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銃盾  作者: 鶏卵そば
御前会議
11/60

少年の秘密

 軍議が終わり、二人は石牢に戻された。

 

「どうして、あんなことを言ったんだよ!」


 ハーンと対決した疲れからか早々に寝床に横になる田常に、安樹が詰め寄る。


「オレ一人で最強の盾を作るなんて無理に決まっているじゃないか」


 静かな石牢に安樹の声が響く。

 他に囚人はいないのか、地下牢全体が静まり返っていた。


「前にも言ったじゃろう。最強の盾の材料は開明獣の鱗。開明獣はシャンバラの外れにある天翔山にいる」


 田常は寝台から起き上がると、自らの服の襟元を引きちぎった。

 そして襟の縫いしろの中から細かく折りたたんだ紙片を取り出し、安樹に差し出した。


「貴重な物ゆえみつからん所に隠しておいた。天翔山への地図じゃ」


 しかし安樹は、地図を田常の手ごと払いのける。


「だから無理だって。オレ一人でそんなところに行って、そんな魔物を倒すなんて」


 安樹の叫びを聞いて田常はしばらく考え込む素振りを見せ、やがて大きくうなずいた。


「そうじゃな、無理じゃな」

「えっ?」

「考えてみたんじゃがな。開明獣の鱗は、鉄砲の弾も跳ね返す最強の盾の材料となる。ということは、鉄砲をもってしても開明獣は倒せんということだ。倒せなければ鱗は取れん。逆に鱗が取れるようなら、そんなものでは最強の盾は作れんということになる。いわゆる『矛盾』という奴じゃ。いや、鉄砲と盾じゃから『銃盾』というべきかな?」

「そんな! 最強の盾が作れなきゃ、じっちゃんを助けられないじゃんか!」


 そこまで言って、田常は声をひそめた。


「おまえは、ここを出たらまっすぐ洛陽に戻るのじゃ。わしのことは忘れろ。おまえには盾作りのことはほとんど教えた。おまえの腕なら食うには困らんじゃろう」

「でも、じっちゃんは?」

「師匠と呼べ。おまえが戻ってくるまで、わしの命は奪われない。つまりおまえが戻ってこなければ、わしはここで生きながらえることができるというわけだ」

「だめだよ、そんなの!」


 安樹は子供のように泣き喚いた。田常はその姿を見て思わず微笑を浮かべる。


「しかたない。では、とっておきの話をしてやろう。おまえの母親の話じゃ」


 田常は語りはじめた。

 これまで安樹が聞いたことのない、自分の母親の話だった。


「昔の話じゃ。うちの工房の近所に、麗華れいかという娘がおった。これが、小さい時分から町でも噂になるくらいのたいそうな別嬪でな。わしもその子の成長を楽しみにしておった」

「だがあるとき、親の商売の都合で彼女は洛陽から開封府かいほうふへ引っ越していった。ちょうど麗華がお前くらいの年の頃じゃ。年月が流れて、街の誰もが彼女のことは忘れてしまった。わしもそうじゃ」

「ところが、十五年前の寒い冬。わしの工房に麗華が一人で訪ねてきた。その頃には洛陽の町の様子もすっかり変わっていて、麗華の知っている家はわしのところぐらいになっていたんじゃな。なんぞわけがあったんじゃろう、家族の話は一度もしなかった。行くあてがないというので、わしは彼女をしばらくうちに泊めてやることにした」

「あの頃はわしもまだまだ元気で、家には何人か女を住まわせていたんでな。一人くらい増えてもどうということはなかったし、麗華を寒空の下放り出すわけにはいかん事情があった。――彼女は、身ごもっておった」


「じゃあ、その麗華って人が、オレの?」


 驚く安樹に、田常は続けた。


「それから半年ほどで麗華は元気な男の子を産んだ。赤ん坊の父親のことを麗華はとうとう最後まで口にしなかった。じゃが、わしはそれでもいいと思った。父親のない子などたくさんいるし、わしがその代わりをしてもいい」

「ところが、男の子が生まれて三ヶ月ほどたった晩ことじゃ。麗華は、わしの家から忽然と姿を消した。赤ん坊を残してな。置き手紙の一つもない。あったのは古い絵本だけ。おまえが小さい頃よく読んでおったじゃろう、あれ一冊っきりじゃ。なんとも薄情な話よのう」


「その男の子が、オレなのか?」


 田常は、静かにうなずいた。


「わしが言いたいのは、おまえはわしの本当の孫ではないということじゃ。血のつながった家族ではない。だから、わしに義理立てしようなどとは思わんことだ」


 それだけ言うと、田常はまた寝床に横になった。


「ここを出たら、わしのことも最強の盾のことも忘れて平和に暮らせ。わしはけっしておまえのことを恨みはせん。もし、わしがおまえの立場なら、絶対にそうするじゃろうからな」

「ウソだ! そんなのウソだろ!」


 その後、安樹は何度も田常の体を揺すって話しかけた。

 けれどもその夜、田常が口を開くことは二度となかった。


少年編、もうすぐ終了です。あと50話くらい。

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