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銃盾  作者: 鶏卵そば
洛陽の出逢い
1/60

最強の矛と最強の盾

新作連載はじめます。中華ファンタジーです。

「どんな盾でも貫くことのできる矛と、どんな矛も通さない盾があったとするじゃろう。その矛で、その盾を突いたらどうなるか」


 洛陽の街に、旅姿の二人組がいた。

 一人は薄い白髪頭にたっぷりと白髭を蓄えた老人、もう一人は十二、三歳程の少年だ。

 先の言葉は、老人が少年にむかって尋ねた質問だった。少年は答えに窮する。


「それは有名な『矛盾』ってやつだろ。そんな問題、インチキだよ。答えられるわけないじゃないか」

「インチキとはなんじゃ。ちゃんと答えはあるぞ。答えられないんなら、ほれ、わしの荷物も持つんじゃ」


 老人はそう言うと、持っていた荷物を全部少年へ押し付けた。


 老人の名は、墨田常ぼくでんじょう

 戦国時代の思想家で博愛・非戦を説いた『墨子』の直系を名乗っているが、真偽のほどは定かではない。この洛陽の街では名の知れた盾作りだった。


 少年の方は名を墨安樹ぼくあんじゅといい、田常の孫だ。


 二人はこれから西域へむかうキャラバンと合流して、洛陽を離れようとしていた。


「ねえ、じっちゃん。まだ歩くのかよ」


 二人分の荷物を持たされて、安樹は息も絶え絶えの様子だ。


「もうすぐじゃ、この通り向こうの広場に、わしの知っているキャラバンがある」

「げぇっ、まだあんな遠くかよぉ」

「これ、そんな下品な口を叩くでないぞ」

「さっきの問題、本当に答えがあるんだろうな!」


 

 天会てんかい五年。

 永く中原の覇者として君臨していた漢族の国家、宋王朝は、女真族の興した金帝国により南へと追いやられた。この年以降、中国大陸は北側を金帝国に、南側を南宋に二分して統治されることになる。

 しかし、一見栄華を極めたかにみえる金帝国も、新興勢力である蒙古族の襲撃により、たびたび国境を蹂躙されていた。

 新しきものが旧きものを凌駕し、猛きものが弱きものを駆逐する。


 これは、そんな波乱に満ちた時代の物語。


 洛陽はこの時代、金帝国の支配下にあったが、依然として世界に名だたる大都市であり商業の中心地だった。


 洛陽を発して、黒契丹カラキタイ吐蕃チベット、ホラズムを通りシリアに達する交易路は、金、人、物の動きになくてはならない大動脈で、東西貿易のほとんどがこの道を通して行われる。


 洛陽からは、毎月数多くのキャラバンが西域を目指して旅立っていった。金帝国や南宋で作られた絹や陶磁器を持って大陸を渡れば、それは驚くほどの値段で売れる。

 商人たちは、その金で今度は西域の商品を仕入れられるだけ仕入れて洛陽に戻ってきた。洛陽に戻れば、西域の品はこれまた高値で飛ぶように売れる。

 キャラバン貿易は、人間が一生こつこつ働いても手に入れることのできない大きな富をたった一度の旅で生み出せる、まさに時代の魔法だった。


「いやー、そんなにいいモンじゃないですよ。キャラバンの旅なんてね。なんといっても危険がいっぱいですから」


「砂漠は暑かったり寒かったりで病気にもなりやすいし、韃靼人だったんじんとか蒙古人とかっていう遊牧民たちが盗賊団をつくって襲ってきたりしますからね」


「それに加えて、あっしもまだ見たことはないんですが、大陸中央の未開の地には妖怪や魔物がでる国もあるっていうじゃないですか」


 二人が訪ねたキャラバンは、馬車が二十台程度の中規模のものだった。

 天山山脈の北をまわって、大陸の真ん中あたりにある黒契丹の国へむかうのだそうだ。黒契丹で、さらに西へ行くキャラバンに荷物を引き継ぐらしい。


 キャラバンの隊長はまだ若い女真族の青年で、有名な盾作りである墨田常たちを笑顔で迎え入れてくれた。

 隊長の馬車で田常に酒が振る舞われる。


「あっしらのキャラバンの荷は染料で、たいして高価なものじゃありません。もともと盗賊に狙われるようなものでもないんです。なのに最近、特に蒙古族の奴らはどんどん凶暴になってきて、どんな荷だろうとおかまいなしに攻めてきやがる」


「だから人が多いのは大歓迎ですよ。ですけど、先生のような有名なお方がなんだってわざわざ西域に行きなさるんです」


 若い隊長に持ち上げられて、田常はすっかり機嫌を良くしたようだ。


「いや、わしも、もう六十近い。これまで数多くの盾を作ってきたが、死ぬまでにどうしても『最強の盾』と呼べる傑作を作ってみたくてな。西域には、良い盾の材料があるはずなのじゃ」


 老盾作りには、機嫌が良くなるとつい大言壮語する悪い癖があった。しかし、それを知らない隊長は田常の言葉に素直に感動した様子だ。


「最強の盾ですか、いやー、さすがは先生。で、その材料ってのはどんなものなんですか」


 安樹少年はそんな二人を横目に、持って来た荷物をあてがわれた馬車に移し変えていた。


(なにが、『最強の盾』だよ!)


 心の中で悪態をつく。


 安樹だけは、田常が洛陽を離れる本当の理由を知っていた。


 田常が祖先だと主張する墨子は、時代によっては孔子と並び称せられるほどの人物である。墨子の教えは「博愛」や「非戦」が有名だが、その直系を自認する田常は、数ある教えの中で、特に「博愛」だけを実践していた。


 簡単に言うと、女癖が悪かった。


 安樹は赤ん坊のときから両親がおらず、祖父の田常に養われた。祖母も早くに亡くなっており、田常は男手一つで安樹を育てたという。


 それだけならただの「いい話」だが、この田常という男は、幼い安樹をダシにして実に頻繁に女を口説いた。彼は骨太で背が低く、特に色男というわけではない。しかし、不思議なことに田常の周りから女性の影が絶えたことはなく、それどころか同時に何人もの女が家に出入りすることすら珍しくなかった。


 そんなある日、とうとう今までの不道徳のつけが回ってきた。


 もういいトシだというのに、いつものクセで酒場の女に手を出した。ほんの遊びのつもりである。

 ところが女は町の顔役の情婦で、あろうことか田常に本気になって顔役と別れるといいはじめた。その顔役というのが、情け容赦ないことで有名な人殺しをものとも思わない洛陽の実力者だとわかったから、さあ大変。

 焦った田常は顔役にコトが露見する前に洛陽を逃げ出すことにした、というわけだった。


 まだ少年の安樹には、男女の仲がどうとか、顔役っていうのが何者なのかとか、まだよくわからないことも多い。けれど自分の祖父がすごくしまりの悪いだらしのない人間だということだけは、なんとなく察しがついていた。




ありがとうございました。

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