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結成の日

作者: 山科晃一

私は、残りの緑茶を飲み干し、脱力し、店内のLEDライトにさえまた希望の光を見出した。


 オートロックの扉を開くと、ガーデンテーブルやパラソルのある開放的な庭と大きなレモンの木が私を歓迎してくれた。モダンな二階建てのモダンなデザインの建物が三棟、肩を寄せ合うようにして並んでおり、それらは共有物であるという説明を髭男から受けた。

「向こうの青い屋根がルームシェア、隣の緑が男性専用、今回ご紹介させて頂くこちらの赤が女性専用となっております。築年数は2年の新築です」

髭男は半ば誇らしげに言った。確かに男性専用だなんて、電車に男性専用車両がないことを女性ながら不公平に感じていた私にとって、革新的だった。男性にも女性に踏み込まれたくない生活スタンスがきっとあるだろう。と、外観の華やかさにも見とれながら、私は木に成ったレモンを触っていた。

「これも、共有ですか?」

「勿論です。オーナーさんのご趣味でもありましてね、収穫したい時にはいつでもどうぞとのことです。採りすぎ注意ですが、ご近所さんと譲り合ってという感じですね」

 お酒が趣味の私は、自宅でレモンチューハイが作れる! と心の中で盛り上がった。髭男の後ろについ、赤い屋根の建物の扉を開けると、奥行きのある赤基調にデザインされた階段がまるでレッドカーペットのように連なっている。その頂に201号室はあった。髭男が鍵を開けると、なんと、部屋の壁の片面が花柄ではないか。無難に生きるということを捨て去った私にとって、その模様は歓迎の花のように受け取れた。レッドカーペットを歩いた先に花に迎えられるなんて、毎日生きただけでも讃えられるようなものだ。7.5畳の縦長の空間に、南向きのバルコニーから入って来る陽射しが、眩しく、逆光でシルエットになった髭男が私に向き合い重厚な渋い声で言った。

「家賃6万3000円」

 その言葉は過去、告白された男のどんな台詞よりも私の心に響き、感涙しそうになりながら小さく頷いた。この間取りでそれは安い。高揚した私は、感謝の歌を披露しようと背負っていたギターケースからギターを取り出すと、髭男は、

「待ちたまえ。ここは防音になっていないのだ」

「どういうことですか! 男爵!」

「まあ、そう焦るな。貴族の暮らしはこんなものではない」

「だ、男爵!」

 太陽が雲に隠れ、露になった髭男の顔は凛々しく自信に満ち溢れていた。

 階段を降りて庭に戻ると、髭男は青い屋根の方に向かっていった。そっちはルームシェアじゃ……髭男は何やら秘密のパスワードを扉についたオートロックの画面に入力すると、カチャッという心地よい音が響いて解除された。髭男が扉を開いて、「こちら」と言った。中を覗くと、カントリー基調で、壁にはポップなデザインが施されており、キッチン、冷蔵庫、電子ピアノ、マッサージチェアまでが備え付けられており、その奥にはまた二つの扉がある。

「まさか……」

「ご想像通り。ここが防音室だ」

 と、男爵は私の肩に手を乗せたので、それに関しては手を払いのけ、

「素敵―!」

 と、両手を組んで、おそらく今、私の眼は漫画のようなどでかいキラキラ目になっているのだろう。

「ここも庭と同様、共有スペースとなっており、奥の二つの部屋に関してはカラオケもできる個室で、予約制となっている。一人一日4時間まで使用可能だ。アプリをダウンロードして頂いて、いや、おほんっ、アプリダウンロードを遂行し、貴様には―」

「普通で良いですよ」

 髭男とは小芝居をするほどいつの間にか仲良くなっていた。その小芝居にハマっていく髭男にウザいと思えるほどにも。

「すいません。ダウンロードして頂いて、予約を行って頂きます。こちらの部屋自体はフリーでいつでも使用可能ですので、譲り合ってお使いください」

「分かりました……」

「いやあ。しかし、私もこんなところ住んでみたかったですね」

「楽器されるんですか?」

「ええ……していました。今は妻と子に時間を割くので毎日精一杯ですが」

 どんな音楽ですか? と聞こうとしたところで、個室の扉が開き、中から金髪の青年が出てきた。金髪の青年は私達に「こんにちは」と照れくさそうに挨拶をし、カホンだと思われる木箱を手に抱えて、そそくさと出て行った。

「彼は路上パフォーマーのKYさんですよ」

「KY! 知ってます! ネットで(彼の活動)観てました」

「良い出逢いがあると良いですね」

「はい」

 とは返事したものの、出逢いとかそんな呑気なことは言ってはいられない。さっさと契約してガシガシ曲を作って練習するのだ、と、髭男に聞かれるまでもなく、

「ここに住みます」

 と口から零れていた。


 上京してから数日住まわして貰った友人の美波の家に置いていた最小限の衣服を抱えて、冷蔵庫、洗濯機の購入、それからガス、水道、電気、インターネットの契約、諸々、一人暮らしとはこんなに大変でお金がかかるものなのかと身に染みて感じながらもなんとか住めるようには整った。部屋にあるもの全て、ピカピカで初々しくこれから一緒にやっていく仲間のように思えた。最後にギターの弦を張り替えて、出発祝いにコンビニでお酒でも買いに行こうと部屋を出た。コンビニで数本の缶チューハイとおつまみのさけるチーズを買って、赤い屋根の自分の部屋に向かおうとすると、青い屋根の一階の共有スペースのガラス越しに人影が見えた。おそるおそる近付いて覗いてみると、若い男女二人がテーブルを挟んで何かを話し合っているようだ。

