険なところに攻め込んでいかれるみたいなんだ」


 五年の間に、キヤト族の抱える兵士の数は十倍以上に膨れ上がっている。軍師を務めるシギにも、それなりの風格というものが身についていた。


「シギ様、戦勝おめでとうございます。九つ目ですね」

「なんだアンジュ、君まで覚えてくれたのか。やっとのことであと一つまでこぎつけたが、しばらく戦の予定はない。十勝目はもう少し先になるな」


 シギはボドンチャルの妹セトゲルを嫁してもらう約束の十勝目まで、あと一勝にこぎつけていた。


「リルディル様、偉大なるハーン様がお待ちです。戦勝のご報告を」

「ああ、それはシギがやっといてくれ。私はちょっと出かけてくる」

「出かけるとは、どちらへ」

「どこだっていいだろ。それより、こないだみたいに作戦の名前間違えるなよ。『ナイマン族高原生き地獄大作戦』だぞ。よしアンジュ、お供しろ」


 そういうと、リルは安樹の手を引いてオルド・バリクの外へ連れ出した。



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