「ここ住んだの?」

 と、突然後ろから声を掛けられて私は持っていたコンビニの袋を落としてしまった。物件見学の時に出会ったカホンの金髪青年KYだ。KYは手に持ったカホンを置いて転がった缶チューハイを一緒に拾ってくれた。

「……すいませんっ」

「いえ、こちらこそ突然。僕、あの緑の屋根に住んでいる戸田」

ネットで路上ライブをする彼の凛々しさとは裏腹に、穏やかな声と優しい目をしていた。

「よろしくお願いします。私、吉村です。向こうの赤い屋根の二階に住んでいます」

 軽くお辞儀をして共有スペースの扉を開いた彼の背中に、

「KYさんですよね? いつも、ネットで観てました」

 と言ってみた。なんだか熱狂的なファンみたいで恥ずかしくなったが、実際そうでもあって、一人で邁進している姿に好意もあった。

 KYはハッハと笑って、

「せっかくなんで中、一緒に入る? 皆いるよ」

 と言った。私は部屋に戻って『上京』の歌詞の続きを書く予定だったが、思わず「はい」と言ってKYの後に続いて部屋に入った。

 

「初めまして。最近上京をしてきました。吉村絵里と言います。シンガーソングライターを目指していて、活動名はまだ決まっていませんが、絵里と呼んでください」

 サイドチェアに深く腰掛けて自己紹介を終えた私に向かって、マッサージ機の振動に恍惚した表情のロン毛の男は軽く手を挙げて「ジュン」と言った。

「ごめんね、ここの主みたいに威張っちゃって」

 と、フォローした私と同い歳ぐらいの女性はミナミという名前で、主にサックスを学生時代からやっていると自己紹介した。二人はここの上でルームシェアをして同棲しているカップルらしい。KYは特に口を開かずひたすらカホンを布で磨いている。

「ジュンさんは音楽とか何かやられてるんですか?」

「やってない」

「そ、うなんですね」

「何か聞かせてよ。一曲」

「いや、ギター今部屋にあるんで」

「アカペラでGO」

 非常にめんどくさいやつだ。

「めんどくさいやつでごめんね」

 と、私の心を読み取るかのように言うのはまたもやミナミ。

「でも私も気になる。どんな歌作ってんの?」

 と、言って私の方に向き合ったミナミ。助けて。KY。KYの方を見たが、相変わらずカホンの手入れに夢中だ。静まり返った部屋に私に向けられる視線。それはちょっとしたライブステージのようで、窓から差し込んだ陽射しがスポットライトのように私を照らした。観客の三人に向き合って、私は姿勢を整え直し、

「未完成ですが『上京』という歌です」

深く息を吸って、貯めた息を細かく使っていくように発声し始めた。

『私の揺れる身体に 不安を聞いてもこたえてくれない 目的地へまっすぐ走る 100キロとばして 朝日を背に さあ、いくのだと 何も見えなくてもすすむのだと―』

 突然、リズミカルなカホンの音が刻まれたかと思うと、サックスの流暢で華やかな旋律が見事に私の歌のメロディに沿って奏でられた。ミナミは私の方を少し微笑みながら、サックスを吹き続けている。歌詞が出来上がってないパートに突入したが、私は歌い続けた。

『雑踏にまぎれた情熱も ビルより高く掲げて 喧噪に忘れられた思いも 歌っていくのだ―』

 サビが歯切れよく終わったところで、陽射しが雲に隠れて、ステージが幕を下ろし照明が消えたように部屋が暗くなる。それが、『ザ・ロマンズ』の結成日となった。その日に写真家のジュンが撮った三人の写真がアーティスト写真となり、『ギター&ボーカル/ERI ドラム/KY サックス/ミナミ』とジュンがつくったビラも、沢山の人々の手元に行き渡って、世間に広がっていった。その一枚を手に取って路上ライブを聴いた音楽事務所は、やや素人っぽさを残しつつ垢抜け過ぎない、しかし名の通りロマン溢れる旋律を奏でるバンドとして売り出していく。無機質なビルが立ち並ぶ東京の街に甘い風を吹かすように私達は、優しい雷鳴の如く現れる。KYは自分のウェブチャンネルに、私とミナミも招待し、映像によるライブパフォーマンスも開始した。カメラマンと動画編集は勿論、ジュンで、チャンネル登録者数が100万人に到達した時には皆でつくったレモンチューハイで乾杯をした。酔った勢いでミナミにフラれたことを明かして泣いたジュンを近くの川に連れて行って、失恋ソングを一緒に考えたりもしたし(ミナミはジュンと同棲を辞めて私の隣に引っ越してきたが、 それでもバンド活動は続けたいと、私とKYが仲介に入ったりもした。ジュンは一人で住める分機材置き場に困らないと、新しいカメラや照明を購入して開き直った)、大家と一緒に設備点検をしにきた不動産業者の髭男爵にもアルコールを沢山呑ませて、ピアニストを志していた過去を懐かしみ深く語り出した時には、『ザ・ロマンズ特別招待ライブ』と称して、キーボードに髭男爵を迎え入れたりもした。観客席に私の両親がいた。ライブ後、私は家族と涙を流して抱き合った。「信じてあげられなくてごめんね」と母は言った。私はただ産んでくれたことに感謝した。仲間とこれからもやっていくと決意して『フレンドシップ』という曲をつくった。共有スペースは三人の練習場となって、談笑場となって、発祥の地となる―そんな未来が待ち受けているなんて、この日、私は知る由もない。部屋の電気をつけたジュンがマッサージチェアの下から一眼レフを取り出してこちらに向けた。私は苦笑いのピースをして、カメラのレンズの方を朧げに見ていた。

(了)


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